第3話 紅白

 ターゲットを仕留めた俺は自分の街に戻る。変装はうまくいった。誰にも正体がバレなかったのでスムーズに行った。ただ今回調べが少し甘かった。幹部もいっしょに乗り込んできた。と言っても幹部は1人だけだったので殺気を漏らさず、早撃ちすればどちらかが銃を構える前にはもう2人とも死んでいる。俺が依頼完了の報告をする。どうやらこのあと、天楼組のお抱え情報屋がここらへんの町の情報屋に「白虎組が青龍組の総長を殺った」という情報が売られるようだ。


 帰路の途中、俺は少女が黒服の男に連れて行かれそうなところを目撃した。少女はとても泣きわめいていた。少女はこちらを見ると助けを求めてきた。しかし俺は無視して通り過ぎようとした。事情は知らないがこんなことはスラムでは当たり前だ。


「助けて!」


その瞬間俺は銃を出し、弾丸は黒服の男の頭を貫いた。


 今思えばなぜここで銃を出したのか全く理解できなかった。この俺が人助けをするのは信じられない。自分でもだ。いつの間にか少女をねぐらに連れて帰った。


「あの、助けてくださりありがとうございます。」


「・・・。」


俺はいつも食べてる硬い黒パンを少女の前に放る。


「・・・、これ食べてもいいですか?」


俺はうなずいた。


「ありがとうございます。」


少女は黒パンを頬張りながら話し続けた。


「あの、名前なんて言うんですか?」


「・・・、お前が知る必要はない。」


俺は久しぶりに出した自分の声に驚いていた。意外と低く、喉が震えた。今まで1人だった俺は喋る必要などなかった。


「いえ、命の恩人の名前くらい知りたいです。」


「・・・、俺は殺し屋だ。名前なんてない。」


「そうなんですか。でも周りの人は貴方をなんて呼んでいるかは知っているでしょう?」


「・・・、紅鬼。」


「こ、こうき?」


俺はこの名前が嫌いだ。なんか厨二病をこじらせている感じがする。


「かっこいいですね。紅鬼さん。」


「お前、絶対外でその名前呼ぶなよ。」


「だったら、なんて呼べばいいですか?」


「そもそも名前呼ぶときなんてないだろう。」


「いえ、ありますよ。だって私ここにいるので。」


「はー!?なぜ?お前どう見ても首都の人じゃないか!」


「家出したんです。」


「親と喧嘩か?」


「まあそんなとこです。」


「帰れ。」


「いやです。」


「帰れ。」


「いやです。」


「なんでスラムに来た?」


「ここなら親も来ないので。首都内だったらすぐ見つかるんですよ。」


「親はなんの仕事をしている。」


「警視監です。」


「は?」


「警察のトップです。」


「ということはお前まさか、神田勝の娘?」


「そうです。」


これはすごい大物を拾ってしまった。もし神田勝が娘のためにスラム中を探し俺の存在がバレたら少し面倒だ。


「出てけ。」


「いやです。」


その後30分くらいこの下りをやったあと、結局俺が折れた形でこの少女を保護することになった。彼女の名前は神田舞白。俺の紅と対になる白が入った名前だった。


 舞白は朝起きても俺のねぐらにいた。


「・・・、いつまでいるつもりだ?」


「ずっとです。」


俺は溜息をこぼした。殺し屋である俺が神田勝の娘と関わるとろくなことにならない。俺としては一刻も早く帰ってほしい。そもそも俺は一人で暮らしたいのだ。


 ずっと前。俺はかつて師匠が俺にやったように俺も弟子を取った。彼は従順で俺の言った訓練を完ぺきにこなしてくれた。弟子が俺を超える殺し屋になるかもしれないと考えると当時は心が踊ったもものだ。しかし彼は育てた恩を忘れ、俺に刃を向けた。理由は忘れた。俺はかなりの苦戦の末なんとか勝利したのだが、それ以降弟子を取るのはやめ、一人で仕事・生活をこなすようになった。


 そんな孤独な俺が、少女を引き取るなんて無理だ。しかし、一向に舞白は帰ろうとしない。「おじさん、仕事ってどんなのがありますか?」


「やめておけ。スラムの女性の主な仕事は大体、水商売や身売りだ。」


「そうですか・・・。」


「そもそもお前はあまり外に出ないがいい。見つかったら面倒なことになるぞ。」


「でもおじさんは、私が邪魔なんでしょう?」


「・・・。たしかにそうだ。」


だがその一方でか弱い少女がスラムで生き残れるとは到底思えない。


「・・・、仕方ない。しばらくここにいろ。」


「わーい。おじさんありがとうございます。」


舞白は無邪気に笑った。


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