サナ☆セナ ~第21種接近遭遇~

ボンゴレ☆ビガンゴ

episode1  セナの帰還

セナの帰還 1

 互絵たがいえ家には三人の子供がいる。

 今年17歳になる双子の女子高生と14歳になる男子中学生だ。


 双子の少女の名前は瀬奈せな沙奈さなである。一卵性双生児で、外見や性格、趣味嗜好は瓜二つだった。初めて言葉を喋った日も、おねしょをする日も、転んで怪我をする日も、熱を出す日も、乳歯が抜ける日も同じだった。なんでも一緒でないと気が済まないようで、中学生になっても服は同じものをお揃いで欲しがったし、初恋の相手も一緒だった。たまには喧嘩もしたが、それは大体を取り合う時だった。

 そんな双子の少女は当然のように、同じ高校に進学した。


 二年生になった今でも、変わらず仲は良く、スラリと伸びた脚を『映え』させるスカートの丈はお揃いで、ブラウスの上に羽織るセーターも同じブランドだった。髪型も同じで、艶のある長い黒髪をツインテールにしていた。そのツインテールを束ねるヘアゴムの色もお揃いという徹底ぶりだった。

 TikTokで流りの曲に合わせて踊るのも、インスタでアップする自撮りもいつも一緒だった。

 親ですら見分けられない時もあるほど、二人はそっくりだった。

 しかし、そんな二人の仲を切り裂く大事件が起きた。

 瀬奈が学校帰りに突如として行方不明になってしまったのだ。


  ☆


 その日、双子の瀬奈と沙奈は学校帰りにスタバの期間限定フラペチーノを試そうと友人達と約束をしていた。

 瀬奈は日直で職員室に寄らなければならなかったので、沙奈と友人達は先に校舎を出た。

 夕暮れ時は店が混む。先に行って席を確保しようとした。


「すぐに追いかけてくるでしょ」と友人の一人は気楽に言ったが、沙奈は不思議な胸騒ぎがした。


 店につき友人たちは各々注文をした。沙奈は何も頼まずに席についた。瀬奈を待ち、二人で自撮りをするためだった。けれど、いくら待っても、瀬奈は店に現れなかった。


 沙奈は何度もLINEを送った。しかし、それが既読になることはなかった。二日たっても、三日たっても。


 高校から駅前までの道は人通りが多い。瀬奈が消えた時刻は下校時間でもあり、生徒達が大勢歩いていたはずだ。

 それなのに瀬奈の目撃情報は一切なかった。不審な人物や悲鳴などは誰も聞いていなかった。

 状況を鑑みるに誘拐の可能性は低い。捜査に当たった警察官からはそう言われた。だからと言って沙奈や家族の不安が和らぐことはなかった。


 何の手がかりもないまま一週間が過ぎた。

 沙奈はこんなにも長い間、瀬奈と離れたことは一度だってなかった。

 体の半分を失ったような落ち着かない日々だった。

 表向きとしては瀬奈は体調不良で学校を休んでいることになっていたが、教室での沙奈の暗い表情のせいで、なんとなく不穏な噂が立ちつつあった。それに気づいていながら、取り繕う余裕もないほど、沙奈は落ち込んでいた。

