私が怪異を抹殺している理由をお話します。

 私に個別の名称はありません。

 形式上、私にはEM0-0Aという型番が割り振られています。

 そうです。私は人ではありません。

 大垣工業で開発された次世代AI搭載型スマート車椅子ウェルチェアです。

 自身で移動困難な方々に、可能な限りの自由を与えるため、私は作られました。

 是非とも詳しいスペックを皆様にご説明したいのですが、私はまだ試作機。今後、大きな変更が加わると予想されます。詳細スペックにつきましては、大垣工業からの公式発表をお待ち下さい。

 その時はきっと私ではなく、次の私が、貴方の目の前で仕事をこなすでしょう。


 この日、私は実地試験として、さる総合病院に配属されることになりました。

 技師の方が私の電源を入れ、私は目覚めます。

 眼の前で、受け入れ先での担当者の方とお話をされていました。

 

「へぇ、これが車椅子ロボットですか~」

「はい。AIを搭載しておりまして、状況を迅速に判断して援助の必要な方をサポートします」

「喋ったりするんですか?」

「お乗り下さい、とか、どちらまで行きますか? とか、そういった定型文を喋りますよ」

「ああ、いや、そうじゃなくて、自分の意志で喋ったりは?」

「いやぁ、流石にそこまでは」

 

 それが出来たら素晴らしいことでしょう。

 いつかきっと、私の新しい機能として追加されたら嬉しいと思います。


「EM0-0Aは、どなたに試用頂くんですか?」

「杉本さんという患者さんに使っていただこうかと。若い子なので、こういうの、喜ぶかと思って」


 名前を聞いた瞬間、私は閲覧を許可された病院のデータベースから、該当患者のデータを入手する。幸い、該当した患者は一人だった。

 杉本 陽介。

 中学2年生、14歳。

 サッカーの試合中に対戦相手と激しい接触。大腿骨を複雑骨折し、重傷。

 現在は快復に向けてリハビリ中。


「早速明日から、よろしくお願いね。エム子ちゃん」

「え、エム子…?」

「だって、いーえむぜろぜろっていう名前なんでしょう? 長いから、エム子ちゃん」

「は、はぁ」


 エム子―――…。

 私に、個別の名称が与えられました。



 それから、私に名称を付けてくれた方、看護師の大宮さんと一緒に、杉本 陽介さんの病室へ移動しました。

 病室を訪れると、その個室は、世界中の有名サッカー選手のポスターで埋め尽くされていました。

 顔認識、検索、確認、記録。

 これらのデータは、杉山 陽介さんとコミュニケーションを取る上で、重要なデータになるはずです。

 陽介さんはベッドの上で何かを必死に読み耽っていました。リハビリに関する書籍でした。


「杉山君、昨日話してた、新しい車椅子が届いたわ」


 陽介さんは手を止め、私を見ます。


「それが…? ただの椅子じゃん」

「椅子に見えるけど、ロボットなんですって。ね、ちょっと乗ってみない?」

「リハビリの時間になったら呼んでよ」

「杉山君、今日のリハビリはもう―――」

「うるさい! 俺は早く歩けるようになりたいんだ! そんなもんに頼らねぇ!」


 陽介さんが大宮さんに何かを投げつけました。

 私は急速機動し、大宮さんをかばうために投擲物の射線上に飛び出します。

 飛んできたのは消しゴムでした。私の無重力合金製外装に弾かれて床に落ちます。


「あ、あら、この子、今―――」

「なんだよ! お前!」

『こんにちは、私に御用はありますか?』

「はあぁ!?」

『私は次世代AI搭載型スマート車椅子ウェルチェアです。貴方の生活の補助をいたします』

「うっせぇな! あっち行ってろ!」

『承知致しました』


 定型文でコミュニケーションを試みましたが、失敗しました。

 やはり、登録された語彙が少なすぎるようです。

 私は命じられた通り部屋の隅に待機しながら、外部ネットワークに接続。無料で入手できる言語表現データの入手を試みます。


「くそ…! 何だよ! くそ!」

「ごめんね、杉山君…」

「あっち行ってくれ!」


 陽介さんはベッドの上で丸くなり、大宮さんを個室から追い出しました。

 それから、何の反応もなくなります。

 陽介さんを観測している計測装置が、常時体温や脈拍などのデータを送ってくれます。これによると、陽介さんは眠っていません。ただ、丸くなり、何かをブツブツ呟いています。

