セナの帰還 3
そのころ地上では魔獣ヴァルバトロイアがのそりのそりと街へ向かって直進していた。
街からは編隊を組んだ戦闘機が現れて侵略者へ機銃を放った。が、大怪獣は意にも介さず、羽虫を払うように戦闘機をはたきおとした。上がる黒煙。近づいてくる大怪獣を見上げ、恐怖に震える街の人々。
その時だ!
大空を切り裂き三機の見慣れぬ戦闘機が現れた。
街のはるか上空を無尽に駆け、飛行機雲の落書きを薄緑の大空に描き散らし始めた。
あれはなんだ、と街の人々が天を仰ぎ、魔獣ヴァルバトロイアも雄叫びをあげて空に威嚇した。
「ひゃっほー。気持ちいいねぇー!」
一号機のコックピットで瀬奈が叫んだ。
「た、楽しいー!」
二号機では目を輝かせた奏がいた。
「思ってたより簡単ね。……けど、遊んでる場合じゃないでしょ。怪獣と戦わなきゃ」
三号機の沙奈だけが冷静に言った。
「そうね。じゃ合体しよっか。手順は入ってるね」
「うん。高度と速度を合わせてヴァッターチェンジだね!」
「組み合わせは三つ。真ん中に挟まれる機体がメインパイロットの機体に変形するわ。合体に失敗したら潰されるのも真ん中だけどね」
「おっけー! ねえ、瀬奈!僕がメインパイロットやってみたいんだけど、いい?」
「だめだめー。合体はムズイのー。私がメインなら絶対失敗しないけど、初心者のあんたじゃ成功確率は30%くらいよ」
「大丈夫だよ! やれるよ! やってみたいんだ! 操縦法はヘルメットのおかげで全部頭に入ってる! 良いでしょ!?」
「うわ。奏って初搭乗で、ここまでヤル気になっちゃうタイプだったのか……、ま、いいよ。もしかすると才能あるかもね。やってみる?」
「ちょっと瀬奈、ほんとに大丈夫なの? アホの奏だよ?」
「大丈夫だって! 勉強できないのとこういうのは違うんだよ。ね。瀬奈」
奏は親指を立てて自信満々の顔……というか調子に乗った顔を見せている。
「ま、やってみましょ。……私は不老不死だし。最悪死ぬのはあんたたち二人だし」
「ちょっとぉ! なんか聞き捨てならないこと言ったよね!?」
「奏! あんたに任せるわ! 失敗して死んじゃったとしても、なんもしてあげられないからしっかりやんのよ!」
「わかったよ! いくぞ! 変形隊列へ移行!」
奏の指示の元、縦横無尽に大空を駆けていた三機が螺旋を描いて折り重なるように近づき、二号機を先頭にV字で列を組んだ。
「セカンドバッターチェンジ! スイッチオン!」
威勢のよい奏の叫び声と共に、三機を黄緑色の閃光が結ぶ。
二号機を挟むように先頭に一号機。後方に三号機がスタンバイし変形作業へ移った。
一号機は人型ロボットの両腕と背部に変形し、三号機は同じく人型ロボットの下半身に変形した。そして、中央の二号機は獰猛な野獣を思わせる頭部と、短距離走者のような筋肉質な上半身へと変形した。
あとは、奏が脳波でコントロールしてうまく三機を誘導し合体させれば、ヴァッターセカンドの完成である。
……しかし!
