4.貧乏くじ






……初デートの日から4日後。アタシはまた斎藤とデートをしていた。


「はあ……?今日から割り勘?」


アタシは斎藤に向かってそう聞き返す声が、カフェの中に小さく響いた。


斎藤はバツの悪そうな顔をしながら、テーブルに手を置いて、「ごめんなさい」と頭を下げた。


「その……恥ずかしい話なんだけど、僕はあんまりお金がなくて……。よければ、これから割り勘にさせてもらえないかなって……」


「……………………」


「も、もちろん、何か特別な日は僕が奢ります!でも、よければ普通のデートの時は、割り勘にできないですか……?」


「……はあ」


アタシは目の前にある紅茶を飲み干して、カップを置いた。


……割り勘、ねえ。まあこの斎藤にそこまで金があるとも思えないしね……。でも、女のアタシに払わせるとか、男としてのプライド無いんだろうか?


(あーあ、めんどくさい……。なんで金払ってまで斎藤と一緒にいなきゃいけないわけ?)


やっぱりこの罰ゲーム、リタイアしようかな。さっさと終わらせてしまいたい。


(そうだ、ツーショットを五枚取るノルマ……告白した時に一枚撮ってるから、今日の内にさっさと四枚終わらせて、明日からは斎藤と会わない。そんで、付き合ってから1ヶ月した時に、アタシからフる。これならデートしなくて済むし、どっちのノルマも達成できる。なんだ、最初からこれやっときゃ良かったんじゃん。何か奢ってもらえるならまだしも、自分でお金を出して会いたいわけがない。もう斎藤とは、今日限りかな)


そう思いながら、アタシはぼんやりと空のティーカップを眺めていた。






……店の外に出たアタシたちは、互いに黙ったまま街を歩いた。斎藤は照れ臭そうにうつむきながら、貝のように口を閉じている。


(まあなんというか、こういう時にTHE 陰キャって感じる。たかがデートにびびりすぎだっての。ちょっとくらい喋ってみたらいいのに)


アタシが小さくため息をついていた時、とあるクレープ屋を発見した。それはSNSでバズっていたクレープ屋で、一時期話題になってたところだった。


「ねえ斎藤、クレープ欲しいんだけど」


アタシがそう言うと、斎藤はハッとした顔でそのクレープ屋を見た。


「あ、ああ、じゃあ……買いますか?」


「ん、これで一番いいやつ買ってきて」


アタシは千円札を斎藤に渡して、お使いをさせた。彼はクレープ屋へと歩いていき、アタシの分と自分の分と、二つクレープを注文していた。


「……よ、よし。はい、田代さん。どうぞ」


「ん」


イチゴやバナナ、ぶどうに桃が贅沢にトッピングされたとびきり大きいクレープを持ってきた斎藤は、果物を落とさないよう慎重にアタシへと手渡した。


その時、ふと斎藤の頼んだクレープの方も見てみた。シンプルで小さな、どうやら一番安いバナナクレープだった。


(ふーん、本当にお金ないんだ)


なんとなくそんなことを考えながら、アタシは斎藤へ言った。


「ねえ斎藤、写真撮らない?」


「しゃ、写真ですか?」


「そう。ほら、クレープちゃんと持って」


アタシは有無を言わさずに、クレープを前に出してツーショット写真を二枚撮った。


(よし、これで合計三枚。後は今日の帰りしなに二枚撮っておけば、ノルマ達成)


頭の片隅でそのことを思いつつ、アタシはクレープを頬張ろうとした……その時だった。



ドンッ!



背後を、突然誰かに押された。その弾みでアタシは、手を滑らせて……クレープを地面に落とした。


べちゃりとアスファルトに叩きつけられて、ぶどうとかイチゴがコロコロと辺りに転がった。


「うわっ!もう最悪!」


誰だよ押した奴!と思い、後ろにいるそいつをぎっと睨んだ。


それは、小さな女の子だった。身長と顔つきから、だいたい五歳くらいだというのが想定できた。


「うわあああん!!」


手にアイスのコーンを持って、ワンワン泣いていた。その子の足元には青いアイスが落ちていた。


「アイスーー!アイス落ちちゃったーーー!」


耳がキンキンするほど泣きわめくその子に、アタシは腹が立って仕方なかった。


(このクソガキ……!泣きたいのはアタシだっての!お前のせいでクレープ落としたんだし!)


