怪異抹殺に使ってる武器をご紹介します。

 オープンニングやタイトルコールもなく、動画は突然始まる。

 突然映ったのは、薄汚れたコンクリートの壁と、崩れた天井の残骸が転がる廃墟。

 そこに、アウトドアテーブルと椅子が置かれ、一人の少女が座っている。

 おかっぱ頭に、『滅殺』と黒く描かれたマスクをして顔を隠した制服の少女だった。


「こんにちは、怪異抹殺系youtuberのめっさつです」


 ぺこり。と、頭を下げるおかっぱ頭の少女。めっさつちゃん。

 机の上には、カンペの紙があった。


「えーっと、今日は、私が怪異抹殺に使ってる武器をご紹介します」


 そういって、彼女は足元から何かを拾う。


「まずは、これです」


 取り出したのは刀だ。3尺ほどの大太刀だった。


「名前とかは特に無―――え? あったほうがいい? 今から考える?」


 カメラに向かって眉を潜めるめっさつちゃん。


「じゃあ、さっちゃん考えて。それでいいよ。ちゃんと考えないとだめ?」


 目元しかカメラからでは確認できないが、それでも「面倒くさいなぁ」と見て取れる表情を浮かべるめっさつちゃん。


「じゃあ―――長宗我部さん。魔剣・長宗我部さんです。え? 由来? 持ってた人の名前です」


 おもむろに、めっさつちゃんは”長宗我部”を鞘から引き抜いた。

 あまりに長いため、両腕を一杯に伸ばし、身体を反らして一気に引き抜く形になる。


「抜くのが大変ですが、一度抜いてしまえば怪異を一番良く斬れます」


 ギラリ、と、照明の光を照らし返す長宗我部。

 その刃は良く研がれており、怪異でなくとも両断できそうだった。


「次です」


 長宗我部を鞘に戻さず、机の脇に抜き身のまま立てかけて、めっさつちゃんは床から次の武器を拾う。


「次はこれです」


 それは、打刀だった。


「魔剣・脚切です」


 2尺より少し短いの打刀で、先程の長宗我部と比べると携行性に優れているように見える。


「由来は、脚をよく切るからです。え? ちょっとよくわからない…? えっと、逃げる怪異の脚を狙って、追い詰めるときに使います」


 カメラの向こうの人物に何かを問われ、小首を傾げるめっさつちゃん。


「狭いところで戦うときにも役立ちます」


 徐ろに、めっさつちゃんは脚切を鞘から抜く。

 その刃には、ムカデの脚のような無数の凹凸が剣先からその根本までびっしりと刻まれていた。凹凸の隙間には、黒い染みが浮かび、ずっと見ていると、その刀身に刻まれた脚がウゾウゾと動き回っているような錯覚を受ける。

 あるいは、本当に動いているのかもしれない。いや、その異様な刀身の不気味さが、そう思わせるだけなのかもしれない。


「この脚切は、島田さんに作ってもらいました。え? 島田さん? 島田さんは、島田さんだけど…。あぁ、一族が代々刀工をしてたらしいけど、作ってくれた島田さんは、名前を継げなくて腐ってたほうの島田さんです。酔った荒くれ者に殴られてたところを助けたら、余った材料で作ってくれました。余った材料で作ったから、少し短いです」


 このコンパクトさも気に入っています、と、言って、めっさつちゃんは脚切を鞘に収める。


「けど、軽くて丈夫で、使い勝手がいいので、気に入ってます。ああ、この刀身は、なんか怪異の脚を切ってたら、いつの間にかこうなってしまいました。直しても戻っちゃうので、仕方ないからそのままにしてます」


 鞘に収まった脚切はアウトドアテーブルの上に置かれる。

 置かれた脚切はアウトドアテーブルの上でカタカタと音を立てて細かく震えていたようだったが、めっさつちゃんは右手をグーに握り、鞘に収まった刀身をぼこっと殴る。

 刀は静かになった。


「次です」


 次にめっさつちゃんが取り出したのは、短刀だった。

 長さは一尺ほど。鍔がない合口拵あいくちこしらえである。


「魔剣・龍ちゃんです。由来は、龍が彫ってあるからです。学校に行く時とか、刀を持っていけない時には、これを持ってます。え? ううん。いつも持ってるよ? 授業中も、カバンの中に入ってるよ」


