セナの帰還 2

  ☆


「一週間前。学校帰りに私は異星人に誘拐された。いわゆる『アブダクション』ってやつ。気がついたら異星人の研究所の中。そいつらは地球よりも遥かに科学が進んでる星の奴らだった。私は身体を弄くり回されて、老けないし何があっても死なない身体にされた。人体実験で不老不死にされたってわけ。で、色々あったけど、そこら辺は端折って。私はなんとか研究所を脱走した。宇宙船をかっぱらってね。そして、それで宇宙を彷徨うことになった。銀河を巡っていろんな異星人と出会った。たくさんの不思議な経験をしたわ。地球にいたら知ることのできない知識もたくさん得た。なんたって不老不死だからね。時間だけはたくさんあった。それで、ある時から私は自分にかけられた不老不死の呪いを解く為に研究を始めたの。その過程でどこにでも行けるワープ銃を開発したわ。それを使って、別の宇宙とか異世界にも行けるようになってね。そんで、科学だけじゃなくて魔術とかも覚えたんだけど、それでも、不老不死って治せなくてさ。私も意地になっちゃって、異世界を巡るさすらいの旅と銀河を股にかけての研究を続けてたんだけど、ちょっとトチっちゃって永久に夢を見続ける煉獄螺旋っていうヤバいのに巻き込まれちゃったの。それで、なんとか逃げ出そうと一か八かでワープ銃を暴発させたんだけど、まさか、地球ここに帰って来ちゃうとは思わなかったわ」


 ひと息で喋り終えると、瀬奈は再び麦茶をコップに注いで一気に飲み干した。


「あんた達的には一週間ぶり。でも、私的には……えっと何千年だろ? くらいぶりって感じ。以上。で、何か質問はある?」


 少しの間、沈黙が流れた。

 どういう意味の沈黙だったのかは、沙奈の厳しい表情を見ればなんとなく想像できただろう。

 沙奈は目を伏せて言った。


「……瀬奈。病院に行きましょう」


 瀬奈は大きくため息をついた。


「馬鹿なこと言わないで。地球の文明レベルじゃ私の不老不死は治せないわよ」


「何言ってんだよ。頭の病院に決まってるだろ」


 奏がやれやれと首を振る。


「……は? 馬鹿じゃないの。私の体で異常が一番無いのはむしろ頭よ。狂ってしまえればよかった! でも私を攫ったダブダビデ星人のクソ野郎どもは、私の正常な精神を複製して取っておいて、私が狂って不可逆的な精神錯乱状態になるたびに、複製しておいた元の正常な精神状態を移し替えて私を元通りにした。そして何度もひどい実験をしたのよ!! ま、私が脱走する時に研究所は爆破したけどね。ざまあみろって感じよ。ふふふふふ」


 片頬を上げで悪魔じみた笑顔を見せる瀬奈に二人はタジタジだ。


「……ねえ、奏。ママからLINEは返ってきた?」


「まだ既読にもなってない。どうしよ……。救急車とか呼ぶ? 薬物使用の疑いのある未成年が暴れてるとかって言ったほうがいいかな……」


「ちょっとコソコソ言ってんの聞こえてるわよ。失礼ね。傷付くなぁ。ま、この時代の地球人じゃ、信じられないのも無理ないか。なら証拠を見せたげる。ちょうどで行きたいところだったから」


