怪異が爆涌きしてる件

 日本に古墳が幾つあるかご存知だろうか?

 なんと、その数は16万基を越えると言われている。

 16万もの墳墓が、日本各地に点在し、今も発見されていないものが多く眠ると言われている。

 そして、これはその一つ。

 新型鉄道敷設工事によって山を削った際に、偶然石室の巨大な扉が姿を現したのだ。

 工事は調査終了までストップし、考古学者が呼び出された。

 しかし、初老の考古学者は、古墳の調査を始めるや否や、これはとんでもないものだと確信した。

 地層から発見された木片の炭素測定などから、この古墳が作られたのは1万年以上前であると判明したのである。

 それまで、日本最古の古墳とされていたのは4世紀後半の古墳、つまり、今から約1600年前のものに過ぎなかった。

 1万年前といえば、縄文時代。

 これが事実ならば、この古墳は最古の古墳ということになる。

 この初期調査の結果から、日本各地から著名な考古学者が集められた。


 彼女もその一人。

 愛車のシビックを駆り、彼女は現場まで繋がる山深い道を走っている。

 深い渓谷に掛かる赤い橋を越えれば、現場はすぐだ。

 車を降り、案内されたのは泥濘んだ土の上に建てられたプレハブ小屋だった。

 中には2名の男性が彼女の到着を待っていた。太った初老の男と、やけに背の高い美男だった。


「習志野古文明研究所の斉藤です。初めまして」

「これはこれはご丁寧に…。京葉大の石田です」

「助教の松井です」

「どうも。これが石室の扉ですか? 思った以上に凄いですね」


 プレハブ小屋に持ち込まれたノートパソコンは、接続されたプロジェクターを通して、ホワイトボードに遺跡の入り口に立つ巨大な黒い岩土を映し出していた。


「はい。見た目もですが、表面をクリーニングして希少さが際立ちましたよ。これ、黒曜石の一枚板なんです」

「黒曜石…ですか?」


 見るからに異様だ。言葉には出来ないが、圧倒される気配を放っている。

 これまで様々な古物を調査してきた斉藤にもそれが分かる。


「こんなに大きな黒曜石自体、発見例がありませんよ」

「それだけじゃないんです。こちらの精細画像をご覧いただけますかな」


 石田はレーザープリンタで出力された、黒い岩戸の表面画像を斉藤に差し出す。


「これは…文様…? いえ、碑文ですか…?」

「はい。これまで発見された縄文時代の遺跡や遺物には、文字らしい文字が残されていませんでした。そのため、縄文時代に言語はなかったというのが定説です。しかし、これは―――」


 黒曜石の扉には明らかに”文章”と思われる碑文が大きく刻まれている。

 この扉の時点で、日本の考古学の常識が覆る大発見だった。


「扉の奥には、一体何が…?」

「放射測定器を使った三次元測定によれば、この奥に50mほどの通路があるようです。あまりに深すぎて、その先のことは分かりませんでした」

「50mも…!?」

「はい。予測される墳墓の全長は500m以上。最大級の古墳と考えられます」

「これは、天皇陵なのでは…?」

「我々もそう考えました。しかし―――…」

「古くより忌地とされるここに、天皇陵が築かれるとは考えにくいのです」


 松井は言った。

 加えて、険しい山麓の中だ。

 人里からも遠いこの場所に、高貴な人物の古墳が建造されるとも考えにくい。


「では一体、誰が弔われていると…?」

「はい、おそらく卑弥―――…」


 松井が言い掛けたところ、石田が大きく咳払いをして言葉を遮る。


「それは調査が進めば分かることでしょう。ねぇ? 松井君」


 でっぷりした腹を撫でながら、石田は笑った。



 数時間後、30名近い発掘作業員達が黒い岩戸の開封に向けて作業を進めていた。

 扉自体が重要文化財である可能性があるため、発破による開封は出来ない。

 斉藤は大型重機を使って岩戸を開く方法で開封を計画していると、石田の説明を受ける。

 一体どんなコネがあるのか、元々新型鉄道の工事用に持ち込まれていた大型クレーンを借りることができたようだ。


「私は碑文の解読を試みます。おそらく、アイヌ言語に近い言語だと思います。ざっくりとでも、碑文の意味を解読できれば調査の一助になるかと―――…」

「おお、それは頼もしい!」

「工事の様子はカメラから拝見させていただきます。石田先生と松井先生は、私に構わず、引き続き作業の指揮を」

「おやおや、これは気を遣われてしまいましたかな? なぁ、松井君」

「古言語分野には疎いもので―――…助かります、斉藤先生」

「それでは」

 

 斉藤は踵を返し、プレハブ小屋へと戻った。

 戻るなり、備え付けられたプレハブ小屋のエアコンを最低温度まで下げる。

 そして、車の後部座席から巨大な金属の箱と液晶モニターを引っ張り出してきた。

 幾重も絡んだケーブルを解くこと無く接続し、電源を入れる。

 恐ろしい排気音を奏でながら、箱が起動する。


「よし」


 一件してデスクトップパソコンにも見えるこの装置は、ワークステーションと呼ばれる高性能コンピューターであった。


「岩戸の碑文データを転送、と」


 スマホで撮影した岩戸に刻まれた碑文のデータをワークステーションに転送。

 画像抽出機能から碑文の字体のみを読み出し、独自に開発した言語翻訳プログラムにインポートする。

 ワークステーションは恐ろしい唸り声を上げ、過去から現在、世界各国に跨がる強力な言語データベースにアクセスし、分析を開始した。


「これで解読できれば話が早いんだけどね」


 そう簡単には行かないだろうが、彼女には予感があった。

 アイヌ言語に似ていると言ったのは、嘘だ。

 あの石田という教授も、松井という助教授も、何もわかっていない。確かに言語には疎いと言っていたが、これを見逃すようでは考古学者失格だ。

 この文字は、古代エジプト文字―――ヒエログラフ、象形文字に似ている。

 もちろん、彼女の知る象形文字とは、多くの形が異なる。

 しかし、似ていると感じた。

 これはただの予感だが、考古学に最も重要なのはインスピレーションだ。

 ワークステーションの翻訳機能に翻訳させているのは、お遊びの一つと言っても良い。だが…


(きっと、これには何かある)


 本格調査は、あの岩戸を取り除いてからになるのだろう。

 だが、その前に、彼女は碑文を調べるべきだと考えていた。


(私の予感が正しいなら、これは―――…)


 極めて強い警告文なのだから。 

 


 程なくして、巨大クレーンによって、黒い岩が持ち上げられる。

 岩が浮き上がった瞬間、作業に関わった作業員達から歓声が上がる。

 ついに、1万年の時を超え、封じられていた古墳が開いたのだ。

 そこにあるのは1万年前の空気。

 そして、世紀の大発見だった。


「松井君、今ならハワード・カーターの気分が分かるかね?」

「誰ですか?」

「おいおい、エジプト考古学者のハワード・カーターだよ。ツタンカーメン王の墓所を発見した人物だ」

「はぁ」

「考古学者を名乗る者が、偉大なる先達者を知らんとは、勉強が足らんよ、君ぃ…」


 石田は失望するような顔を見せたが、直ぐに上機嫌を取り戻す。


「ともかく、さぁ、古代の埋葬品が我々を待っているぞ。これで私も歴史に名を残すことができる」

「そうですね。しかし教授」

「なんだね?」

「教授がご自身をハワード・カーターに擬えるのであれば、この先には王家の呪いが待ち受けているのでは?」

「はっはっはっは! そんなものあるものか! あれはね、当時のマスメディアが騒ぎ立てたに過ぎないんだからねぇ! そら、行くぞ。内部は脆くなってるかもしれんからな、全員ヘルメットを着用するように―――」


