第3話

 勝敗はあっという間に着いた。十人前後いた三年生は、全員が地面に這いつくばっている。

 それでも悔しいのか立ち上がろうとしているが、もう足腰も立たないようだ。

「二発ももらっちゃった……」

 一番威勢の良かった青い髪の子が、頬を押さえながら涙目で訴えた。

「あーあ、修行が足りないなぁ、ミーナは……」

 ツインテールの女の子がバカにしたように笑って、青い髪の女の子を笑い飛ばす。

 自分たちの三倍の数がいる三年生を簡単に倒せたのは、個々の実力ではなく三人のコンビネーションの為す技だった。きっと仲が良いのだろう。息の合った見事な連携だった。

「大丈夫?」

 黒髪を三つ編みにした女の子が、私に手を差し伸ばしながら微笑みかけてくれた。

「あ、はい。ありがとうございます」

 私は手を伸ばして、その手を取ってよいものかと躊躇っていると、女の子の方が手を握り締めてきて、立たせてくれた。

「何で敬語? 同じ年なんだから普通でいいわよ」

 眼鏡の子は柔和な笑みを浮かべると、私の制服の埃を払ってくれた。

「あんな奴らやっつけちゃえばいいのに。どうして黙ってやられてるの?」

 ミーナと呼ばれた青い髪の子が、近付いてくると小さく体を斜めに曲げて、下から覗き込むように見上げて問い掛けてきた。

「まぁまぁ、人には戦う理由もあれば戦わない理由もあるのだよ。力があるものがそれを振り翳して危機を回避するのは簡単だけど、力がありながら戦わずに耐えるのも強さなんだよ」

 ツインテールの子がゆっくりと近付きながら、人指し指を立てて持論を述べてくる。

「生殺与奪の権利ね。実に興味深い話だわ」

 黒髪の少女が口許に笑みを浮かべてツインテールの少女を見て笑う。

「そうかもしれないけど、理不尽な暴力になんて耐える必要ないじゃない!」

 納得が行かないらしく、青い髪の子は不満そうな顔でなおも捲くし立てる。

「まぁまぁ、だから戦わないことにも理由があるっての。ねぇ。そうでしょう?」

 青い髪の少女を窘めながら、ツインテールの子が私に微笑みかけてきた。

「はい……」

 私の心意を見抜いたようなその笑みに、私は頷いた。私が戦わない理由、それは贖罪だ。

「まぁ、なんにしても、無理はしちゃあだめだぞ? 私たちはもう行くから、またね」

 ツインテールの子は何も聞かず、ただ励ましてくれると、私の頭を軽くポンポンと撫でて、校舎に向かっていく。

「あ、ソシリア、また勝手に行動する! あ、今はダメだけど、後でね!」

 青い髪の子がツインテールの子を追いながらも、私に小さく手を振ってくれた。

「二人ともあなたのせいじゃないって言いたいのよ。素直に言葉にはできないけどね。

 もちろん、私もあなたのせいだなんて思ってない。多分、死んでいった子たちもね。

 だから、あまり背負い込んじゃあダメよ?」

 最後に黒髪の子が隣で静かに言うと、二人を小走りで追い掛けて行った。

「ありがとう……」

 合流して楽しそうに話しながら校舎のほうへ歩いていく後ろ姿を見送りながら、私は聞こえないと分かっていながらも、そう言わずにいられなかった。

『私のせいじゃない……』

それは、私がずっと誰かに言って欲しくて、だけど誰にも言ってもらえなかった言葉だった。

熱いものが胸の奥底から込み上げて来て、瞳から液体になって零れ落ちていく。

こんなに嬉しい涙を流せたのはいつ振りだろう。

私はそれを止められずに、声を噛み殺して一人で咽び泣いた。

 みんなが殉職した中、一人だけここにいる私がその言葉で喜ぶのは不謹慎だろうか?

 非難されることだろうか? それでも、今だけでいいから泣くのを許して欲しい。

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