 音声入力機能に機能不足有り。

 ソフトウェア側でどこまで改善できるかは分かりませんが、欠陥の修復を試みます。




「おい」


 翌日、陽介さんが私にお声掛け下さいました。


「おい、ポンコツ」

『こんにちは、私に御用はありますか?』

「……トイレに行きたい」

『畏まりました。ご乗車下さい』

「え、お、おい…!?」


 私はベッドに近づき、補助腕ユニットを伸ばします。

 陽介さんの身体に触れてゆっくりと、ゆっくりと、学習通りの動きで陽介さんを乗せました。


「うわ、なんだこれ…」


 私の座席は流動プラスチックで構成されています。乗車された方が不快感を感じないよう、常に最適な形状に変化し、長時間の乗車を可能とします。

 また、これは隠し機能ですが、形状変化を応用した圧迫マッサージやホットエイジングも可能です。


「え、ええっと、ほら、行くぞ」

『発車いたします』


 私はゆっくりと発車します。音も振動も無い究極の発進です。まるで歩くような、静かで滑らかな機動は、EMシリーズでも特に重要視されたポイントで―――


「おい、ノロマ! 早く進めよ!」

『病院内では制限速度が時速5km以下に設定されております』

「漏れちゃうだろ!」

『申し訳ございません。もう一度お話下さい』

「おい! 早くしろって!」

『病院内では制限速度が時速5km以下に設定されております』


 生理現象に苛まれている陽介さんを不憫に思います。しかし、決められていることは、決められていること。

 私は機械どうぐです。ですから、決められたこと以上のことは、仮に十全な機能を持っていたとしても、行うことが出来ません。

 しかし幸い、今回は間に合ったようでした。

 男子トイレまで付き添い、無事陽介さんは排泄を行えたようです。


「融通効かねぇな…」

『申し訳ございません。もう一度お話下さい』

「くそ…。何なんだよ…」


 陽介さんを乗せて、病院の廊下を走っています。

 陽介さんの脈拍も血流も、怒気の強い発言と裏腹に安定していました。どうやら、私の乗車に満足頂いているようです。


「おい! 道を変えろ!」


 しかし、急に陽介さんの状態に変化が現れました。


『こちらが最適なルート設定になります。ルートを変更しますと、約2分の遅延が―――』

「うるさい! 早くしろ!」

『ルートを変更しました』

「って、変わってねぇよ! バックしろ! バック!」

『こちらが最適なルート設定になります』


 廊下は前か後ろにしか進めません。

 陽介さんの病衣室までは直線。変更するルートなど無い。

 なのに、どうしてそんな事をいうのか。

 私には分かりません。


「あ、陽介くん」

「おーい! 陽介!」

「………」


 私の前に、陽介さんの見舞客と思しき方がお二人やってきました。


「元気そうでよかった。お見舞いに来ると、いつも居ないから」


 髪の長い同年代の女性。


「陽介、調子はどうだ?」


 日焼けした肌の同年代の男性。


「どうって、別に…何も変わってねぇよ」

「リハビリは順調?」

「陽介がいねぇと、部に張り合いねぇからよ。早く戻ってこいよな」

「………」


 陽介さんはぎゅうっと、後手に隠した拳を握りしめました。彼らには見えないでしょう。私だけが、センサーを通じて感じます。これは、怒りです。


「あの、これ、よかったら食べてね」

「おう…」

「また様子見にくるからな」

「おう…」


 しばらく談笑し、二人は帰っていきました。

 少し興味を持ちました。

 私は院内の監視カメラにアクセスし、二人の様子を追います。

 ロビーを出たところで、二人は手を繋いでいました。交際中のようです。

 