 石田がそう促したときだった。


「ぎゃあああああああ!」


 悲鳴が上がる。

 一人の作業員が、開いた古墳の入り口を指さしたまま、恐怖に張り付いていた。

 石田は振り返った。

 古墳の入り口に、何かが立ち尽くしている。

 ボロボロの布切れのようなものを纏った、痩せた人影だった。


「な、何だ!? 人!?」

「そんなわけあるか!」

「でも見ろ、あれ―――」


 困惑が作業員達を包み込んだ。


「誰のイタズラだ!? まったく!」


 そんな中、石田が叫ぶ。


「おい! ここは部外者立ち入り禁止だぞ! どこから入った!?」


 誰もが固唾を飲むなか、一人騒ぎ立てる石田。

 だからかもしれない。

 古墳の入り口に佇む誰かは、その折れそうな体躯から出たスピードとは思えないほど俊敏に、石田へと掴みかかってきた。


「ぬあぁ!?」


 光の中へ飛び出したのは、皮と骨だけになった死骸だった。

 死骸、そう、死骸のはずだ。

 しかしそれは、今まさに動き、走り、石田の喉元に、喰らいついたのである。


「があああああッ! な、何をするぅ!!!!」


 血が吹き出す。

 石田のシャツが赤く染まり、彼は仰向けに倒れた。

 すると、石田に喰らいついていた死骸は、顔をあげる。

 次の獲物を見定める為に。


「に、逃げろぉー!!」


 突如起こった超常の出来事に恐慌状態となった作業員たちは、我先にと安全な場所へ向けて駆け出していった。

 しかし、一部の腕自慢は残った。

 手元にあったスコップやツルハシなどの武器になりそうな物を構え、果敢にも動く死骸へ近づく。


「なんだてめぇ!」


 ガッ! と勇敢な作業員がスコップで死骸を殴った。頭の半分が砕けて飛び散る。

 だが、死骸は怯まなかった。

 勇敢な作業員に躍りかかる。

 作業員はとっさに持っていた武器で死骸の攻撃を防ぐが、脚に激痛が走った。

 見やれば、先程喉を食いちぎられたはずの石田が、今度は作業員の脚に喰らいついているのだ。


「な、なああああああぁぁぁ!」


 作業員は、思わぬ痛みに足を折った。

 死骸はチャンスを逃さず、作業員の喉に食らいつく。

 首から鮮血を垂れ流す石田は、立ち上がった。

 石田が首をぐるりと見回すと、不幸にも腰を抜かし、逃げ遅れた作業員が近くにいた。


「お、お、オォォォォォォッ!」


 雄叫びを上げ、焦点の定まらぬ濁った瞳を逃げ遅れた作業員に向けて、石田は飛びかかった。



 ワークステーションが分析、翻訳した碑文のデータを確認し、斉藤はその事実を受け入れられないでいた。

 碑文の内容―――…それは、やはり警告であった。

 決してこの封印を解いてはならない、という強い言葉。

 そして、ここに究極の魔が封じられているだとか、我々は何年もかかって奴らをここに封じたとか、そういった内容であった。

 内容自体はどうでもいい。

 問題はこの文字だ。

 これはやはり、象形文字を参考に作られた―――否、ただ字形を変えただけの象形文字だった。

 どうして、そんなものが日本の山中に埋まっているというのか。

 過去に彼の国と密接な関わりがあったというのか。


 その時、彼女の耳に悲鳴が届いてきた。


「何…?」


 プレハブ小屋から外を見る。

 作業員が青い顔をして走っていた。

 そしてその背中を、別の作業員が追いかけている。

 青い顔の作業員は追いつかれ、容赦なく地面に押し付けられ、そして、その首を噛みつかれた。


「なっ―――!?」


 噛みつかれた作業員の傷から、血が吹き出る。

 まるで犬のように同僚の首に噛み付いた作業員は、肉を噛みちぎり、雄叫びを上げた。そして、何気なくプレハブ小屋へと視線を送る。

 窓辺には誰も立っていなかった。

 代わりに、別の方向から悲鳴が聞こえてきた。

 

「お、お、お、お…!」


 素早く振り返り、唸りながら、口元を新鮮な血で濡らした作業員は叫び声の元へと走る。

 やがて、首を噛みちぎられた男もよろよろと立ち上がった。

 唸り、宙を見上げ、フラつきながら、悲鳴の元へと走っていく。


「………」


 窓の下にとっさに隠れ、様子を伺っていた斉藤は、信じられないものを見ていた。

 人が、人を襲っていた。そして襲われた人も、人を襲う人になった。

 まるで、ゾンビだ。

 いや、ゾンビだ。アレは。


「ツタンカーメンの呪い…? は、はは…」


 信じられない出来事が起きている。だが、目の前で起こったことは事実だ。


「逃げないと…」


 だが、その前に、この事実を伝えなければ。

 斉藤は素早くスマートフォンを取り出した。

 電話はまずい。声が出る。連中に気づかれたらまずい。

 緊急連絡をするのなら、メールだ。

 研究所の関係者へのメールに、現在の状況と、警察に連絡してくれと書き添える。おまけに、密かに撮影した首を食いちぎる作業員の画像も添付した。

 これで誰かが異変を通報してくれるだろう。


 次に、どう逃げるか?