 瀬奈は懐から何か拳銃のような物を取り出した。


「なにそれ、水鉄砲?」


 奏がキョトンとした顔で聞く。


「バカ。話の流れでわかるでしょ、これが私が開発したワープ銃よ」


 確かに奏が水鉄砲と間違えるのも無理はない。

 銃身はピンク色。持ち手のグリップ部分は水色で、後部につけたれた半透明の給水タンクみたいな部分にはタプタプと黄色い液体が揺れていて、安価な玩具にしか見えない。


「ま、見てなさいって」


 瀬奈はカチャカチャと銃の背部のダイヤルらしきものを操作し何かを設定すると、リビングの壁に向かって引き金を引いた。

 銃身から光線が壁に向かって発射された。稲妻のようなカクカクした軌道で発射された光線は壁に直撃した瞬間、直径2メートルほどの不思議な渦巻き状の空間を出現させた。


「これが、いわゆるワームホールってやつ。私はゲートって呼んでる。これをくぐれば、別の惑星にひとっ飛びよ。座標は『S5021』に指定したわ。さ、行くよーっ」


 瀬奈は慣れた様子でスタスタとゲートの中に入っていった。池に小石を投げ込んだように波紋が広がり、瀬奈の体はゲートの奥に消えた。


「ちょ、マジ?」


「僕、夢を見てるんじゃないよね?」


 二人が呆然としていると、ゲートの中から瀬奈が顔だけひょこっと出した。


「早くきなよ。ゲート維持すんのもエネルギー使うんだから」


 生首状態の瀬奈は面倒臭そうに吐き捨てると、再び顔を引っ込めた。

 目を白黒させて顔を見合わせた二人だったが、恐る恐る輝くゲートへ足を踏み入れた。



 光に包まれたのは一瞬だった。

 ゲートを跨いだだけで景色は一変した。たった一歩で、だだっ広い荒野の真ん中だった。

 乾いた土は赤く、ゴツゴツした岩があちらこちらに転がっていた。そこここに見たことのないサボテンのような大木が点在していた。

 空の色は薄緑。浮かぶ雲は青かった。


「な、なにこれ!?」

「どうなってんの!?」

 驚きのあまりキョロキョロと辺りを見渡す沙奈と奏。


「これでわかったでしょ。私が言ってたことはマジ。で、あっちを見て」


 先に来ていた瀬奈がスッと指を差した。そこには巨大な怪獣がいた。

 二本足で歩いて、両手を前に突き出して、ツノの生えた頭を振っては、空に向かって牙の生えた口を開いて叫んだりしている黒い鱗状の皮膚を持つ、恐ろしい怪獣だった。


「ゴ、ゴジラ!?」


 沙奈が悲鳴をあげた。


「……待って。沙奈、聞き捨てならない。あれがゴジラに見えるの? 全然似てないよ。尻尾もないし。どっちかっていうとウルトラ怪獣でしょ」


「いや、わからんし正直どっちでもいいし!」


「ならはじめっから何も言うなっての」


「はいはい、ストップ。まったく、あんた達のお気楽さは相変わらずね。懐かしいわ。ともかく、あれは魔獣ヴァルバトロイア。あれを倒して生体コア『ヴァガロクリスタル』を手に入れたいの。不老不死の呪いを解く為に必要な素材なのよ」