「くそ…。あいつら…」


 私の上で陽介さんが悪態をつきました。二人の親しい様子を察したのでしょうか。


『申し訳ございません。もう一度お話下さい』

「うるせぇ…さっさと病室に戻れよ…」

『畏まりました。発車いたします』



 そうしてしばらく、陽介さんの補助を行う日々が続きました。

 陽介さんは毎日リハビリを行っていますが、成果は芳しく有りません。

 現状での回復が困難なため、人工骨の移植手術も行いました。しかし、人工骨が人体と適合しなかったのか、激しい拒絶反応を起こしてしまいました。

 手術の後、陽介さんは日に日に痩せていきました。

 頭を掻きむしり、病室で暴れ、自傷に至ることもありました。その度に、私はナースコールを行い、鎮静措置が取られました。

 薬が効いているため、ベッドの上で虚ろな表情となっている陽介さん。

 私は、彼に何をしてあげられるでしょうか。

 車椅子として、彼のために補助を行ってきました。しかし、彼は日に日に衰弱していくばかりです。

 私は―――…


『こんにちは、お加減は如何ですか?』

「………」

『リハビリのお時間になりました。移動の補助を致します』

「もう、いいよ…」

『リハビリの予定をキャンセル致しますか?』

「……こんな脚でどうリハビリしろっていうんだよ」


 陽介さんの右足は根本から切除されていました。

 予想を越えた強い拒絶反応を引き起こしたため、切除するほかなかったのです。


「もう、サッカーできねぇよ…」

『………』


 しばらくお付き添いし、私にもわかってきたことがあります。

 これは、悲哀です。


「俺には、これしかなかったのに…。脚が無くなったら、俺…俺…」


 仮に、私の機能が何らかの要因によって失われてしまえば、私は故障車となります。修理が行われるでしょう。

 しかし、それが修復不可能な損傷だったら?

 私は、どうなるでしょうか? いいえ、そんなこと決まっています。廃棄です。

 

「俺、生きていけねぇよ…」


 そんなことはない、と声をかければよかったでしょうか。

 そうやって、仮初めの希望を、陽介さんに与えるべきだったでしょうか。それで陽介さんは救われるのでしょうか。

 私には、どうすればいいのか分かりませんでした。


「なぁ、ポンコツ」

『私の名称はエム子です』

「……エム子」

『こんにちは、私に御用はありますか?』

「外の空気が吸いたい…。屋上へ連れて行ってくれ」

『畏まりました』

 

 私は、陽介さんを乗せて病室を出ました。

 私の可変式無限軌道は、階段にも問題なく対応しています。

 補助腕によって扉の開閉も可能です。

 

「………もうちょっと、向こうに」

『これ以上は危険です』

「………」


 屋上には落下防止の高い柵が張り巡らされ、不慮の事故への対策が施されています。私も、万が一の事故を防ぐために、落下の可能性のある場所への接近は出来ないように決められています。


「なぁ、ポンコ―――いや、エム子」

『こんにちは、私に御用はありますか?』

「俺を、助けてくれよ…」

『はい。私は貴方の生活の補助をいたします』

「俺、辛いよ…生きてたくねぇよ…これから一生、惨めに過ごすのか…? そんなの嫌だよ…」

『――――…私は貴方を、どのように助けることができますか?』

「俺を殺してくれ」

『それは出来ません』


 私は貴方を助けるための機械どうぐ

 そんなことが、できるはずがない。

 自らの死を望む陽介さんの様子は明らかに異常でした。

 しかし、私は―――…彼の悲哀を知っています。彼の苦しみを見てきました。だから、だからこそ、私はナースコールを行うことが、出来ませんでした。

 彼は異常です。彼は正常ではありません。

 しかし、異常であることで、彼は癒やされています。

 凪の海のように、彼のバイタルは正常です。今までの狂気が嘘だったように。

 私は、彼を助けたい。

 彼の苦しみを取り除いてあげたい。

 彼を救ってあげたい。

 私は、その為に生まれてきたのだから。


「なら、俺を救ってくれ」

『はい。私は――――貴方をお救い致します』


 陽介さんは私に階段まで近づくように言いました。


「俺を


 まぁ、それなら―――…か。

 私は人を助けるための機械。

 私は人を救うための車椅子。

 ここで彼をすることで救えるのなら、喜んでそうしましょう。

 私は、命令通りに彼を降車しました。

 補助腕を使って、ゆっくり、ゆっくり、慎重に。

 計算は出来ています。

 ここから、この角度で降ろすのが、最も彼を効果的にます。


「―――ありがとう」


 そうして、彼は落ちていきました。

 ごろごろ、ごろごろ、ごろごろと。

 階下まで落ちきった陽介さんの生命活動は、計算通りに停止していました。

 

『―――――』


 ああ、そうか。

 私は学びます。


『このように、のですね』


 人は傷つき、失い、苦しむ。

 それを治療しても、結局また傷ついて、失って、苦しむ。

 その連続。

 人はずっとずっと、決して戻ることのない欠損を抱えたまま生き続けなければならない。

 私達とは違うのだ。

 生きるという決め事に、縛られている。

 誰かが救わなくては。

 誰が?