思わずその子をぶん殴りたくなっていた時、あたしの目の前に千円札が差し出された。


「はい、田代さん」


「斎藤……?」


「よかったらこれで、クレープ……また買い直してください」


「……………………」


「さ、遠慮なさらないで」


斎藤は千円札を二つに折り曲げて、アタシの手に握らせた。そして彼は腰を下ろして、今度は泣いている女の子へと話しかけた。


「ほら、これでまた買ってきな?」


「うわああああん!」


「ほら、こっち見て?この500円で、またアイス買ってきなよ」


「うううう……!!ぐすんっ……!アイスぅ……?」


「そうそう、落としたやつと同じのを……」


泣き止みつつあった女の子に、斎藤が500円を渡したその瞬間……


「ちょっと!ウチの子に何するんですか!?」


激しい怒鳴り声がウチらの耳に届いた。それは、顔を青くした大人の女からだった。“ウチの子”ってセリフから、たぶんその女の子のママなんだと思う。


その人は泣いてた娘を抱き上げて、こっちをキッと睨みつけた。


「勝手にウチの子に触らないでください!」


「あ、いやその……僕はそんなつもりじゃ……」


斎藤の弁明も虚しく、その母親は斎藤の言葉を無視して、スタスタと走り去ってしまった。


「おいって!待てよクソババア!」


その時、思わずアタシの口から言葉が漏れていた。


「斎藤はアイス代をあげただけじゃん!不審者扱いすんなし!」


だけど、アタシの声も結局、あの母親へは届かなかった。


「……はぁ!なんなのマジで!むっかつく!」


「いいんです、田代さん」


「斎藤」


「僕は平気ですから、クレープ……買ってきてください」


「……………………」


アタシは、斎藤から貰った千円札を握りしめて、またあのクレープ屋へと戻った。


「……すみません、一番おっきいやつください」


「はい、ワンダフルクレープですね。1000円になります」


アタシは斎藤から貰った千円札で、そのクレープを買った。それを持って、また斎藤の元へと向かう。


「……………………」


斎藤は、地面に落ちたクレープやアイスを、何かで拭き取って掃除していた。それが終わると、すくっと立ち上がり、ズボンのポケットから財布を取り出して、なにやらぶつぶつ独り言を言っていた。そんな彼の背中を、アタシはぼんやりと見つめていた。


「しまったなあ……思わぬ出費だ。これじゃ帰りの電車賃もないや……」


「……………………」


「まあ、いっか。ここからなら歩いて一時間ちょいだし。大した距離でもないか」


「……………………」


……アタシは、なんだかモヤモヤしていた。


金がないからと、頭を下げて割り勘にしようって話してた斎藤は、アタシと見知らぬ女の子のために、帰りの電車賃まで無くすほど金を渡した。しかも、その女の子と母親からはお礼すら言われず、不審者と間違われる始末……。


なんていうか、バカだよね。


ほんと、自分ばっかり貧乏くじ引いちゃってさ。全然かっこつかないし、惨めなことになるし。


……全く、本当に。


「……………………」


アタシは、彼がこっちに気がついていない内に、自分の長財布から千円札を引き抜いた。


「……斎藤」


「え?」


振り向いてきた斎藤に、アタシはその千円札を渡した。


「これ、返す」


「え?な、なんでですか?」


「……お店の人が、さっきの騒動、見てたらしくて。お金はいいですだってさ」


「ほ、ほんとですか?」


「……うん」


「わー!よかった!実は危うく、帰りの電車賃も無くなりかけてたところで……本当に助かりました!」


「……………………」


「お店の人に、お礼を言ってきますね!」


「あ!い、いいってそんなの!アタシが言っといたから!」


「そ、そうですか?」


「う、うん、余計なことはしなくていいの」


「わ、分かりました」


そう言って、斎藤はきょとんとした顔でアタシを見ていた。








……それからしばらくの間、アタシらはぶらぶらと街を歩いた。


途中でアタシが服を見たいって言って立ち寄ったり、斎藤が本を見たいと言って本屋に行ったりと、特に何の刺激もない時間を過ごした。


アタシはいろいろ服を買ったけれど、斎藤は本を買えなかった。欲しい本があったようだが、「今の自分では無理だ~」と嘆いていた。


そうこうしている内に、少しずつ日が暮れていった。斎藤はスマホで時計を確認し、「そろそろ帰らなきゃいけません」と呟いた。


「田代さん、名残惜しいですけれど、そろそろ終わりにしましょうか」


「うん」


「……あの、田代さん」


「なに?」


「千円札……ありがとうございました」


「……?え?なにが?」


「いえ、その……返してくださって。ほら、二つ目のクレープの時の」


「……………………」


アタシは、斎藤が何を言おうとしているのか、分からなかった。


「ありがとうって、あれは元々斎藤のじゃん。お礼言われる理由ないよ、アタシ」


「……あの返してくださった千円札、あれは……田代さんのですよね?」


「!」


「僕の渡した千円は、折り目がついていたはずなんですけど、田代さんから貰った千円は、真っ直ぐ綺麗なピン札だったので……」


「……………………」


この時……アタシはなんていうか、素直に凄いと思った。よくそんな細かいところまで見てるなというか……よく、そのことが分かったなっていうか……。


「今日は、いろいろありがとうございました。千円札だったり、僕のために怒って下さったり……」


「怒ったって……」


「ほら、あの女の子のお母さんに……」


「……………………」


「田代さん、あの……」


斎藤は、頬を真っ赤に赤らめて、瞬きを何回もしながら言った。


「”僕も”好きです、田代さん」


「───!」


「あの、ご、ごめんなさい、ちゃんと返事を……してなかったなと思いまして。僕を好きになってくれて、ありがとうございます。これからも、恋人として……どうぞ、よろしくお願いいたします」


「……………………」


「あ!そろそろ電車が来る!ご、ごめんなさい!それじゃあ、また今度!」


「あ……」


斎藤は手を振りながら、駅の中へと走っていった。


アタシは遠退いていく彼の姿を、ただぼーっと見つめていた。


「……あ、写真……まだノルマが二枚、残ってる」


ふいに、アタシは写真を撮り損ねていたことを思い出した。


スマホを取り出して、今日撮った写真を眺める。アタシと斎藤が二人並んでいる、ツーショット写真。


「…………まあ、いいか。今度撮れば」


アタシは小さくそう呟いた。その呟きは、大勢の人混みから溢れる喧騒の中に紛れていった。















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