第54話 もう一度手を取り合って・・・・・・

 天音は一年ぶりに、清彦の部屋に入った。


「部屋が散らかっているんだけど、ゴミ屋敷になっているんですけど・・・・・」


 一人生活になってから、掃除をほとんどしていなかった。室内には物が乱雑に、ぶちまけられていた。


「仕事で忙しくて、掃除をする時間がなかったんだ」


「不衛生な環境で生活していると、体に良くないよ。私も一緒に片づけるから、部屋をきれいにしていこう」


 清彦はしぶしぶ返事をする。


「わかったよ・・・・・・」


 天音は口元に手を当てて、くすっと笑った。


「天音、どうしたの?」


「結婚生活を思い出したら、とっても懐かしくなって・・・・・・」


「そうかもしれないな・・・・・・」


 いいこともたくさんあったけど、最後はあんな形になってしまった。後味の悪さはしっかりと残っている。


「天音はここにいて、つらいと思わないのか?」


「どうなんだろうね・・・・・・」


 清彦、天音は力を合わせて室内を掃除する。ちょっとずつきれいになることで、開放感を感じることとなった。


「清彦、休憩しようか」


 天音は額にたっぷりの汗をかいていた。一面前は汗かきではなかっただけに、別人さながらに思えた。


「そうだな。少しだけ休もう」


 清彦の差し出した手を、天音は嬉しそうに握った。


「天音、あんなことをいってごめん・・・・・・」


「いわれたときはショックだったけど、最近はしょうがないかなと思えるようになったの。子供を出産できないのは、大きなハンデになりうる」


 天音はつらいはずなのに、おくびにも出さなかった。


「天音、強がらなくてもいいんだぞ」


 天音は苦笑いする。


「頼りないくせに、恰好だけは一人前だね。プライドは高いくせに、異様に寂しがり屋なところも変わってない」


「天音、きついことをいうな」


「私は支えていきたいタイプだから、ダメ人間、クズ人間のほうがいいと思っている。賢い人間の傍にいたら、持ち味を発揮できないでしょう」


 一緒に生活した経験からか、本音をぶつけ合っている。身に着けてしまった習慣は、簡単には治らないようだ。


「部屋掃除を再開しよう」


「よし、やろう」


 掃除は2時間ほどで終了。部屋は見違えるようにきれいだった。


「これで終わりだね」


 天音はぎこちない足取りで、冷蔵庫に向かっていく。危なっかしいので、腰を支えることにした。


「清彦、ありがとう・・・・・・」


「天音、しっかりと休んだほうがいいぞ」


「そうだね・・・・・・」


 天音は冷蔵庫の中を開けた。


「一人暮らしになってから、栄養はグダグダみたいだね。私と一緒に生活していたときは、きっちりとしたものを食べていたでしょう」


 清彦は苦笑いする。


「天音の細かさは、全然変わってないな」


「バランスのいい食事で長生きできるわけではないけど、やれることはきっちりとやっておこうね。早死にしたら、残された家族はとっても悲しむよ」


 天音は18前後で姉を失った。彼女の心の中に、暗い影を落としたのかなと思った。


「清彦が安定した生活を送るためには、私の力は必要みたいだね。もう一度だけやり直してみようよ」


「天音の期待に応えられるかな・・・・・・」


 天音は優等生で、自分は劣等生である。差を埋めようとすれば、どこかで無理がたたたりかねない。


「ある程度しっかりしていればいいよ。100点満点を目指しても、どうにもならないことが多いでしょう」


 天音の差し出した掌を、清彦はゆっくりと握る。彼女の手からはもう離さないという意思が伝わってきた。




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