 毎日のように二人で更新していたインスタもTikTokも一人では更新しなかった。する気にならなかった。

 沙奈は毎日、学校が終わると瀬奈が行きそうな場所を手当たり次第に探し回った。

 小さい頃、一緒に遊んだ公園。二人が好きなアイスクリーム屋。二人で通ったスイミングスクール。

しかし、どこにも瀬奈の姿は見当たらなかった。


 その日も、沙奈は何の手がかりも得られず肩を落として夕暮れの中、帰路についた。

 互絵家は閑静な住宅街にある一軒家だ。共働きの両親はまだ帰宅していなかった。鍵を開けて中に入る。


 暗い玄関。暗い廊下。ため息をついて一階のリビングの扉をあけ、明かりをつけるとソファに倒れ込んだ。

 制服も着替えずにソファに深くもたれ、しばらくぼーっとしていた沙奈だったが、玄関の方で鍵が開く音がして、我に帰った。

 ほんの一瞬、期待するように耳を澄ました。だが、玄関の扉を開くガサツな音は弟のそうのものだと長年の経験で分かった。


「うわ。沙奈、いたの。電気くらいつけなよ」


 リビングに入ってきた学ラン姿の奏はギョッとして言った。瀬奈がいなくなった互絵家のなかで一番、感情に変化がないのが弟の奏だった。姉がいなくなってもなんとも思っていないのだろうか。

思春期男子らしく、普段から斜に構えてニヒルを気取っているが、背も低いしニキビ面だし、声はまだ高いし、全然サマになっていないと沙奈は馬鹿にしていた。


「……あんた、今日は学校行ったんだ」


 弟の奏は中学生になってから、学校に行く頻度がどんどん少なくなって、今はほとんど行っていない。沙奈は改まって理由を聞いたことはなかったが。


「うん。芸術鑑賞会だったから」


「授業は出ないのに、そういう遊びみたいな行事は行くんだ。てか、あんたも瀬奈を探してよ」


 沙奈はやり場のない怒りを手頃な相手にぶつけることにしたようだ。


「だって、誘拐とかじゃないって警察も言ってたじゃん。家出じゃない? 手がかりもないし、沙奈みたいに当てずっぽで歩き回ったって時間の無駄じゃん。帰りたくないから帰ってこないんじゃないの?」


「……もういい」

 昔は素直で可愛げのあった弟も、今は思春期ど真ん中。口をひらけば憎まれ口ばかりだった。沙奈は口論は無駄と悟り立ち上がった。

 部屋を出ようとリビングの扉を開けた。


 そして、廊下の暗がりに立つ影を見つけて悲鳴を上げた。


「きゃ!!」


 突然の姉の悲鳴に驚いて奏も顔を出す。


「な、なんだよ突然叫んで」


 二人が視線を向けた先。暗い廊下に影があった。 

 暗がりの中に沙奈と同じくらいの背丈の少女が立っていたのだ。


「もしかして……。瀬奈?」


 沙奈は廊下の明かりをつけた。

 そして、再び悲鳴を上げた。


 無言で立っていたのは変わり果てた姿の瀬奈だった。

 沙奈とお揃いの艶のある黒髪ツインテールは、根本から毛先まで真っ白で、ボサボサになっており、まったく手入れがされていない様子だったし、肌ツヤは悪く化粧などは全くされておらず、薄汚れていて、だらしなく口を開いては焦点の合わない瞳を虚空へと向けていた。

 失踪した当時と同じ制服を着ていたが、それに沙奈が気づかないくらい、クタクタだった。セーターはほつれ、伸びきり、ブラウスの襟は茶色く汚れ、スカートは所々破れていた。

 

「瀬奈……、その姿……、どうしたの!!」


 沙奈が駆け寄るが、瀬奈は微動だにしない。


「やばいじゃん。と、ともかく部屋に入れて、お母さんに連絡しよう!」


 奏が瀬奈の手を掴んでリビングに引っ張り込んで、懐からスマホを出し、母親の奈美にLINEを入れた。


「瀬奈! 瀬奈! わかる? 瀬奈!」


 沙奈は必死に名を呼んで瀬奈の体を揺さぶった。だが、瀬奈は魂が抜けたように無反応だった。

 背骨のないぐにゃぐにゃの人形みたいだった。

 何度目かの呼び声と揺さぶりに瀬奈の体はビクンと跳ねて床に倒れた。

 床に落ちた瀬奈はホラー映画で悪霊に取り憑かれた哀れな少女か、もしくは船上に吊り上げられたイキのいいマグロみたいに激しく跳ねた。つまり、ホラーかコメディかわからない調子だ。