「あんなのどうやって倒すのよ? 仮面ライダーにでもなれっていうの?」


「ねえ沙奈、仮面ライダーはあんな巨大な敵とは戦わないよ。それ言うならウルトラマンでしょ」


「え? 仮面ライダーって変身したらデカくなるんじゃないの?」


「ならないよ! そんな巨大だったらバイクに乗って移動するだけで東京は壊滅だよ!」


「キミら、本当仲良いな。我がきょうだいながら、ちょっとげんなりだよ。いい? 怪獣と戦うのは変身ヒーローだけじゃないでしょ。ロボがあるでしょ。スーパーロボットが」


「ロボってガンダムみたいな?」


「いぇーすっ。そゆことーっ。見てなさい」


 瀬奈は懐から銀色のキーを取り出して、スタスタと近くの岩に近づくと、その岩にキーを差し込んだ。

 ギュインと音がして岩に切れ目が入り、パカンと二つに開いた。ズゴゴゴと激しい地鳴りと共に、空いた空間に地中から鉄の籠が生えてきた。チンと音がなり、鉄の扉が開いた。


「エレベーター?」


「そ。地下に次元転移格納庫ラボを持ってきてるの。私が作った巨大ロボであの怪獣と戦いましょ。三人乗りなの。あんたたちに怪獣退治を手伝ってもらうわ」


「突然そんなこと言われても、私そんなのできないよ」


「やらなきゃ、あの街が壊滅するわよ?」


 瀬奈が視線を向けた先には、背の高いビル群が見えた。

 ビルとビルの間を透明のチューブみたいなトンネルが繋ぎ、その中を流線形の車が飛び交っていた。


「人口20万の都市。文明のレベルは地球と同じくらい。戦闘機はあるけど、ヴァルバトロイアには歯が立たないわ。私たちじゃなければあそこの人達は守れない。やらなきゃ20万人が死ぬけど、まあ関係ない人達だと言われれば、そうね。……やめて帰る?」


 怪獣はどうやら、そのビル群に向かってのそりのそりと移動しているようだ。

 戸惑う沙奈の隣で、ニキビ面の少年の目が輝いた。


「やるしかないってことだね。 仕方ない。沙奈、やろうよ」


「ナイス!奏! よく言ったわ! 尻込みしてちゃすぐ老人になっちゃうよ。じゃいきましょ」


 瀬奈は不敵に笑うと、二人の背中をエレベータの籠へと押し込んだ。

 再び、チンと扉が締まり、エレベータは地下深く潜っていった。


「……でもさ、瀬奈?」


 地下へ向かう鉄かごの中で、沙奈が不安げな顔をする。


「私、ホント機械とかあんまり得意じゃないよ。操縦なんてできないと思う」


「大丈夫。被るだけで操縦方法を脳にインプットできるヘルメットがあるから」


「そんなのがあるの? そういうのって瀬奈が作ったの?」


「うんっ。大体はね。ま、科学の発達した異星を気の遠くなる年月かけて巡れば、このくらい誰だって作れるようになるよー」


 なんでもないわって顔で瀬奈が答えた。


「さあついたっ。ここが私の秘密基地。次元転移式格納庫よ」


 扉が開く。

 そこは四方をメタリックな壁面に囲まれたエレベータホールだった。

 オフィスビルのエントランスみたいな清潔感。窓もなく無機質な印象になりそうな場所だが、観葉植物の鉢植えが等間隔に並び多少の和らぎを与えていた。


「行きましょ」


 自動ドアを抜け通路を歩く。

 上場企業のオフィスみたいな清潔感と威圧感のある通路。両脇の壁は全て半透明なすりガラスで、地下の閉塞感をうまく緩和している。並ぶ扉には「対魔獣細菌兵器研究室」とか「クローン技術サンプル室」とか「マリシア魔術学本保管庫」とか、気になるルームプレートが並んでいたが、瀬奈の足取りは早く、奏と沙奈は気になる単語はあれど、口にして訊ねることはなかった。


