セナの帰還 4

 仁王立ちした火頑豪は正拳突きをするようなポーズを取って固まった。


 瀬奈は不敵な笑みを浮かべたまま、火頑豪を操縦し、大怪獣の進路へと立ちはだかった。

 どしん、どしん、と地響きを立てて魔獣ヴァルバトロイアがやってきた。

 ズズズ、と火頑豪に巨大な怪獣の影が落ちる。その体格差は約二倍だ。見上げる火頑豪。見下ろすヴァルバトロイア。まるで大人と子供だ。


 だが、勝負は一瞬だった。

 全てに置いて、段違いだった。

 火頑豪が肩を怒らせて駆け出す。ヴァルバトロイアが身構えるよりも早く、懐に潜り込み、強烈なアッパーカットを放った。


「火頑豪ナックル!!」


 打ち上げられたアッパーはそのまま上腕から先がロケットのように火を吹いて射出され、ヴァルバトロイアの顎を正確に捉えた。ヴァルバトロイアの巨体が自身の半分もない大きさの火頑豪の、たった片腕によって天高く打ち上げられた。


 火頑豪は素早く体制を整え、ヴァルバトロイアの巨体の落下地点へ入り込み、天に向かって手刀を突き出した。


「火頑豪レーザーブレード!」


 突き出された指の先から青白い光の刀が現れた。

 ヴァルバトロイアが落ちてくる。火頑豪がブレードを天に掲げる。


「はい、これでサクッと終わりぃ!」


 瀬奈は叫び、ブレードを勢いよく落下するヴァルバトロイアの背中に突き刺した。


ヴァルバトロイアは断末魔の叫び声を上げる。

火頑豪はレーザーの出力を上げた。青白い光が更に強く大きくなる。

 背中から突き刺されたレーザーブレードはヴァルバトロイアの腹を突き抜けた。

 ドス黒い血が噴き出し、土砂降りに火頑豪へと降り注ぐ。

火頑豪は更にブレードの出力を上げる。花火のようにヴァルバトロイアの血が飛び散り、身体は真っ二つに切り裂かれた。


 上半身と下半身に分かれた怪獣は真っ黒な血飛沫をあげながら、力なく地面に堕ち、動かなくなった。

 天に手を伸ばしたままの火頑豪の鋼鉄の手にはキラキラと光る青いクリスタルが握られていた。  

 

「……くぅ、やっぱり火頑豪だと力加減が難しい。せっかくのヴァガロクリスタルが欠けちゃったよ」


 怪獣の返り血を浴びた鉄の巨人が沙奈たちの元に近づいてきて腰を下ろすと、胸の装甲が開き中から白髪の少女がぴょんっと軽やかに降りてきた。


「……ま、というわけで、いろいろあったけど、私が嘘を言ったり頭がいかれちゃったりしてるわけじゃないってことがわかったでしょ。さ、家に帰ろう。ママ達が帰ってきちゃってるかもしれないし」





 その頃、互絵たがいえ家では我が子からの連絡を受けて慌てて帰ってきた両親が、明かりがついたまま誰もいないリビングで立ち尽くしていた。


「やっぱり、家の中にはいないみたいね……」


 家中をくまなく探し回った母親の奈美は焦燥感を滲ませてつぶやいた。まだ三十代半ばの若い母親だが、娘が行方不明になってからあまり眠れておらず、厚化粧でも目の下のクマは隠せていなかった。


「LINEも既読にならない。靴はあるのにな」


 父の勝友も不可解な状況に首を傾げた。


 奏の脱ぎ散らかした運動靴と、沙奈のきちんと揃えられた革靴は玄関に置かれたまま。リビングには二人の学生鞄も置かれたままで、麦茶のボトルは出しっぱなし。不思議だった。


 夫婦が帰ってきて既に一時間が過ぎていた。辺りはすっかり暗くなっていた。


 シンと静まり返った家。まるで瀬奈がいなくなった日のような暗い雰囲気だった。

 勝友はソファに腰掛けテレビを付けた。妻と二人きりのこの陰鬱な空気に耐えられなかったのだろう。テレビではネットで少し前に流行った動画を衝撃映像などと言ってタレント達がガヤガヤしながら見ていた。勝友はただ視線だけをテレビに向け、最近少し太り出した腹を掻いた。


「あなた、テレビなんか見てる場合?」


「だって、どうしようもないだろ。LINEも電話も繋がらないんだ。少し待とう」


「もう一時間も待ったわ。どうしてあなたってそうやっていい加減なの? 私だけでも外を見てくる」


「おいおい、目星も無いのにどこへ探しに行くんだよ」


 二人が付き合って十七年。高校の頃から付き合っていたが、こういう些細なすれ違いでの口論は度々起きた。


 いがみ合う二人の横の壁に奇妙な渦巻き状の空間が現れた。それは瀬奈が作り出したワームホールだった。

 ゲートの中から長い白髪をボサボサにした猫背の少女が現れた。

 その後ろからツインテールの黒髪の少女と、学ラン姿のニキビヅラの中学生男子も。


「やあ、パパママ。久しぶりっ。瀬奈だよ」


 両親の険悪な雰囲気など知らず、瀬奈はひょこっと手を挙げて微笑んだ。

 冷静な状態ならば、突如音もなく壁から現れたことについてのリアクションがあるだろうが、一週間も行方知れずだった娘が変わり果てた姿とはいえ無事に帰ってきたのだ。

 冷静ではいられない。


「瀬奈? 瀬奈なの!? 無事でよかった。ママ、心配したんだよ?」


 奈美は涙目で瀬奈を抱きしめた。


「ああほんと。まずは無事でよかった」


 勝友も安堵の表情でソファから立ち上がった。

 そして、ようやく冷静になったのか勝友は出入り口などないリビングの壁を不思議そうに見つめた。


「でも、なんか今、見間違いかな。変な空間から出て来た気がしたんだけど……。それに、ずいぶん外見も変わってしまっているし。この一週間、何があったんだ?」

 