 その異常な様子は、沙奈と奏を戸惑わせ怯えさせた。

 激しい痙攣が治まるまでの数十秒、沙奈も奏も凍りついたように動けなかった。


 ようやく痙攣が治まった。

 沙奈は半べそで震えながら名を呼んだ。だが、反応は無い。


「死んじゃったわけじゃないよね……」


 奏が恐る恐る近づこうとしたその瞬間。


 瀬奈はバネのように上半身を起こし、目をカッと見開いた。焦点の合わない大きな二つの瞳がぐるぐるとカメレオンのように別々に動き回り、ビタッと沙奈の瞳をとらえた。


「せ、瀬奈……?」


 怯えながら沙奈が声をかける。

その声に反応するかのように、瀬奈の瞳に色が戻った。


「はっ!? ここは……まさか。あなた沙奈……沙奈だよね!? やった! 帰ってこれたんだっ!」


 先ほどまでの狂人のような雰囲気はすっかり消え失せ、満面の笑みを浮かべた瀬奈は沙奈に抱きついた。


「うーん! いい匂い! ああもう私の沙奈ぁ! やっぱり可愛い!」


「……痛い痛いっ。やめてよ。ちょっと瀬奈っ! 落ち着いてよ!」


 戸惑う沙奈はなんとか瀬奈の細い体を引き剥がした。


「……ああ、ごめんごめん! 嬉しくて。つい」


「ったくさ、みんな心配してたよ。いい年して家出? どこいってたの? それより……そのボロボロの格好と、その痛い厨二病漫画のヒロインみたいな、真っ白い髪の色はどういうことなのさ」


 正気に戻った姉の姿を見て安心したのか、奏は冷めた目をむけている。瀬奈はため息をついた。


「そういえば可愛げのない弟がいたんだった」


「今なんて?」


「別に」


 瀬奈はスタスタとリビングと併設されたダイニングを抜けキッチンに行き、冷蔵庫を開けて麦茶のボトルを出した。さっきまでの廃人のような素振りは全く見られない軽やかな動きだった。

 瀬奈は食器棚からコップを取り出して麦茶をついで、一気に飲み干した。


「ぷはぁ。このミネラルのモタっこい味、なっつかしいっ!」


 よれたセーターの袖で口元を乱暴に拭うと瀬奈は振り向いた。


「よしっ、回復ぅ。かーっ。うぃー。で、だ。二人とも久しぶり……だよね? とりあえず確認。あんた達の年齢はいくつ? 沙奈が17歳の高二で、奏は14才の中二で合ってる? 私はどのくらい姿を消してた?」


 沙奈と奏は顔を見合わせて不安な顔になった。


「どういう意味? 瀬奈、自分の年がわからなくなっちゃったの?」


「もしかして記憶がないの?」


 矢継ぎ早に質問してくる二人を瀬奈は気だるそうに制した。


「んぉーい。二人ともそんなお通夜みたいな顔しないでよ。私は大丈夫だよ。ともかく質問に答えてよ」


 まったくもう、と腕を組んだ瀬奈の目は据わっていて、沙奈も奏も気圧されてしまった。失踪する前とはまるで性格が違った。


「瀬奈がいなくなって今日でちょうど一週間だよ。私たち心配したんだよ……」


 沙奈の瞳は涙でいっぱいだった。

 自分といつだって一緒の格好をして、同じことを考えて、秘密なんかひとつもなかった瀬奈が全くの別人のようになってしまっていたからだ。


「瀬奈。何があったの? 説明してよ」


「んー。あなた達に分かりやすく説明するのは……ちょっと難しいんだけど、わかったっ。やってみよう。えっと。この時間軸で言うと一週間前か。学校帰りに私は異星人に誘拐された。いわゆる『アブダクション』ってやつ」


 空になったコップを乱暴に置くと、瀬奈は語り出した。


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