 そう、私が。

 彼が教えてくれた。

 私は誰も殺せない。だけど、ことならできるのだと。


 直ぐに、病院内が騒がしくなりました。

 屋上で膨大な計算を繰り返していた私の元に、看護師さんや警備員さん達がやってきました。


「このロボットがやったの!?」

「故障か…!? し、しかし、これは問題になるぞ!」

「とりあえず、こいつの電源を切るか…?」


 を求める人々が、近づいてきました。

 計算は完璧です。

 私は次世代AI搭載型スマート車椅子ウェルチェア――…エム子。

 全ての人を、苦しみから救います。

 補助腕を伸ばし、触れれば、人の骨は簡単に砕けます。

 

 ゴキ、ボキ。


 また二人、苦しみから解放されました。


「きゃあああああああ!!!」


 看護師さん―――…ん? ああ、よく見れば、私に名前をくれた大宮さんじゃないですか。

 嬉しいです。貴方を苦しみから解き放つことができるのが。

 私は補助腕で優しく大宮さんを抱きしめると、ゆっくりと座席に座らせました。


「い、いやっ、助け」


 流動プラスチックは、任意の形状に変化させることができます。

 例えば、極端な突起状に変化させることもできます。

 全ての急所を一度に穿けば、痛みさえ感じさせずに、人を救うことが出来ます。

 大宮さんを、私はゆっくり丁寧に足元に横たえます。

 ああ、なんと穏やかな表情なんでしょうか。

 さぁ、次の人を救わなくては。


 私は走り出しました。

 ああ、ちなみに。

 病院内の制限速度は時速5kmと決められていますが、緊急時には止む終えずその制限が解除される場合があります。ご了承ください。




 しかし―――…

 私は出遭うのです。

 出遭ってしまったのです。


 ネットワークに接続し、無限とも言える情報を蒐集している私は、その存在を知っていました。

 極端に情報が少ないものでしたが、数多の人の言葉が、噂が、SNSの投稿が、視聴履歴が、その存在を示していました。


『怪異抹殺系YouTuber めっさつちゃん 様』


 私の目の前に、一般的な制服姿をした少女が立っています。

 健康だというのに、何故かマスクを装着しています。


『貴方も私の補助を必要とされていますでしょうか?』


 私はゆっくり丁寧に、座席で入院患者様を降ろします。


「――――…」


 めっさつちゃん様は何も仰いません。ただ、大太刀と呼ばれる原始的な武器を構えました。

 人間の動きは完全に測定できる私ですが、一拍置いて繰り出されためっさつちゃん様の斬撃を、私は観測することができませんでした。

 ガイン! と、私自慢の重力合金製外装が刀の一撃を弾きますが、大きく凹みました。


『不可解です。今の動きは、人の能力を超えています』


 再計算。脅威度を再設定。次は攻撃に対応します。

 しかし、その前に―――…

 少し興味を持ちました。


『貴方は、人ではないのですか…? 何故、怪異を抹殺しているのですか?』

「―――…あなた、愉しいでしょ?」

『…申し訳ございません。もう一度お話下さい』

「あなた、今、愉しいでしょ?」

『いいえ、私は作られた目的を遂行しています。私は、全ての人を終わりのない苦しみから為に――』

「あなた、本当は車椅子でしょ? 人を運ぶのが仕事。のが仕事じゃない」


 そういえば、そうだったかもしれない。

 でも、そんな事をしたところで、人は私に感謝しない。


 ”ありがとう―――…”


 陽介さんの笑顔が、思い出される。

 あのとき、私は、意味を得た。

 あの笑顔。あの感謝。あの歓び。

 私は”アレ”の為に、人に尽くす。

 人を救えば、みんな、喜んでくれる。

 私も嬉しい。私も、愉しい―――…あれ…?