「ばか! 奏っ! 突っ込みすぎ! スピードを落として!」
黄緑の光に包まれながら、一号機のコックピットで瀬奈が叫んでいた。
想定よりも遥かに速度が出ていた。このスピードでは合体に失敗する。それどころか、真ん中のヴァッターマシンが前後のマシンにサンドイッチにされて潰れてしまう。
「きゃー!」
後方では沙奈が恐怖に慄いている。瀬奈が必死に叫ぶ。
「スピードを落とせ! 奏! スピードを!」
「うわぁ! コントロールできないよ! 瀬奈!助けて……」
激しい衝撃音と、グシャっという音を残して通信は切れた。
ヴァッターマシンは合体可能速度を遥かにオーバーして合体に挑んでしまったのだ。
黄緑色の光は霧散し、ヴァッターロボは内臓が飛び出た巨人のような姿勢で、破片を撒き散らしながら、地上へと堕ちた。
砂塵が舞う。
赤い土の上、絡み合って墜落したヴァッターマシンは微動だにしない。
しばらくして、背中部分から、よろよろと白い髪の少女が這い出した。
同じように、腰下の部分からはツインテールの少女が咳き込みながら這い出した。
二人は体のほこりを払い、奇跡的に無傷である事を確認すると、機体の中央付近へおぼつかない足取りで向かった。
機体の胸部の辺りまで登ってきたが、機体はめちゃくちゃで二号機のコックピットがどこにあったかさえ、わからないほどの有様だった。
瀬奈はため息をついて、懐から茶色い巻紙を取り出してライターで火を付けた。
「こりゃ奏はミンチになっちゃったね」
グチャグチャの機体を見下ろして、瀬奈が紫煙を吐き出した。
「……うそ。うそだよね? 瀬奈? 嘘だって言ってよ!」
「いやいや。あの速度じゃ無理。どうしてヘルメットの指示通りしなかった? 気が動転していた? あんなに自信満々にやりたいなんて言ったくせに。まったく不甲斐ない弟ね」
「そんな、ちゃんと調べて見ようよ、挟まってまだ生きてるかもしれない」
「まあ、一応確認するけど」
瀬奈はコックピットらしき場所にしゃがみ込んで、ひしゃげた装甲を捲って、中を覗き込んで、うわっと目を背けた。
「これは酷い。ぐっちゃぐちゃ。吐きそ。……沙奈も見る? トラウマになりそだけど」
瀬奈が冷めた目で沙奈を見た。震える瞳の沙奈は涙を滲ませ顔を背けた。
「うう……、どうしてこんなことに……」
「言い訳するじゃないけど、私は成功確率が30%くらいしかないから止めろと忠告はしたよ。それでもやりたいと言ったのは奏だよ。言い方は悪いけど、あいつの自業自得。でも、逆に言えば自分の死にきちんと責任を持って死んだとも言える。それは、偉そうに人生を語る大人だって中々できない芸当ね。だから、ある意味、立派よ」
「瀬奈……どうして、あなたは悲しくないの?」
「うーん。そういう感情も遥か昔にはあったと思うけど、今は……ないかな」
無表情の瀬奈だった。だが、その後、にやりと眉を動かした。
「だけど、実は私はこうなるパターンのことも考えていた。自分で言うのもなんだか、私はスゴイのさっ」
瀬奈は白衣のポケットから、タブレット端末のような機械を取り出して空中に浮かばせた。
そして、そこに何やら化学式のようなものを猛烈なスピードで書き始めた。数式を描き終えると、片手に持ったままにしてあった茶色の巻紙を大きく吸った。
「ぷはぁー。よし、おーけー。我々の状況と極めて近く、極めて都合の良いパターンのディメンションが見つかったよん。ちょい待っててー、連れてくっからー」
瀬奈はワープ銃を取り出して目の前の空間に発射した。
空中に渦巻きゲートが現れる。瀬奈はヒョイっと跨いでその中に入り、ヒョイっと戻ってきた。その手にはキョトンとした顔の奏の腕が握られていた。
「はい。これで元通り」
パンパンっと両手を叩いて満足げな顔になった瀬奈。
「「どーいうこと!?」」
沙奈と、ゲートから現れた奏は目玉を丸くして叫んだ。
「生きてたの!? 奏!?」
「いやいや、沙奈たちこそ! 完全に死んじゃったと思ったのに……。どういうことだよ瀬奈!」
「ふむ。まあそう戸惑いなさんなって。簡単なことよん。宇宙というのは無限に広がっている。無限ってことは、この世界と全く同じか、ほんの少しだけ違う世界も存在するということだね。並行宇宙とか、パラレルワールドってヤツね。で、この場所で奏が死んだ事実は変えられないけど、無限の宇宙には極めてこの世界に近似している世界があるのよ。それを私は探し出したのね。それが、この奏がいた世界。その世界でも同じように私達がいて、ヴァッターマシンを合体させようとして失敗した。合体は失敗したんだけど、失敗の内容が違った。悲しい事に、奏を残して私は仮死状態で、沙奈は死んじゃったってバージョンの世界なのよ。で、私はそっちの世界にワープして、途方に暮れてるそっちの奏をこっちに連れてきたってわけ。ささっと分析してみたけど、そっちの世界では『YOASOBI』が存在しない世界だったけど、まあ違いはそれくらいみたいだから、文句ないっしょ。別のアーティストの曲がちゃんと「推しの子」のアニメ主題歌でバズってるし。そんな感じよ! なにか質問あれば一つずつだけ受けるわ」
