第二話

 俺は取りあえず会社をめることができるので、うれしかった。辞表じひょうを出した後、俺は早速さっそく、仕事の引継ひきつぎをした。まずは一緒に仕事をしている後輩の、桜井慶介さくらいけいすけのデスクに行った。俺が会社を辞めることを伝えると慶介は、動揺どうようした。

「え? マジっすか?! 健一郎けんいちろうさんが、会社を辞める?! そ、そんなあ……。それじゃあ僕は、これからどうすればいいんすか?! 今やっているプロジェクトで分からないことがあったら、誰に聞けばいいんすか?!」


 俺は取りあえず、はげました。今のプロジェクトは、順調じゅんちょうに進んでいる。そして、伝えた。もし分からないことがあったら、一条亘司いちじょうこうじさんに聞けと。それで一応、慶介は納得なっとくしたようだった。


 それから俺は、先輩で俺が入社した時から世話せわになった、亘司さんのデスクに行った。会社を辞めることと、慶介のフォローをお願いしますと伝えた。亘司さんは銀縁ぎんぶちメガネのブリッジを左手中指で押し上げると、冷静に答えた。

「ああ。慶介のことは、まかせておけ。それにしても、とうとうお前も辞めるのか……」


 俺は、頭を下げて伝えた。

「はい。突然のことで、申し訳ありません」


 すると亘司さんは、笑顔で聞いてきた。

「いいって、いいって。お前、人と会話をすることが苦手だろ?」


 俺は、正直に答えた。「はい」と。そしてさすが、亘司さん。それも見抜みぬいていたかと、感心した。そして亘司さんは、続けた。

「今は一つの会社に、ずっといる時代じゃないんだよ。お前が、本当にやりたい仕事をやればいい。今度は、あまり人と会話をしない仕事をするのか?」


 俺は再び、正直に答えた。

「いえ、次の仕事は考えていません。まずはキャンプに行くことだけは、決まっています」


 するとさすがに、亘司さんはおどろいた。

「次の仕事は、まだ考えてない?! 決まっているのは、キャンプに行くことだけ?!」


 少しして、再び亘司さんは笑顔を見せた。

「なるほどな、それもいいかもな。何だかお前が、うらやましいよ……」


 そして亘司さんと、握手あくしゅをした。亘司さんは、言ってくれた。

「まあ、何でもいいさ。お前はお前の、やりたいことをやればいいんだ。それじゃあな」


 そして他の仕事の引継ぎをして、仕事が終わると俺はアパートで貯金通帳ちょきんつうちょうながめた。俺がつとめていた会社は大企業で、更に結婚もしていない、彼女もいない、金がかかる趣味しゅみも無いので貯金は約百万円あった。


 それから俺は、キャンプに行くためにはどうすればいいか考えた。そしてまずは、場所を決めることにした。だがこれには、すでにアイディアがあった。長野県のZ市だ。以前テレビ番組で自給自足じきゅうじそくをしている人を見たが、その人が住んでいた場所が長野県のZ市だった。それに長野県なら自然も豊かで暮らしやすそうだと、勝手に考えた。


 そしてキャンプ道具は、近くのリサイクルショップで買うことにした。そうすれば安く手に入るし、今はリサイクルできるモノはリサイクルする時代だと思ったからだ。その時、ふと思った。キャンプ道具を、どうやって長野県のZ市まで持って行く? 俺は最初はそこまで、新幹線で行こうと思っていた。だがキャンプ道具一式を持って新幹線に乗るのは、ちょっと無理がある。


 俺は、考えた。キャンプ道具一式を運ぶとなると……。すると、アイディアが浮かんだ。そうだ、けいトラを買おう! それならもちろん、キャンプ道具一式を運ぶことができる。それに軽トラがあった方が、何かと便利だろう。これから長野県の山奥やまおくらすのなら。俺は居心地いごこちが良かったら、ずっとそこで暮らそうと考えていた。さいわい免許証なら、大学生の時に取ってある。あとは軽トラか。これも近くに自動車の中古販売店があるから、そこで買うことにした。ただ、あまり高いのはこまる。俺の手元には今、約百万しかないから出せるのは五十万までだな、と決めた。


 次の日、会社に行ってみた。すると慶介は亘司さんと、話し込んでいた。早速、分からないことを聞いているんだろう。そして俺に仕事のことについて聞いてくる人は、いなかった。俺はもうこの会社で、やることは無いんだなと思った。だから、今日の休暇届きゅうかとどけを書いてみた。課長に提出ていしゅつすると、聞かれた。

「仕事の引継ぎは、もう終わったのか?」


 俺が「はい」と答えると、課長は「それならいい」と休暇を認めてくれた。だから俺は、すぐに会社を出た。そして、リサイクルショップに向かった。


 俺が向かったのは、大手おおてのリサイクルショップだった。さすがに大手なので、キャンプ道具の品ぞろえも豊富ほうふだった。俺はその中で、ほとんど新品のドーム型のテントを見つけた。おそらく買ってキャンプをしたのはいいが、すぐにきてしまったんだろう。値段も五万円と手ごろだったので、それを買うことにした。あとは調理ちょうりをするためのはんごう、焚火台たきびだい、やかん、サバイバルナイフ。更に懐中電灯かいちゅうでんとう寝袋ねぶくろり道具、消毒液や絆創膏ばんそうこうが入った救急きゅうきゅうセットも買った。


 次に近所の、中古自動車店に行った。今、流行はやっている軽自動車やセダンなどは多いが、軽トラはならんでいなかった。店員に聞いてみると、一台だけあるという。店の裏に行ってみると、ボロボロの軽トラがあった。これは乗れるのかどうか聞いてみたら、店員は整備せいびすれば乗れると答えた。それじゃあこの軽トラを買う気があるから整備してもらいたいとたのむと、明日までにやっておきますと言われた。


 それから、アパートに帰った。昼飯がまだだったので、ひじきのいたを作っておかずにして食べた。そして、部屋をどうするか考えた。考えて一応、このままにしておくことにした。俺はできればずっと長野県のZ市で暮らしたいと思っていたが、できないかもしれない。その時に戻ってくる場所が無いと困るので家具かぐはもちろん、電気、ガス、水道も解約かいやくしなかった。


 次の日に中古自動車店に行ってみると、驚いた。軽トラが、真っ白でピカピカになっていたからだ。もちろん整備もしたが俺が買いそうだったので、洗車せんしゃしたそうだ。俺はもちろん気に入ったので、買うことにした。四十万円で売ると言われたので、もちろん買った。手続てつづきのための書類を書くと、あとはウチでやっておく、明日きてくれと言われた。

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