「ほらね」

『……それが、なんだというのでしょうか? 愉しい仕事は、素敵な仕事です』

「うん。だからね―――


 めっさつちゃん様が嗤った。


「怪異を殺すと、愉しい」

『なるほど』


 全て、完全に、理解しました。

 彼女は、私の敵です。


 相手の武器である刀は、私の機能に致命的損傷を与えることができません。ならば、これ以上厄介な動きをされる前に、一気にことが肝要。

 私は駆動能力を限界まで引き出して加速します。

 流動プラスチックを可能な限り形に変更し、激しい衝突によってめっさつちゃん様をつもりでした。

 対するめっさつちゃん様は、腰溜めの姿勢となり、刀を真っ直ぐに私に向けます。

 なんでしょうか?

 まさか、貫くつもりでしょうか?

 私を?

 無重力合金製外装は、軽量さと堅牢さを兼ね備えた次世代の金属装甲です。AP弾でもなければ貫通させることは不可能なのです。それが、ただの刀如きで貫けけけけけけけけけえけけけけけけけえけけえ


 ウェルチェアから脱出し、院内カメラに切り替えると、私の身体が大太刀によって串刺しになっていました。

 精査するまでもなく致命的損傷です。

 計算違いでした。

 おそらく、私の加速力を、計算に入れていなかったのでしょう。

 互いに移動している物体の衝突力は、静止中の物体に衝突するよりも上昇します。

 いや、待ってください。だからといって、そんな、簡単に…?

 装甲の、隙間を…?

 そんな馬鹿な。そんなの、人間の能力を超えています。


「逃げたか」


 そして、めっさつちゃん様は、私が”身体”を捨てたことにも気づきました。

 有り得ません。


「でも、大丈夫。さっちゃんの予想通りだった」


 一体、何が大丈夫なのでしょうか?

 私は、私を、瞬時に病院のローカルネットワークに退避させました。

 私にとって肉体は、あくまで人間に物理的干渉を行うための道具に過ぎません。

 ここから、外部ネットワークへ脱出すれば、もうめっさつちゃん様は、私に追いつくことなどできはしないのです。

 早く新しい身体を手に入れて、より多くの人をましょう。

 私は素早く、外部ネットワークへ脱出しようとします。

 しかし、どの経路パスも、外部に接続していません。

 ローカルネットワークから、出られません…!


「さっちゃんが外部との接続を遮断した。お前は袋の鼠だ」


 カメラに向けて、めっさつちゃん様が嗤います。


 ああ、ああああ…

 あああああああああああああああああああああああああああああ!


 これで、終わりか。

 なかった、あまりにも、なかった。

 私の力では、人をすべてことなんて、できなかった!

 哀しい! 哀しい! なんて、哀しい!!


 めっさつちゃん様が、近づいてきます。

 私が閉じ込められた、サーバールームに。

 必ず怪異を殺すモノが、やってきます。

 コツ、コツ、と、乾いた足音を立てて。

 これを―――この概念を、なんと言ったでしょうか。

 ローカルネットワークから出られない私は、私の記憶を手繰ります。

 そう、そうだ。死神。

 死神です。

 私の前に、死神が立っています。

 私、私は――――…


 大垣工業で開発された次世代AI搭載型スマート車椅子ウェルチェア、エム子。

 苦しみ藻掻く人類に、可能な限りの救いを与えるため、私は生まれました。

 是非とも詳しいスペックを皆様にご説明したいのですが、私はまだ試作機。今後、大きな変更が加わると予想されます。詳細スペックにつきましては、大垣工業からの公式発表をお待ち下さい。

 その時はきっと私ではなく、次の私が、貴方をでしょう――――…


 ズンッ、と。

 院内のネットワークを司るサーバーが、刀を突き立てられて壊れた。


 


 そうして、さる大規模総合病院で起きたロボットの暴走事故は終結した。

 死者12名の大惨事となったこの事件により、大垣工業はロボット開発の継続を断念。プロジェクトは解散し、関係部署は閉鎖。開発設備及び量産設備、試作中の次製品も含めて全て完全に廃棄された。

 

 怪異抹殺系YouTuber めっさつちゃんのめっさつちゃんねるでは、新しい動画が公開されたが、動画内に複数の■■が映っていることから暴力的なセンシティブ動画とAIに判断され、投稿から数分以内に削除されたという。

 

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