 勝友は目を白黒させて尋ねた。


「話すのは構わないわ。けど、むしろパパママ的には結構ハードな話かもしれないんだけど、いい?」


 勝友の体に無意識に力が入った。年頃の娘が一週間も行方不明になっていたのだ。とんでもない事態に巻き込まれていたのではないかと不安にもなる。まあ、勝友が思っている以上に瀬奈の身に起こった事象はとんでもないことなのだが。


「聞かせてくれるか。瀬奈の話を聞きたい。いいだろ、母さん」


「ええ。あなたは私たちの娘よ。何があってもね」


 奈美と勝友は寄り添い頷いた。


「えっと。こっちの時間で言うと一週間前か。学校帰りに私は異星人に誘拐されたの……」


 沙奈と奏にした説明を今度は両親に始めた。

両親共に真剣な表情で瀬奈の言葉を聞いていたが、互いに目を合わせて何度か口を挟もうとしてやめたりしている。明らかに動揺しているようだ。


「……な、なるほど。瀬奈の話はわかった。大変だったんだな。ともかく、一度病院で検査してもらおう。何も問題がなければそれでいいしな。なあ、母さん」


「え、ええ。そうね。こういう時って家族以外の人と話したりして気持ちを落ち着かせるのも大切よね」


 両親のコメントに瀬奈は肩をすくめて二人のきょうだいに視線を送った。


「ちぇ。全然信じてない。どうせそんなふうに言われると思ったよ。じゃ、証拠見せるからパパママちょっと来てよ。ちょうど二人くらいの大人がいると助かる所があるの」


 瀬奈は懐から例のワープ銃を取り出して、さっきと同じように壁にワームホールを作り出した。


「な、なんだこれ。そういえば、お前達ここから出てきたな。どうなってるんだ?」


「まーまー、行けばわかるから。じゃ、沙奈、奏。ちょっと行ってくるよーん」


「待って待って、ちょっとぉ、瀬奈っ、何これッ……」


  目を白黒させて驚く勝友と口を開けて固まる奈美。そんな両親の背を押して、瀬奈は二人のきょうだいにウインクをすると、ワームホールに消えていった。


 リビングには沙奈と奏が残された。静まり返ったリビングで、二人は疲れ果てた表情で顔を見合わせた。


「じゃあ、僕は自分の部屋に戻るよ。……正確に言えば、この世界の死んだ僕の部屋だけどね」


 奏が肩をすくめて、リビングを出て行こうとすると沙奈が引き止めた。


「待って。やることがあるよ」


 沙奈は片手にずっと持っていたビニール袋を掲げた。

 そこには本当の弟の遺灰が入っていた。


 瀬奈が墜落したヴァッターロボを回収した際に、二号機のコックピットにこびりついていた奏の肉片を取り除いて火葬した際に残った灰だった。


「庭に撒こうと思う。あんたも手伝って」

 

 互絵家の駐車場の裏には小さな庭があった。幼い頃はそこにプールを出してきょうだい三人でよく遊んだ。

 なんでも一緒で仲が良かった双子の女の子は、三つ年下の弟を取り合って喧嘩した。

 仲の良い双子の唯一の喧嘩の原因は弟だった。双子の女の子は一つしかないものを取り合うときだけは喧嘩した。

 その弟がさっき、ついさっき訳もわからぬ知らない銀河の惑星で巨大な機械に押しつぶされて死んだのだ。


 庭に出た沙奈は手元の遺灰と先にサンダルを履いて出た少年の後ろ姿を交互に見た。


「奏」


 沙奈は弟の名前を呼んだ。


 今日出会ったばかりの少年が振り向いた。


「なに?」


「……別に。あんた、庭のどの位置が好き? そこに撒こう」


「えー、別に好きな場所とか無いよ。あっ、そこで転んで泣いた記憶はあるよ」


 奏が指差したのは隣家との境に建てられたブロック塀の脇だった。


「じゃ、そこにしよっか」


 奏が指差した地点にスコップで穴を掘る。


「半分は私が入れるから、もう半分はあんたが入れて」


 半分ほど、サラサラと遺灰を穴に落とすと、残りが入ったビニール袋を奏に押し付けた。


 奏は怪訝な顔つきで、つまむようにそれを受け取った。

 奏は袋の中身をじっと見る。表情が少し険しくなる。


「こいつの代わりに、この世界で暮らすんだな、僕は……」


 奏は少し目を閉じて、小さく口をうごめかせた。何かつぶやいたのかもしれないし、ただ単に乾いた唇を湿らせただけかもしれなかった。そして、少年はサラリと灰を撒いた。

 土をかぶせ埋葬は終わった。


「……さて。弟の葬式はおしまい。次は、新しい家族の歓迎会ね。コンビニでも行こ。好きなもん奢ってあげるよ」


 沙奈は笑って奏を見た。少し硬い笑顔だったが、精一杯の笑顔だった。

 リビングが騒がしくなっている。父と母が異世界から帰ってきたのだろう。


「なんだか、これから僕らの人生、大変そうだねぇ」


 リビングから聞こえる母親の悲鳴にも似た喚き声を横目に、奏は他人事みたいにため息をついた。


「そうだね。でも、瀬奈が帰って来てよかった。私の大切な家族だもん」


 沙奈は苦笑しながら答えた。その言葉に偽りはなかった。



 to be continued……



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