第17話

 要塞内を歩いていると、レイン=イングヴァイは要塞の屋上から敵の陣を見下ろしていた。

「ここにいたんですね。敵情視察ですか?」

 視線を敵軍から私に移動させて、レイン=イングヴァイは私を見つめた。

 こうして見ると、白銀の髪に青い瞳、細身で長身の綺麗な顔をしている少年だ。

「ああ? 術者でもない、戦わされているだけの兵士なんか、オレの敵じゃねぇよ」

 私の問いに、レイン=イングヴァイは不敵な笑みを浮かべて鼻で笑い飛ばした。

「凄い自身ですね。あなたが私だったら、誰も死なせなくて済んだのかも知れません」

 私は微笑もうとしたけどうまく微笑むことが出来ず、そんな顔を見られたくなくて伏せた。

「そいつらが死んだのはお前のせいじゃねぇよ。生き返ったことに罪悪感を抱く必要はねぇ」

「だけど、みんな、死にたくなんてなかったはず。みんなで生きて帰ろうって約束したんです。

 私だけ生き返って今もこうして生きている。私も死んでるのに、何度も死んでいるのに!

 みんなは一回死んでしまったらそれで終わりなのに、私だけ何度も何度もやり直して! こんなの卑怯です! ずるいです! みんなだって、やり直せるならやり直したいはずなのに!」

 どうして私はこの人にこんな話をしているのだろう。今日会ったばかりの知らない人に……。

「死ぬよりも辛いことなんかこの世には幾らでもある。死んだやつはそこで終わりだが、生き残ったものは、どんなに辛くても生きていかなきゃならない。死んでいった奴らの分までな」

 風で髪を弄ばせながら、レイン=イングヴァイは静かに言った。

 その横顔には幾つもの死を見届けてきた、静謐さと、それを乗り越えた強さがあった。

「それでも生きていればやり直すことができます。楽しいことも嬉しいこともあります」

「なら、お前は今、その中でなにか一つでも感じることができているのか? 死ぬことも変えることもできずに、後悔と懺悔に苛まれてただ戦争参加と死を繰り返してるだけなら、それはもう生きているとは言えない。ただの生き地獄だ」

 レイン=イングヴァイの言葉は私の精神に重く圧し掛かってきた。そんなものを私は望んではいけない。それに私が受けているのは当然の報いであり、生き地獄なんかではない。

「私には、そんなものを感じることも許されないんです。あの子たちを守れなかったのだから」

「許すって誰がだ? 誰もお前を責めてなんかいねぇよ。お前が勝手に囚われているだけだ」

 レイン=イングヴァイは真っ直ぐに私を見据えると、低く言い放った。

「そんなの分からないじゃないですか! 今もこうして生きている私を恨んでいるかもしれない! 憎んでいるのかもしれない。それなのに幸せになろうとか、戦いから逃れようとか、そんなことは考えてはいけないんです! 望んではいけないことなんです!」

 何も知らないくせに勝手なことばかりを言う。あなたはあの子たちではないのに……。

 分かったつもりになって偉そうに言うレイン=イングヴァイに怒りさえ覚えた。

「お前が共に戦ってきた仲間はそんなことを望むような奴らだったのか? 

逆に自分だったらどう思う? もしも死んだのがお前で、仲間が生き残っていたとしたら、お前は生き残った仲間に、今のお前みたいに生きることを望むのか?」

レイン=イングヴァイの言葉に、私は言葉に詰まって二の句を告げなかった。

みんなが私に言ってくれたこと、私がみんなに望むこと。それは……。

『もしも私たちが死んで、あなたが生き返っても、自分も死ねば良かったなんて思わないでね。死んじゃったら、それは私たちが弱かっただけであなたのせいじゃないわ』

 出撃前に、ロルレナンが私に言ってくれた言葉だ。

『シュリちゃんが生き返って、元気に生きてくれるなら私は嬉しいよ?』

 ミーナも笑顔でそう言ってくれた。私は二人の思いに答えられているのだろうか?

『それで私たちのことを忘れないでいてくれたら嬉しいかな。もちろん、友達としてね』

 ソシリアも二人と同様にそんなことを言ってくれた。その前の人たちも、私が生き返る話をしても責めるような人はいなかった。そして、絶対にみんなが言ってくれた言葉があった。

『だけど、その前にみんなで帰って一緒に遊びに行こうね』

 みんな、幸せになろうって言ってくれた。私の幸せも願ってくれたのだ。

 仲間の死を見届けた私に、『辛かったね』と一緒に泣いてくれた人もいた。『自分が死んでも死を背負わなくていい』と言ってくれた人もいた。みんな、みんな、とても優しかった。

 気がついたら私は涙が止められなくなっていた。

そして、彼の言葉を否定して、無意識に頭を左右に振っていた。何度も、何度も……。

「みんなは、こんな風に生きるのを望んではいませんでした……。みんな、私の幸せを祈ってくれていました。あなたに仲間を侮辱されたと思いましたけど……、そんなことを思う人はいなかったと腹が立ちましたけど……、みんなを侮辱していたのは私だったんですね……」

 ようやく私は自分の愚かさと弱さに気付いた。私がみんなの願いを台無しにしていたのだ。

 生きることを放棄して、辛い戦場を選んで渡り歩くことで、自分はがんばっているのだと思い込みたかったのだ。独り善がりな悲劇のヒロインを演じていただけだった。

 そんなのは誰も望んではいない。ようやくそのことに気付いた気がした。

「死んでいったものに対してできることは、忘れないでいることだけだ。憶えていてやれ。

 そんなにいい奴らだったなら、お前だけはな」

 レイン=イングヴァイは私の背中に手を回して、軽く引き寄せた。私はそのまま寄りかかると泣きじゃくった。彼は私が泣き止むまでずっとそのままでいてくれた。

 あの日、四人で見たのと同じ夕日が、西の山にゆっくりと沈んでいった。

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