奏の恋人  4

 ビガッと稲妻が走り、きらりの脳天は撃ち抜かれた。真っ赤な血と、脳髄をぶちまけて、悲鳴を上げる間もなく、きらりの頭は吹き飛んだ。まるでスイカ割りみたいだった。 

 目の前で人の頭が爆ぜ、大量の返り血を浴びた沙奈は悲鳴をあげ、奏は目と口を大きく開いたまま瞬間凍結されたように固まった。

 地面に倒れたきらりの細い脚が、カクカクと数秒の間動いていたが、やがてパタリと動かなくなった。


「な……何よ、これ……」


「よく見て。それがきらりちゃんの正体よ」


 瀬奈が吐き捨てた次の瞬間。恐るべきことが起こった。

 倒れたきらりの全身が風船のように膨張し、服が破け、その下の白い皮膚も破け、中から巨大な紫色の海鼠なまこのような怪物が現れたのだ。


「う……え……ナニコレ……」


 へなへなと地面に座り込んだ沙奈が瀬奈を見上げる。 

 瀬奈はスタスタと気味の悪い海鼠型の死骸に近づくと、半分残ったおぞましい頭部をむんずと掴み上げ、奏や沙奈に見せつけるように持ち上げた。


「バタリオニウP12。エイリアンよ。人間に擬態して奏のことを狙ってたのよ」


「ど、ど、ど、どういうこと?! いろんなことが起きすぎて頭ん中ぐしゃぐしゃだよ! ぼ、僕のきらりちゃんは!?」


 奏は頭を抱え、眉を吊り上げつつも瞳からは涙を流している。


「だから、その紫色のエイリアンがきらりちゃんの正体なのよ。あんたに近づくために、あんたが好きそうな美少女に擬態してたってこと。他に質問は?」


「だって、ど、どうしてエイリアンが奏を狙ってたのよ?」


 沙奈も涙目でブルブルと体を震わせている。


「いい? 今ここにいる奏は本来この次元にいるべき奏ではないでしょ? この次元にいるべき奏はこの前ヴァッターロボの合体に失敗して死んじゃったじゃん。で、私の偉大な科学力を駆使して別次元の奏をこの次元に連れてきたわけよね。それでみんなハッピーだから問題なしなんだけど、それを取り締まってる面倒な組織があるのよ」


 瀬奈はエイリアンが擬態していた少女の衣服のポケットから、バッチのようなものを取り出した。

 銀色のそれは象形文字のような意匠がデザインされていた。


「それが、次元連邦警察よ。偉そうに多次元世界の管理者を名乗ってるヤクザな連中なんだけど、そいつらは故意に次元を跨ぐことを勝手に重罪と定義してんの。利権と癒着にまみれたクソッタレな組織で私は大っ嫌いなんだけど、そんなわけで、勝手に次元を跨いだ奏には次元連邦警察から莫大な賞金がかけられてるのよ。この海鼠型エイリアンは賞金目当てにノコノコ地球まで来た賞金稼ぎ。所謂スペースカウボーイってやつよ。このバッチがその証」


 銀色のバッチを沙奈と奏に向けながら「他に何か質問はある?」と二人に促す。


「ぼ、僕は瀬奈に無理やりこの世界に連れてこられただけなのに、犯罪者扱いなの!?」


次元連邦警察あいつらが勝手に犯罪って定義してるだけで、私は何も認めてないからね。次元を越えて別の銀河や異世界に行こうが、そんなの自由でしょ。奴らは科学や魔術の進歩を遅らせてるだけのふざけた組織なのよ! ムカつくわ!」


 喋りながらヒートアップしていく瀬奈を遮るように奏が叫ぶ。


「なんで命を狙われなきゃならないのさ! 僕は被害者だよ!!」


「甘いわね。まあ、大金払って弁護士でも雇って奴らの裁判を受けることができれば、多少の減刑はされるかもしれないけど。でも、あんたにかけられた賞金設定はデッドオアアライブ。つまり、死んでようが生きていようが関係ないの。だから、賞金稼ぎは手っ取り早く殺しに来るわ」


「そんなぁ……。ってことはもしかして僕はこれからずっと気味の悪いエイリアンに命を狙われつづけるってこと?」


「そうね。でも、安心して。私があんたを守るから。あんたに死なれるとパパやママが悲しむもの」


 瀬奈が自信たっぷりに腕を組む。


「そういう問題じゃないよ……」


 膝から崩れ落ちる奏の肩をポンポンと叩く瀬奈。


「ま、こんなに早くカウボーイが来るとは思わなかったけど。対策はしないとね。とりあえず、あんたの体にステルス性のナノマシンを注入しましょ。そうすれば、当分はあんたのことをカウボーイ達は感知できなくなるわ。後で私のラボに来てね。元気出しなさい」

 

「うう。最悪だよ……」


「あと、これからあんたに近寄ってくる可愛い女の子は全部気持ち悪いエイリアンが擬態してるもんだと思った方がいいわ。あんたみたいなモブ隠キャが美少女に好かれるわけないんだから」


「そんなぁ」


「逆に言えば、今までで知り合った子なら安心だから、そこら辺から見繕いなさいよ。小学校からの友達とか、中学のクラスメイトとか」


「僕にはもう新しい出会いはないって事?」


「うーん。絶対ってわけじゃないけどね。正体がキモいエイリアンかもしれないよってだけだから」


「怖すぎるよ。もう嫌だ」


「ま、最悪、沙奈とかでもいいじゃん。血は繋がってないし。一つ屋根の下の義理の姉妹とドーコーみたいなやつあんたの好きな深夜アニメとかでもあるっしょ」


「え……ちょっと待って瀬奈、なんか聞き捨てならないこと言ったよね?!」


「あれ? 沙奈は知らなかったっけ? パパとママって再婚だよ? まだ小さい頃だったから覚えてないの? パパの連れ子が私と沙奈で、奏はママの連れ子だよ」


「「ええええ!!??」」


 姉弟らしくおんなじように目玉を見開いて叫ぶ沙奈と奏。


「ま、ともかく。エイリアンは処理したし、奏はちゃんと塾に行きなさい。私たちはパパの美味しい餃子を食べに帰らなきゃ。何も言わずに出てきちゃったから心配してるだろうし」


「ちょっと待ってよ。色々ありすぎて塾どころじゃないよ!!」


「私も食欲なんかないよ!!」


「わがまま言わない。おっと、もうこんな時間。私は帰るよ」


 白衣のポケットからワープ銃を取り出して、目の前に光り輝く渦巻きを作り出した。


「ほら、あんた達も急ぎなさいよ」と瀬奈は言葉を残して、ワームホールにヒョイっと飛び込んでいった。


 取り残された二人は見合わせた。


「い、今の話、本当かな?」


「パパとママに問い詰める! あんたは塾に行きな!」


 沙奈は肩を怒らせてワームホールに飛び込んだ。


「ま、待ってよ沙奈! 僕も帰るよ!」


 慌てて追いかけようとした奏の目の前で、ワームホールは消えた。

 一人、暗くなった公園に残された奏の瞳に横たわる海鼠型のエイリアンの死骸が映った。


「もう……僕の人生めちゃくちゃだよ」


 涙目になりながら、奏はトボトボと塾へ向かって歩き始めた。



 to be continued……












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