 先程の作業員のように、走っても追いつかれ咬み殺されるのがオチだ。

 逃げる手段は、たった一つしかない。

 斉藤は、車のキーを取り出した。

 だが、一つではない。

 机の上に残されていた、防犯意識の無い作業員の誰かが残した工事車両のキー。これも手に取る。

 そして、このキーのどちらもスマートタイプのキーだった。


「上手くいってよね」


 斉藤は最初に、工事車両のスマートキーを押す。

 プレハブ小屋近くに停車された工事車両が、ピピッと鋭い解除音を鳴らし、ランプを明滅させた。

 その音と光に気づいたのか、何名かの作業員が唸り声を上げながら工事車両に駆け出していく。


「よし―――…」


 工事車両のキーを捨て、彼女は窓から外に出た。

 発掘現場は地獄の様相と化している。

 人が襲われ、血が広がり、狂気に支配された虚ろな者達が吠え、彷徨っていた。

 先程まで、何事もなかったというのに。

 一体何が起きたというのか。

 ギリッと食いしばった歯を鳴らす。

 吹き出しそうになる感情を抑え、身を可能な限り屈め、彼女は愛車へと近づく。

 誰にも見つかってはならない。

 見つかるのならば、それは最後。

 愛車のドアに乗り込むその瞬間、スマートキーを解除したその音で、気づかれる。

 ピッ! と鋭い音が鳴った。

 血まみれの作業員達が、一斉に振り返る。

 その異様な光景に臆すること無く、斉藤は愛車に滑り込んだ。

 ドアを締め、ロックもする。

 亡者達が車に張り付いた。呻きながら、バンバンとボディに拳を叩きつけてくる。

 斎藤は冷静にスタートボタンを押し、アクセルを踏み込んだ。

 彼女の愛車は先月、車検に出したばかり。

 この土壇場でエンジンが掛からないなんてことはなく、泥濘んだ斜面をタイヤが削り、左右に尻を触りながら、シビックが発進する。

 シビックの巻き上げる土砂に飲み込まれるものの、一切怯む様子のない作業員達は、雄叫びを上げながら追ってきた。

 正気を失った人々が限界を超えた速度で走り寄ってくるという、地獄のような光景がバックミラーに映る。

 これは夢だと現実を逃避する声が、頭の奥から響いてくる。

 しかし、聡明な彼女は、首を降って、何度も何度もその考えを追い出す。

 見て、起こったことが全てだ。

 古墳の扉を開いたことで、得体の知れない出来事が起こった。その結果が、これだ。

 認めなければ。

 認めて、対決しなければ。

 そのためには、生きてここから逃れなくては――――…


「ん?」


 全速で飛ばす斉藤のシビックは、渓谷に架かる橋に差し掛かった。

 橋の中央、右側の車線に、誰か居る。


「ねぇ! あなた!」


 思わず、急ブレーキをかけた。

 そして、パワーウィンドウを降ろし、声をかけた。


「ここは危険よ! 乗って!」

「………」


 少女が振り向く。

 滅殺、と描かれた奇妙なマスクをした、おかっぱ頭の、制服姿の少女。

 そしてさらに奇妙なことに、刀のようなものを手にしていた。

 今どきの田舎の女子高生ルックはこんなにもファンキーなのかと、斉藤は思ったが、背後から凄まじい雄叫びが聞こえたことで、余計な考えを捨てる。


「聞こえた!? 訳が分からないとは思うけど、人を襲う連中が来るのよ!」

「聞こえた」

「よし、なら乗って!」

「乗らない」

「はぁ!?」

「あなたこそ、早く逃げた方がいい。数が多いから、もしかしたら巻き込んじゃうかも」

「な、何を言ってるの…!?」


 雄叫びはどんどん近づいてくる。


「通りがかっただけとはいえ、あなたを見捨てるわけには行かない! いいから乗りなさい! 話はそれから聞く!」

「………。ありがとう」


 少女は、マスクをずらした。

 小さな唇が笑む。


「あなた、いい人ね」

「な、何を―――」

 

 そして、マスクを付け直した。

 瞬間、風となって駆け出す。

 