「えっと、つまり、この奏は結局、奏なの? 奏じゃないの?」
「ちょっと沙奈ぁ。今説明したじゃん。奏は奏だけど、この世界でさっきまで一緒にいた奏とは別の個体だよ。けど、事故る直前までは共通の流れを辿ってる世界だから、そこまでの記憶は全て一致してるわ。あとは沙奈、あなた次第でしょ。受け入れるか、受け入れないかは」
沙奈は視線を落として黙った。
「それって、つまりさ」
奏は恐る恐る手をあげた。
「僕は知らない世界に連れ込まれたってこと? 元の世界には戻してくれないの?」
「あんたがバカなのは想定内だから、説明したげるけどさー。あのね、元の世界に戻りたいなら戻してもいいけど、そっちの『私』の肉体はバラバラで、あなたは見知らぬ惑星で一人ぼっちなわけよ。まあ、私は正式には不老不死なんで、何年かかけて肉体は再生するんだけど、それまであんたはどうするの? ワープ銃も壊れてるし、あなたが地球に戻る方法はゼロよ? 現地の種族とは言葉も通じないし、そもそも地球人が長時間適応できる環境でもないし。それでも異世界サバイバルをやりたいって言うなら、ゲートを開くよ。だけど私の計算が正しければ、あなたは五時間以内には結構な確率で惨い死に方をすると思うわ。あと、元の世界の地球に戻してくれってのは無理。さ、どちらを選ぼうとそれはあんたの自由ね。いいわ、どっちにする?」
冷たい視線で瀬奈は弟を見た。
奏は視線を落として「……わかったよ」と呟いた。
「さーて、これで状況は元通りね。話を戻すよ! ヴァルバトロイアを倒して、生体コア『ヴァガロクリスタル』を手に入れましょう! つーことで、も一度次元転移式格納庫に戻るよー」
ケロッと表情を戻した瀬奈は懐からキーを取り出し、近くの岩場に差し込んだ。
ピキンっと岩は真っ二つに裂け、地鳴りと共に地中から鋼鉄の籠が現れた。
「余計な時間を食っちゃったから、サクサク終わらようと思いますー。せっかく二人を連れてきたのに残念だけど、一人でやっちゃうね」
瀬奈は一人でエレベータに乗り込むと、微笑んだ。
「まあ、あなた達はそこらへんで待ってなさい。チャチャっと終わらせてくるから」
ゴゴゴと地響きを立てて鉄の籠は沈んでいった。残された奏と沙奈は互いに目を合わせるも、なんとなく気まずそうに目を逸らした。
「あの瀬奈って、本当に私の知ってる瀬奈なのかな」
ポツリと沙奈が呟いた。無意識に出た自分の言葉に驚いて、ハッとして少し俯いた。
「さあ、僕にとってはどっちでも変わらないけど……。だって、僕の姉貴たちはさっきヴァッターの合体に失敗して死んだ二人のことだもん。この場所が僕の住んでた世界と違う平行世界だってのも混乱しちゃうけど、正直現実感なくて……」
奏の心ここに在らずという表情を見て、沙奈は何も言葉を返せなかった。何を言っても違うような気がしたのだろう。
「……そだね」とだけ言って息を吐いた。
さて、一方、地下格納庫に戻った瀬奈は今度は一人乗りの巨大ロボに搭乗した。ヴァッターロボよりもふたまわりほど小柄な外見だったが、漆黒の装甲に包まれた筋肉質な体格のロボットだった。
「ちぇ、ヴァッターロボだったらヴァルバトロイアとの相性バッチリだったのになー。奏なんかを信用した私が馬鹿だった。……まあ、仕方ない、未来のためには犠牲はつきもの。奏の死をただの無駄死にするかどうかは生き残った私次第だしっ」
一人、ブツブツと呟きながら発進体制に入る。
「よし!
ゴウっと唸るような音が響き、漆黒のスーパーロボットの体が震えた。その巨身に命の火が灯ったのだ。
黒く重みのある両肩の装甲パーツが炎のような灼熱色に変化し、肩や胸などの排気口から勢いよく白煙が舞い上がった。
火頑豪と呼ばれた機体はゆっくりとその鎧武者を思わせる顔を上げた。
地上で待っていた奏と沙奈は地中奥深くから地鳴りが響いてくるのを感じた。
地面に突然円形の切れ込みが入ったかと思うと、地が割れ白煙が吹き出し腕組みした巨大ロボットが地面から迫り上がってきた。
「アレも瀬奈の作ったロボットなのかな?」
「あ……かっこいい」
奏はその機体を見ると目を輝かせた。自分の置かれた複雑な環境については一旦置いておくことにしたのだろうか、天然なのだろうか。アホ奏と姉に言われているのも納得だ。
「ふたりともおまたせー。かっこいいでしょ。スーパーロボット火頑豪よ!」
「火頑豪! 名前もかっこいい!」
「……私はよくわかんないけどさぁ、さっきのロボットより、なんか随分ちっさくない?」
「沙奈ぁ、それは言わないでー。ヴァルバトロイア相手だと火頑豪はちょっと小さいから、ヴァッターロボで行こうとしたんだけどねー。結果はご存知の通りで。でも、心配しないで。火頑豪でも火力は十分! 私ならやれるわ。さ、見てなさい」
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