「さー、ここだよ」


 辿り着いた扉には「スーパーロボット開発室」の文字。

 瀬奈が半透明のドアを開ける。

 扉の向こうは外からは想像できないほどの超巨大なガレージだった。


「通路と各部屋は異なる次元にあるからね」


 薄暗くて全容は見えない。空間で広さはサッカーコートくらい。高さは水泳の一番高い飛び込み台よりも更に高そう。天井は遠い。


「こっちよ」


 ツカツカと歩き出した瀬奈のあとを二人は恐る恐る着いていく。

 しばらく歩くと、瀬奈が勢いよく振り返って、両手を広げた。


「ついたわ。これが私が開発した合体変形メカ。ヴァッターロボよ!!」


 その言葉を合図に、照明が眩いばかりに光を放つ。

 そこには三機の戦闘機が並んでいた。

 各機、異なるテーマカラーで染められ、それぞれ形状が異なっていた。

 一号機は紫色の機体、コンドルを思わせる鋭利なデザイン。

 二号機は黄緑の機体、若いチーターを思わせるしなやかなデザイン。

 三号機はオレンジの機体、セイウチを思わせる肉厚のデザイン。


「どうっ!? カッコいいでしょ! コレがあれば私たちは神にも悪魔にもなれるわ! 恐竜帝国も百鬼帝国もかかってこいだわよ!!」


 瀬奈はどこから取り出したのか、いつの間にか白衣を纏っていた。

 ボサボサの髪、瞳がぐるぐると渦巻いていて、まさにマッドサイエンティストさながらの風貌だった。


「バラバラじゃん? 壊れてんの?」


 沙奈はその戦闘機を見ながら首を傾げた。


「壊れてない! 三機の戦闘機が合体して一機のスーパーロボットになるのよ! じゃあ初めっから合体させとけって? 馬鹿!あんた男のロマンがわかってないわね!」


「何も言ってないし……てか、瀬奈、女の子でしょ」


「かーっ、そうだった。忘れてたっ、地球的概念では私は女の子だったねー。あはは。結構いろんな経験をしたからそういう感覚無くしてたよー。ま、ロマンに男も女もカンケーないってことでっ。よろしく」


 隣の会話を聞き流しながら、奏は一人震えていた。まるで耳に入っていなかった。


「ヴァッターロボ……。カッコいい……」


 思わず口から溢れる言葉は興奮を隠しきれていなかった。

 奏は所謂オタク少年だった。ゲームとかアニメとか好きだった。特にロボットアニメが好きだった。だから、こんな状況にテンションが上がらないわけがなかったのだ。


「ねえ、話してる暇はないんでしょ。発進して街を守ろうよ」


「お、頼もしいね、奏! じゃコレ渡すわ。各機のキー。私が一号機、奏が二号機、沙奈が三号機でよろしく」


 それぞれのテーマカラーで配色されたキーを手渡すと、瀬奈は自分の機体、紫の一号機の操縦席へと歩き出した。


「コックピットにヘルメットがあるわ。それを被れば脳内に自動的に操縦方法が流れ込む仕様になってるよーん」


 お気楽に言うと瀬奈は一号機の前でキーのボタンを押した。プシューっと白い煙を吐き出して機体の下部から搭乗口が現れた。


 奏と沙奈も言われるままに機体の元へ行き、それぞれ現れた搭乗口に乗り込み、コックピットへ移動した。


「あーあー、テステス。ふたりとも聞こえる?」


 二号機と三号機のコックピットにビジョンが浮かび上がる。一号機に乗り込んだ瀬奈の顔が投影された。


「やっほー。座席の後ろにヘルメットがかけてあるでしょ。それを被って右横の出っ張ったスイッチを押せば後は説明が流れるからその通りにしてー。操縦法が脳味噌に入るからー」


 言われた通りにすると、ヘルメットのバイザーが文字を映し出し、音声ガイドが流れはじめた。

『視線を上下に動かしてください』

『最近楽しかった事を思い出してください』

『好きな動物と苦手な飲み物を思い浮かべてください』

いくつかの質問の後、

『思考パターン、運動神経分析、完了。操縦方法をトレースします』


 その言葉と共にカメラのフラッシュのような閃光が二人の目の中で弾けた。

 驚きのあまり体を硬直させた二人だったが、次の瞬間、目の前の計器や操縦桿についてるボタンの意味や、三機の合体プロセスや注意事項が頭の中に流れ込んできた。


「す、すごい。僕、こいつの操縦方法、全部わかっちゃった!」


「わ、私も。わかる、わかるよ! これなら操縦できそう」


「でしょーん。私に任せればなんの問題もなーいよ。じゃ、発進しましょう!」


 瀬奈が何かしらのスイッチを押すと、地上へ続くカタパルトが現れた。


「ヴァッターマシン! 発進!!」


 三機の後方にエンジンの噴射避けであるジェットブラストディフレクターがせり出す。

 轟音を響かせた三機がそれぞれ背部バーニアから焔を吹き、地上へ向かって発進した。


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