「ねぇ!!」


 斉藤が叫ぶ。

 連中は、橋の袂にまで来ていた。

 その群れに、制服の少女がまっすぐにかけていく。

 鞘を抜いた。

 その刃は鏡のように、陽の光を照らし返し、白く輝く。

 初撃が、最初に近づいた作業員達の首を薙ぐ。

 血をアスファルトに散らしながら、ゴロリとヘルメットを被った作業員の首が転がった。

 返す刃が揺らめき、次の一閃が別の作業員の首を空へと飛ばした。


「嘘―――…」


 だが、斉藤がいま目の前で観測した事象が全てだ。

 刀を持った制服の少女が、正気を失い怪異へ果てた人々を殺している。

 次から次へと、首が落ち、赤い液体が吹き出して、橋を濡らしていく。

 その中で、まるで踊るように、めっさつちゃんは刀を振るい続ける。

 一薙ぎで首が飛ぶ。

 ときには二つ、ときには三つ。

 幾度となく刀を振ろうと、首を刎ねようと、その剣に疲れも衰えもない。

 血飛沫の中で嗤い、怪異を殺す少女は踴る。

 やがて、ばたりばたりと、首を失った胴体の方が、遅ればせながら崩れ始めた。

 気づけば、そこに立ち尽くす者は、ただ一人。


 血雨に濡れた、めっさつちゃんだけだった。



「…――――こんな怪異の涌き方、普通じゃない」


 めっさつちゃんは、道の彼方に鋭い視線を向ける。


「お前か。原因は」


 誰も居なかったはずの、橋の袂。

 めっさつちゃんが大太刀の切っ先を向けた先に、いつの間にか男が立っていた。

 先程まで松井と名乗っていた男。

 考古学の偉人の名も知らぬ男。

 彼は肩をすくめた。


「御名答です」


 松井はやれやれと首を振った。


「しかし、まったく、貴女、一体何なのですか?」

「ゆーちゅーばー」

「はっ。それ、本気で言っているんですか? ただの動画投稿者に、こんなことができるとでも?」


 松井は周囲を示して見せる。

 あたりには、頭を失い、血を流す遺体だけが転がっている。遺体は黒く変色し始めていた。ただし、流れ出た血だけは赤いままだ。

 赤い豪雨が降ったような様相が、ゾンビと違う地獄が、そこにはあった。


「貴女のお陰で、新たな神を降ろす生贄を失いました。計画は破綻です。1万年も前に仕掛けたB級ざつなドッキリも」

「ご苦労様。

「ええ、本当に。だから貴女には―――……え?」


 彼が持つ数多の名の一つを言い当てられて、男は首を傾げた。

 傾げて、傾げて、傾げて、傾げて、ぐるぐるぐるぐると、傾げる度に伸び続ける男の首が渦を巻く。


「どうして、私の名前を?」


 疑問に揺らぐその一瞬の隙を、めっさつちゃんは逃さなかった。

 暗黒ファラオの身体に、白刃が走る。

 刃が通り抜け、彼の身体は縦に両断された。

 渦巻いた首がバラバラと地面に転がり、彼の胴体は二つになって倒れた。

 血は、流れ出ない。

 代わりに、黒い塵に還り始めた。


「何故、貴女は、私の名を…?」


 首だけになっても、彼は問い続けた。

 めっさつちゃんはため息を吐く。そして心底、興味のない様子で言う。


「一度斬られた相手のことは、忘れない方が良いよ。こうやって、また両断される羽目になるから」

「あ、貴女―――」


 消え去る瞬間、ファラオは思い出した。

 かつて浴びたその刃の斬れ味を。

 いや、あれは、別の身体だったか。

 無貌が故に幾多もの顔を持つその怪異は、既に一度彼女に討たれていた。

 再び思い出した恐怖を借り物の顔に貼り付けて、再び彼は消えていく。


「斬っても斬っても涌いてくる。ホント、面倒な奴」


 めっさつちゃんは心底ウザそうに言って、刀を鞘に戻した。

 踵を返す。

 すると、先程めっさつちゃんに声をかけた”いい人”――…斉藤が車の傍らに立ち尽くしていた。どうやら、逃げていなかったようだ。


「あなたは、一体―――…」

「私、めっさつちゃん。怪異抹殺系ゆーちゅーばー」

「は、はぁ…!?」

「チャンネル登録、よろしくお願いします」


 少女はそういって、マスクの下でまた笑い、不器用なウィンクを返した。

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