 短刀を鞘から引き抜く。

 刀身には勇ましい龍の意匠が刻まれていた。これもまた黒い汚れのようなものが彫りに入り込み、龍の意匠を際立たせている。


「これはバザーで売ってたのを5000円で買いました。安いし、カバンに入る大きさなので、丁度良かったです。動画ではあまり使いません。出先で怪異を見かけた時に使うので」


 龍ちゃんをゆっくりと鞘へと戻す。


「以上の3本の刀で怪異を殺しています」


 短刀もアウトドアテーブルの上に並べる。

 大、中、小、三本の刀が画面に並んだ。


「ところで、さっちゃん」


 どうしたの? と、遠くから別の少女の声がした。


「どうしてここをロケ地に選んだの?」


 再び小首を傾げるめっさつちゃん。


「怪異、殺してきていい?」


 めっさつちゃんは、徐ろに、抜身のまま机の端に立て掛けた大太刀――…長宗我部を手に取った。


「いるよ。この建物」


 めっさつちゃんは目を細めて言う。

 きっと、マスクの下では微笑んでいた。


「今回はカメラ2つあるし、両方で撮ろ。今度も、素敵な動画にしようね」


 めっさつちゃんはそういうや否や、首から提げたアクションカムの電源を入れた。

 そして、身を翻す。

 アウトドアテーブルと椅子を押し倒して、凄まじい速さでめっさつちゃんの姿はカメラの視界から消えた。

 直後に、カメラがガタンと揺れ、がちゃがちゃと音を立てる。

 そして、めっさつちゃんにかなり遅れて、カメラが走り出した。

 カメラ係の誰かはライトも手にしているようで、視界は良好だ。

 だが、そのライトの光すら覆ってしまう深い闇が、この廃墟には満ち満ちていた。

 ライトで暗闇を裂きながら、手ブレ補正機能でも抑えきれないくらいにカメラを揺らしながら、廃墟の廊下の先を映す。

 ギンッ! ギンッ! と、暗闇の奥で火花が散った。

 一瞬足を止めたカメラだったが、意を決したようで、廊下の先へと駆け出した。

 剣戟の音は続いている。

 暗い廊下を折れると、視界の先には刀を携えためっさつちゃんと、彼女に相対する首のない鎧武者がいた。

 鎧武者の刀は、既に真っ二つに折れている。


「生まれ変わったら、ちゃんとしたの買いなよ」


 めっさつちゃんはそう言って、最期の一太刀を首のない鎧武者に叩き込んだ。

 薄暗闇では視認できない程の鋭剣。

 大太刀・長宗我部から放たれる剣撃は、鎧武者を縦に両断した。その武者鎧ごと。

 妄嫉と怨嗟に塗れた名も無い武士の亡霊は、唐突に現れた強敵に、己の鍛えた技、生涯で得た武具、その全てを破られて敗した。

 2つとなった身体が仰向けに倒れ始め、床に落ちる前に、黒い埃のようなものになって空中に消える。


「………ひょっとして、刀の話をしてたから、欲しくなって出てきたのかな?」


 人様の物を盗ろうとして出てきたんなら、盗賊じゃん。と、息切れしながら、カメラを持つ少女は言った。


「なるほど。盗賊で怪異なら、本気で救えないね」


 めっさつちゃんは振り返る。

 怪異を殺してみせた直後だというのに、マスク越しでも分かるくらい、明るい笑顔をめっさつちゃんは浮かべていた。




 この動画は、ライブ配信ではなく、通常の動画として公開された。

 前後編で、武器紹介編と、実地使用編の2つとして。

 そのうち、実地使用編だけが、権利者申し立てにより削除され、おかっぱ頭にマスク姿の女の子が物騒な刀を紹介する不思議動画だけが残った。

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