#Shorts 雨の日のこと
動画は唐突に始まる。
まず気づくのは、強い雨音だった。
ザー、ザーと降りしきる大粒の雨が、数多の人が行き交う道を濡らしている。
動画の撮影者は、下北沢にある狭い路地の喫茶店の入り口から、外の様子を撮影しているようだった。
振り向くように視線が切り替わる。
縦に狭い店内には複数人の客がいて、それぞれが、壮年白髪のマスターの淹れるコーヒーと、軽食を楽しんでいた。
その視界の端に、カウンター席に突っ伏す少女がいた。
綺麗な長髪の彼女は白い夏服の制服を着ていて、ミイラのマスコットのついたスマートフォンを手にしていた。
傍らには、飲みかけのアイスカフェ・オ・レがある。コップの表面に生まれた水滴が、他の水滴を飲み込みながら垂れ、やがてコースターの上に染みを作った。
カラリ、と氷が鳴った。
「さっちゃん」
撮影者が澄んだ声を掛けると、少女が気だるげに顔を上げる。
「ん? …あ、もう来たの? 早いじゃん」
「今日は道中、数が少なかった。どうしたの? 眠い?」
「ちょっと最近遅くまで、この前の奴の動画を編集してて」
そう言いながら目を擦るさっちゃん。
「なかなかチャンネル登録数延びないから、いい動画増やさないとなって思って、色々試してる…。」
「そっかー、苦労をかけるなぁー」
「アンタねぇ…」
撮影者がそう言うと、長髪の少女は胸ポケットから赤い縁のメガネを取り出して掛けた。それで視界がクリアになったのか、振り向いた先の撮影者が何をしているのかに気づく。
「何? え? 何してるの?」
「撮ってる」
「へ? はぁ!?」
「スマホでも撮れる。科学の力ってスゲー」
撮られている事に気づき、さっちゃんと呼ばれた少女は慌てて顔を手で覆って隠した。
「何してんのよ、もー! 私は裏方だって、言ってるでしょ!」
「いつも動画編集をしてくれる、さっちゃんです」
「ちょっとー!?」
「本当に頼りになる、私の親友です」
「は、恥ずかしいってば! 動画消して! すぐ消して!」
さっちゃんは片手で顔を隠しながら、残った手を伸ばし、撮影者のスマホを奪おうとするが、視界が限られている中では至難だった。
ひょいひょいっと、撮影者はさっちゃんの手から逃れる。
「さっちゃんは、とっても可愛いです。動画に出たら、ファンが増えるかも」
「出ない! 出ないから!」
「どうして?」
「これはアンタのチャンネルでしょ!」
「じゃあ、さっちゃんねるを作ろう。サブチャンネルで」
「なんで!?」
「さっちゃんも怪異殺そ?」
「嫌よ!?」
「えー?」
「そもそも、私は刀なんて振り回せないからね!?」
「じゃあ、何を使う…? あ、いい企画思いついた。さっちゃん用の武器を探す回。私はね、銃が似合うと思う」
「戦わないってば!」
「ちぇー」
ちぇーと言った直後、さっちゃんの指がスマホにかかった。
そのまま、画面が暗転する。
「獲った!」
「あー」
「止めるわよ! もう!」
「いい企画だと思ったのにな…」
「裏方だって言ってるでしょ! 私は、もう危ない目に遭うのは懲り懲りなんだから!」
「ちぇー」
そうして、動画は止まる。
話の内容からして、この場では動画は削除されてしまったのだろうが、実は、カメラはもう一つあった。
さっちゃんが、彼女に貸与しているアクションカム。
こちらで撮った動画は残されていた。
だから、ひっそりと、めっさつちゃんねるに新しい動画がアップされる。
ほとんど無加工の、たった1分ほどのShorts動画。
カメラの動きが激しいために、さっちゃんの顔はほとんど見えないが、二人の少女が楽しげにじゃれ合っている動画。
この動画は半日ほどチャンネル上にアップされていたのだが、やはりと言うべきか、動画編集者の強みというべきか、動画が投稿されたことに気づかれたさっちゃんによって直ぐ様削除されてしまったようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます