第45話 聖の執念
天音と手をつないでいると、Hカップの女性と遭遇することとなった。
「山本君、その女性は誰なの?」
天音は淡々とした口調で返した。
「清彦さんの彼女です。それ以上、それ以下でもありません」
聖は手をつないでいる女性を見て、言葉を失ってしまった。
「桜は死んだはずでは・・・・・・。幽霊が生き返ったとでもいうの」
桜、天音はあまりにも似ている。双子の情報を得ていなければ、幽霊と勘違いしても不思議はなかった。
「私は双子の妹です。あまりにそっくりなので、よく間違えられますけ
ど・・・・・・」
天音は7人姉妹の次女として生まれた。桜が死んだため、一番年上となった。
「姉から話を伺っています。破局したときに、最低な暴言を吐いた女性ですね。私はあれを見て、ぞっとするものを感じましたよ」
聖は一瞬、視線をそらした。
「一時的な気の迷いで・・・・・・」
「二人の女性を同時に好きになるのもどうかと思いますけど、あれは人間としてあり得ないですね。清彦さんがとってもかわいそうです。破局したあとに、他の男と交際されたのでしょう。そのことによって、完全にリセットされたと思いますよ」
聖は鬼さながらの形相で、天音に詰め寄ろうとしていた。
「私の命の恩人なの。どんなことがあっても、彼を失いたくない」
「交際しているのは私です。邪魔しないでいただけないでしょうか?」
聖は狂気じみた目をしている。天音を守るために、とっさに後ろに隠す。彼女だけは傷ついてほしくなかった。
「私の大切な人を奪わないで。私の命の恩人を返してよ」
聖は涙を流し、情に訴える作戦を取った。ラインを見せられていなければ、心はおおいに動いたに違いない。
聖のいるところに、14歳くらいの女の子が近づいてきた。目の形などから、妹であることは察しがついた。
「おねえちゃん、いつまでこんなことをやっているの。大切に思ってくれていた、男性は新しい道を歩もうとしている。素直に応援してあげなよ」
聖は三歳児さながらに、駄々をこねる。
「嫌だよ。命の恩人と一緒になりたいよ」
秋絵、美羽、聖のいずれも、まともな女性ではなかった。清彦は外れを引く、天才に該当している。
妹は深々と頭を下げる。
「姉がいろいろと失礼しました。今後はつきまといをさせないよう・・・・・・・」
「蛍、余計なことをいわないで。私はつきまといなんてしていないし、迷惑だってかけていない」
人間は切羽詰まるほど、まともな思考を失う。そんな状態だからこそ、ストーカーになってしまうのかなと思った。ちょっとだけでいいから、心に余裕をもてるようになれるといいな。
天音は恐怖を感じたのか、背中に体を預けてきた。
「清彦さん、怖いよ」
清彦は殺気立った目で、聖をにらみつける。
「大切な彼女がおびえているじゃないか。おかしくなったら、どのように責任取ってくれるんだ」
聖は狂った目で、とんでもない返答をする。
「それでいいじゃない。おかしくなってくれたら、私にもチャンスが訪れるからね。これからは全部を壊してやる」
交通事故から救っていなければ、災難に巻き込まれなかった。自分はどうして、彼女を助けてしまったのか。善意を持ってしまった自分を、激しく攻め立てる。
蛍は聞くに堪えなかったのか、スマホを取り出す。
「やり取りについては、すべて録音させてもらった。親にこれを聞かせて、対処してもらうつもりだから・・・・・・」
「蛍、恋愛を邪魔するな」
こんな女性と37日間も交際していた。清彦にとって、黒歴史以外の何物でもなかっ
た。
蛍は見ていられなかったのか、聖に一本背負いを仕掛ける。柔道経験者なのか、華麗に決まっていた。
「姉は責任をもって連れ帰ります。今後は顔合わせさせませんので、安心してお過ごしください」
蛍はみこしさながらに、聖を担いでいた。体を普段から、かなり鍛えているのが伝わってきた。
聖が視界から消えると、天音は体をゆっくりと離した。
「狂気じみた執念ですね。同じ女性として、ドン引きするレベルです」
「天音さん、怖い思いをさせてごめんね」
「清彦さんがいてくれたから、とっても心強かったです。本当にありがとうございます」
「天音さん、何かおごるよ。とはいっても、たいしたものはおごれないけど・・・・・・」
清彦の財布の中身は2000円。社会人ではないため、寂しい内容となっている。
「マルドナクドで新しいシェイクを発売します。それを一つだけお願いします」
「わかった。すぐに行こうか」
清彦、天音は手をつなぐ。恐怖は完全に消えていないのか、掌はぶるぶると震えていた。
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