第三話

 そして次の日。俺はまず、会社に行った。課長と相談すると仕事の引継ひきつぎは終わったので、今日付けで会社をめることにした。普通会社を辞めるとなるとそれなりの時間がかかるだろうが、仕事の引継ぎも終わり人件費じんけんひも節約したいという課長の判断もあった。そして俺は課の皆に、挨拶あいさつをした。

「三年間、お世話になりました。私は今日でこの会社を退職たいしょくしますが、皆さんのご活躍かつやくいのっています」と。すると女子社員から、花束はなたばをもらった。


 そして俺は一礼いちれいして、課から出た。一階に降りるためにエレベーターの前まで行くと、慶介けいすけ亘司こうじさんがやってきた。亘司さんは、言ってくれた。

「これからさびしくなるが、しょうがない。今までありがとう」


 慶介も、言ってくれた。

「落ち着いたら、連絡れんらくをください」


 俺は再び一礼して、エレベーターに乗った。


 それから、中古車販売店に行った。すると店員から、言われた。

「もう、乗れますよ。でもガソリンは少ししか入っていないので、自分で入れてください」


 俺はうなづいて、現金で四十万円を渡した。すると更に店員から、笑顔で言われた。「何かトラブルがあったら、いつでもきてください」


 俺は店員に軽く頭を下げて、軽トラに乗った。そしてまず、ガソリンスタンドに行った。値段が安いのでセルフのガソリンスタンドに行ったが、ガソリンの入れ方が分からなかった。オロオロしているとスタッフがやってきて、入れ方を教えてくれた。俺はガソリンを満タンにして、アパートに向かった。


 そして早速さっそくだが、長野県のZ市に向かうことにした。会社も辞めたし、もうすることが無い。そして旅立つ準備もできている。ならもう行くしかないと思ってキャンプ道具一式を軽トラの荷台にだいせて、出発した。出発したのは、昼だった。少し腹が減っていたが、出発した。早く出発したかったし、更に腹が減ったらコンビニで弁当でも買えばいいと思った。高速道路は、使わなかった。俺はペーパードライバーだから高速道路で運転する自信が無かったし、ゆっくり行きたかった。俺はインドア派で旅行などは好きではないが、このZ市までの道のりはちょっとした旅行だと思った。そしてこの旅行を、楽しみたかった。


 国道を走って一時間くらいつと、やはり腹が減って限界げんかいだった。そこでコンビニにって、弁当を買って食べた。すると、さあ、ここからが本番だ。一気にZ市まで行くぞと、自然と気合が入った。カーラジオからは、軽快けいかいな音楽が流れていた。どうやらラジオ番組で、リスナーがリクエストした曲を流しているようだ。俺の知らない曲なのに、自然と鼻歌はなうたを歌っていた。そしてラジオ番組は、終わった。キャスターが、「さあ、もう少し、お仕事をがんばりましょう。それでは、さようなら」とげて。


 俺はふと、不安になった。そうだ、今の時間は仕事をしているのが普通だ。ちょっとぐらいいやなことがあっても、皆それにえて仕事をしている。新人は仕事を覚えるための、必死にがんばっているだろう。中堅ちゅうけんは覚えが悪く、ミスばかりする新人に手こずっているだろう。中間管理職は経営陣けいえいじんから売り上げをもっと上げろとプレッシャーをかけられ、ため息をついているだろう。皆、がんばっている。仕事に手こずりながらも、がんばっている。だが俺は、それから逃げた。これから仕事もしないでどうなるんだろうという、不安もあった。


 だが俺はその不安以上に、ワクワクしていた。俺はもう、会社では働かない。俺が働くのは、自分のためだ。腹が減ったら自分のために食料を手に入れ、休みたい時は快適かいてき寝床ねどこを用意する。そうだ、これから俺は、自分自身のために働こうと決意けついした。そう決意するとやはり、ワクワクした。


 国道十七号が終わると、十八号に入った。そして気づくと、埼玉県をけて群馬県に入っていた。俺は一応、地図を買って長野県までどう行くか考えていた。今のところ順調じゅんちょうなので、安心した。だがすでに日は落ち、あたりは暗くなっていた。それに腹も減っていた。なのでコンビニで、夕食を買うことにした。サンドイッチと野菜ジュースを買い食べると、眠くなってきた。まあ買い物をしたコンビニだからいいだろうと思い、タバコを一本吸ってコンビニの駐車場ちゅうしゃじょうで軽トラの荷台で寝た。さすがに運転席はせまくて、寝られなかったからだ。


 朝の七時。太陽の日差ひざしとコンビニの買い物客の話声はなしごえで、俺は目が覚めた。取りあえず腹は減っていなかったがガソリンがほとんどなかったので、少し走って見つけたセルフのガソリンスタンドでガソリンを入れた。そして国道十八号を走って、群馬県を横断おうだんした。更に走ると長野県に入り、国道十九号を走ることになった。目的のZ市まで、あともう少しだなと地図で確認して、コンビニでおにぎりとスポーツドリンクと、カツ丼とお茶を買った。俺が目指めざしているのは、Z市の山奥やまおくだ。さすがにそこにコンビニは無いだろうと思って多めに買った。


 そして軽トラを走らせ、Z市に入った。感想は、普通の市だな、だった。駅もあるしスーパーもあるし、コンビニもある。俺は少し、『ほっ』とした。もし山奥で食料が手に入らなくても、何とかなると思ったからだ。そう思いながら山に入っていくと、いきなり舗装ほそうされていない道になった。しかも狭い。当然、スピードも出せない。なので目的地に着いた時には、日がれかかっていた。だが軽トラからりた俺は、喜びにつつまれていた。目的地は山の中だが、百メートルくらい先に川が流れていた。山の中から木々きぎがざわめく音、鳥の鳴き声が聞こえた。そして川からは、せせらぎが聞こえるような気がしたからだ。


 俺はそれらの音の中で、しばらくボーっとしていた。こんな世界が、あったのか。今まで東京しか知らなかった俺には、新鮮しんせんだった。いや、おどろきだった。そしてふと、気づいた。テントをらないと。俺は軽トラの荷台から、テント道具を降ろした。テントを張るのは、簡単だった。まずシートをいて、その上にテントの本体を広げて固定する。それだけだった。おそらくテントも簡単に張れるように、改良され続けたのだろう。テントを張ると気持ちに余裕よゆうができたので、川に行ってみた。きれいな水が流れていた。ただただ、流れ続けていた。俺にはもう想像もつかないくらいの長い間、流れているのだろう。俺はやはり川をしばらくの間、ボーっとながめていた。


 しばらくそうしていると日は完全に落ち、真っ暗になった。なので、焚火たきびをすることにした。山の中から小枝こえだを集めて、テントの前に山のかたちにならべた。チャッカマンを使うと、簡単に火が付いた。更にちょっと太い枝を集めて燃やすと、立派な焚火になった。


 焚火の炎にいやされながら、俺はカツ丼を食ってテントの中の寝袋ねぶくろで寝た。

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