【完結済+一話】そうだ! 会社を辞めて山奥に自分で一軒家を建てて、スローライフをしよう!

久坂裕介

第一章 そうだ! キャンプに行こう!

第一話

 俺は森のかおりにつつまれながら、焚火たきびの炎をながめていた。やみの中でらめく炎を見ていると、それだけで心がいやされた。すると腹が減ったので、コンビニで買ったカツ丼を食った。俺はカツ丼が好きでよく食うが、アパートで食べるカツ丼とは味が違うような気がした。今、食っているカツ丼の方が断然、美味うまく感じた。理由はいくつか、あるだろう。森の中で炎を眺めながら食っていること。もうこれから、やりたくない仕事をしなくてもいいという、開放感かいほうかんも理由だろう。そしてペットボトルのお茶を飲みすとタバコを一本、吸った。俺は酒はほとんど飲まないので、代わりにタバコを吸っていた。そしてこのタバコもアパートで吸うよりも、美味く感じた。


 俺はタバコを吸いながら、考え始めた。今日はコンビニで買ったカツ丼を食ったが、明日は目の前を流れる川から魚をってそれを食おう。釣った魚に塩をかけて焚火の炎で焼いて、食う。ご飯も焚火の炎を使って、はんごうでこう。その方が断然、美味いと思う。今、食っているカツ丼よりも美味いと思う。明日の予定も決まったので俺はテントの中に入り、更に寝袋ねぶくろの中に入った。そうしていると、三日前のことを思い出した。


   ●


 三日前の七月一日、俺は課長に辞表じひょうを出した。理由は、キャンプに行くためだ。なぜ突然キャンプなのかと思う人もいるかも知れないが、ちゃんとした理由がある。俺は、ユーチューブで動画を見るのが好きだ。いつもは音楽動画やVチューバーの切りき動画などを見ている。Vチューバーの配信動画ももちろん見たいが、長すぎる。なのでいつもは、短時間の切り抜き動画を見ている。


 その日もAyasexR-指定の『飛天ひてん』を見た後に、Vチューバーの切り抜き動画を見ようと思っていた。すると、見慣みなれない動画があった。ユーチューブを見ているとよくあることだが、自分が見ている動画とは全く関係ない動画が画面に紹介されることがある。いつもはそういう動画を無視して見たい動画だけを見るのだが、その日は違った。ちょっと、興味きょうみを持った。それは芸人の、キャンプ動画だった。キャンプか、今、流行はやっているな。俺はキャンプに行ったことは無かったが、『今、流行っている』という理由だけで、その動画に興味を持った。そして、その動画を見てみた。今、考えると、その動画が俺の人生を変えた。


 その動画を見て、俺は心を動かされた。内容は一人の芸人がキャンプをして、それを撮影さつえいしているだけなのだが、面白かった。その芸人は自然の中で飯を作って食い、寝る、そして魚釣りなどをして遊ぶ。たったそれだけなのだが東京生まれ、東京育ち、そして今の職場も東京の俺には、まぶしく見えた。うらやましかった。


 動画を見終わった後、ふと思った。俺も、こんなキャンプをしてみたいと。俺は今の仕事や生活に嫌気いやけがさしていたので、できればずっとこんな生活をしてみたいとさえ、思った。その時、ふと思った。だったら、やればいいじゃないかと! いやいや、待て、俺。俺はすでに今度の土日は、キャンプに行くことを決めていた。でもずっと、キャンプ生活なんて……。


 こういうのは、たまにやるから良いんだろう。良い息抜いきぬきになって、また明日から仕事をがんばろうと思うためにするんだろう。だが俺は、すでにかれていた。自然の中で一人で自給自足じきゅうじそくで暮らす生活に。それに、思い出した。山の中で自給自足で暮らしている人を取材した、テレビ番組を。それを見てうらやましいと思ったが次の瞬間、期限きげんが迫っている仕事を思い出して、それで終わった。あの頃はまだ入社したばかりで、仕事にもそれなりに情熱じょうねつを燃やしていた。


 俺の仕事は、プログラマーだった。俺は大学の工学部を卒業すると、プログラマーになった。理由は簡単だ。人と会話をしなくても、いいと思ったからだ。はっきり言って、俺は会話が苦手だ。そして、一人でいる方が好きだ。なぜなら会社での会話とは結局、『何々をしろ』、『何々をしてください』という指示しじだからだ。俺は完璧主義かんぺきしゅぎで人から指示されたことを、一〇〇パーセントやろうとする。いや、一二〇パーセント完璧にやろうとしてしまう。大学生の時、アルバイトをしていてそのことに気づいた。だからプログラマーになればひたすら指示された仕事を一人で邪魔じゃまされず、パソコンの画面だけを相手にしながらプログラムを作ればいい、会話をしなくてもいいと考えた。だが、この考えは甘かった。


 毎日のように行われる、職場での打ち合わせ。それに、下請したうけ企業との打ち合わせ。人と会話をして指示されたり指示をしたりするのが苦手な俺にとってそれは、苦痛くつうだった。だが、やるしかなかった。なぜなら、仕事だから。仕事をしなければ当然、給料はもらえない。そして、生活ができない。だから俺は、働いた。会話や指示が、苦痛でも。


 俺は、三年ほどプログラマーの仕事をした。三年も続いたのは職場が、いわゆるブラックではなかったからだろう。いや今、思うと、ホワイトだったと思う。職場は意識が高く、いわゆるパワハラやセクハラなどが無かった。残業代ざんぎょうだいもちゃんと出るし、その残業も遅くても午後八時には終わっていた。なぜプログラマーなのにそんな生活ができたかというと、俺がつとめていた会社がいわゆる大企業だったからだ。つまり仕事の大部分は、下請け企業にまわしていた。だからほとんど残業もせずに、アパートに帰ることができた。だがその分、下請け企業は大変だったようだ。一週間、家に帰れないのは、ザラだと聞いたことがある。そういう話を聞くと『何々をしてください』と指示を出すのが、苦痛になった。俺は大企業に入社して、めぐまれていた。それでも会話や指示が苦手な俺には、苦痛だった。


 俺が課長に辞表を出すと、思いがけず課長はよろこんだ。もしかしたら今、められたらこまると止められるかと思っていたが。

「おお! 今福健一郎いまふくけんいちろう君! 辞めてくれるのか! 助かったよ!」


 課長の話によると今、会社では人件費削減じんけんひさくげんのためにチャットGPTのようなAIでプログラムを作る研究をしているそうだ。そしてそれが上手く行けば、人員じんいん削減をしなければならない。研究は必ず成功すると思っている課長は、その手間がはぶけたと喜んでいた。ただ仕事の引継ひきつぎなどがあるから、実際に会社を辞めるのはそれが終わってからにしてくれと言われた。

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