第3話 ポジティブすぎる妹

 明日香に浮気されたことを話すと、優しく背中を撫でてくれた。


「おにいちゃん、浮気されたのか。そっか、そっか」


 兄が苦しんでいるというのに、明日香は飄々としていた。彼女にとっては、完全に他人事である。


「明日香、もうちょっと言い方があるだろ」


「女の本性を早く知れたことは、すっごくプラスになるよ。けだものみたいな女と一年も付き合っていたら、人生は台無しになっていたかもしれないよ」


 ネガティブな内容を、無理にポジティブに捻じ曲げようとする。妹の前向き思考は、いくつになっても健在だ。


「明日からは、もっといい人を探す。この気持ちさえあれば、失恋のショックなんてへっちゃらだね」


 明日香と話していると、彼女を簡単に作れると思うから不思議だ。数日では無理だとしても、一カ月後、二カ月後には交際できる未来図を描いた。


「おにいちゃん、おなかを満たせば元気になるよ。あまりもののご飯で、おにぎりを作ってくるね」


 清彦の全身に、大量の汗が噴き出る。明日香は天文学的に料理が下手で、食べるものを幾度となく地獄に落としてきた。父は三日間の体調不良、母は四日間の下痢、清彦は二日間の腹痛に見舞われた。数時間程度の病気なら、10回、20回はあると記憶している。


「明日香、おにぎりはいらないから。おなかいっぱいなんだ」


「おなかいっぱいのときに食べると、明日の胃袋は絶好調だよ」


 超ポジティブ妹は、おにぎりを作りにいこうとしていた。清彦はそうはさせまいと、妹の前に立ちはだかる。


「明日香、気持ちだけをありがたく受け取っておくよ」


「炭水化物はダメなら、卵焼きにしようか。ヘルシーだから、おなかいっぱいでも食べられるよ」


 明日香の卵焼きは、大匙5杯分の砂糖を入れる。一口食べた瞬間、甘い香りで覆いつくされる。


「明日香、今は何も食べたくないんだ。おにぎり、卵焼きのどちらもいらないよ」


「妹を思いやるのは、優しい証拠だね。おにいちゃんのために、両方を作ってくることにするね」


 事態はどんどん悪化する。どうすれば、負の連鎖をストップさせることができるのか。 


 清彦、明日香のいる部屋に、母の美織がやってきた。


「夜も遅いから、もうちょっと静かにしなさい。ご近所迷惑になるよ」


「わかった。静かにする」


 美織の二つの視線は、明日香に向けられた。


「明日香、昨日の料理はすごくよかったよ。いつの間に、あんなに上達したんだい」


 廃棄物にも劣る料理を作っていた女性が、おいしい料理を作れるようになっただと。清彦が三日以内に彼女を見つけるよりも、ハードルはずっとずっと高い。


「おいしいものを食べてほしくて、いろいろと勉強したの。いつまでも下手なままだと、食べている人に悪いからね」


 おにぎり、卵焼きを作るといったのは、勝算あってのことだったのか。間接的に食べたくないといったことを、のちのちに謝ったほうがよさそうだ。


「おにいちゃん、今日は一緒にお風呂に入ろうよ。浮気された傷を、思いっきり流してあげるね」


「そこまでしなくてもいいよ」


「おにいちゃん、レッツゴー」


 妹にいわれるがまま、浴室に向かっていく。美織はその姿を見て、くすっと笑っていた。


「明日香は15歳になっても、とっても甘えん坊さんだね」


「血のつながったきょうだいだもの。ときにはこれくらい甘えてもいいと思うよ」


 明日香の前向きなところを見ていると、ちょっとだけ元気をもらえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る