3.初デート



……初デート当日の、午後12時半。アタシはバスで駅前に向かっていた。


今日のコーディネートは、白無地の半袖Tシャツに、ベージュのコットンパンツ。まあ、わりと普通な格好だった。


「ふぁ……」


大きなあくびをしながら、スマホでぼーっとネットサーフィンをする。


そんな時、ピロリロリンとスマホの通知が鳴る。


『今どこにいますか?』


それはアタシの居場所を確認する、斎藤からのLimeだった。


そう、実はアタシはかなり遅刻している。本当は11時ちょうどに待ち合わせだったところを、もう一時間30分近く遅れている。


まあでもアタシ、朝は弱い方だからしょうがないじゃんね。


(そうだ、さっさと嫌われたらよくね?めっちゃダルい感じのことしてフラれれば、この罰ゲームも終わりじゃん?)


一瞬だけそんな考えが過ったけど、陰キャにフラれるって中々ムカつくから、それはボツにした。


あーあ、ダルいなあ……。なんでこんなことしなきゃいけないんだろ。


(さっさとごはん食べて、すぐ帰ろう)


頭の中で、何回もそのフレーズが繰り返された。




……約束の場所へは、結局一時間45分遅刻してから到着した。


駅前で溢れる人混みの中に、おろおろと慌てる斎藤の姿を見つけた。部活帰りなのか何なのか分からないけど、斎藤は学校の制服を着ていた。


「斎藤」


アタシがそう声をかけると、彼はパッと顔をこちらへ向けた。そして、駆け足でアタシの元へと走ってきた。


ちぇ、なんか小言でも言われんのかな?と、そう思って身構えていたら、斎藤はアタシの前に来るや否や、こう言い放った。


「よかった!田代さん、無事だったんですね!」


「……は?無事だったって、なんの話?」


「いえ、その……だいぶ遅れてらっしゃったから、何か事故とかでもあったのかなと思い、その……心配してて」


「……………………」


「でも、無事だったみたいで、よかったです」


斎藤は、本当に嬉しそうに微笑みながら、そう言った。


「……………………」


「……?あれ?田代さん、あの、どうかされました?」


「……や、別になんでもない」


「は、はあ……」


「……つーかさ、なんで斎藤、制服なの?」


「あ、えーと、ちょっと学校に用事があって……」


斎藤はアタシから目線を外し、恥ずかしそうにうつむいていた。


……制服ねえ。まあでも、いいか。超ダサい私服で来られるよりはマシ。陰キャの斎藤の私服なんて、微塵も興味ないしね。


「じゃあ、田代さん。とりあえず……お店、行きましょうか」


そうしてアタシらは、ランチのために目的のお店へと向かった。









「……え、えーと、この……コ、コンプレット?と、クレープ・サラダ?あ、サラドか。これをひとつずつください」


「コンプレットとクレープ・サラドですね。かしこまりました」


たとたどしくて頼りない斎藤の注文を、店員がスマートに聞き入れた。


「こ、ここガレットっていう料理を扱うお店なんですね。そんな料理があるの、知らなかったな」


斎藤は店の中をキョロキョロと見渡しながら、緊張した顔でそう呟いた。


「斎藤、ガレット食べたことないの?」


「は、はい。一度も」


「ふーん」


「どんな感じの料理なんですか?」


「なんていうか、まあクレープっぽい。アタシはフツーに好きかな。インスタにもよくあげるし」


「ああ……確かに、写真観た感じだと、オシャレな食べ物ですもんね。どこの国の食べ物なんですか?」


「さあ」


「……あ、フランス料理なんだ。ほら、メニューの説明欄に書いてありました」


「ふーん」


斎藤はメニュー表をマジマジと見ながら、「オシャレだな~」と呟いた。


「……あの、田代さん」


そして、メニュー表をぱたりと閉じてから、目を伏せつつアタシに向かってこう言った。


「ごめんなさい、実はひとつ……嘘をつきました」


「は?嘘?」


「はい……」


「なに?ガレット食べたことあるって話?」


「いや、あの……服」


「服?」


「実は今日、別に学校の用事なんてなかったんです」


「え?」


「その……デートには、どんな格好で来ていいか分からなくて、いろいろいろいろ悩んだんですけど、その……結局は制服に、逃げちゃいました」


「……………………」


「でも、田代さんが綺麗にオシャレしてきてくれてるのに、なんだか僕……自分が恥ずかしくなって。だからちゃんと話そうと思って……。ごめんなさい。つ、次からはちゃんとした服、着てきますから!」


斎藤は深々と頭を下げて、心底申し訳なさそうに謝った。


……なんか、変なやつだなって思った。自分の恥ずかしいところを正直に言う感じが、めっちゃ珍しく感じた。



『でね、俺は結構、そういう芸能関係の人とも知り合いが多くて……』



ふと、一昨日会った自慢ばっかする“パパ”の姿が思い出された。


自分のことを大きく見せようとして、とにかく自慢ばっか話してたあのおっさんと、目の前の斎藤は、ちょっと違うかも知れないと思った。


「……別に、さ」


アタシは頬杖をつきながら、テーブルへと視線を落とし、斎藤に向かって言った。


「あんたが制服かどうかとか、気にしてない」


「田代さん……」


「とりま、クソダサな私服着て来られるよりはマシだから」


「あ、ありがとうございます、田代さん」


「……………………」


「お、お優しいんですね」


「え?」


アタシは頬杖をしたまま、斎藤の方へ目を向けた。斎藤は照れ臭そうにはにかみながら言葉を繋げた。


「僕に気を遣ってくださって、とても嬉しいです。田代さんとは、ちゃんとお話させてもらうこと全然なかったですけど……思ってたよりもずっと優しい方でした」


「……………………」


「ク、クラス1可愛くて、しかも、お優しい田代さんが、ぼ、僕なんかと付き合ってくださるなんて、本当に夢みたいだ……」


斎藤は顔を真っ赤にしながら、もじもじしていた。


「……………………」


アタシはそんな斎藤の姿を、なんとなくぼんやりと見つめていた。


「お待たせしました、コンプレットとクレープ・サラドです」


店員がコンプレットをアタシの前に、もうひとつのクレープなんとかを斎藤の前に置いた。


「どうも、ありがとうございます」


その時ちょっとびっくりしたのは、斎藤はわざわざ、店員に向かって会釈をして、しかもお礼まで言っていた。


(……店員にあそこまで丁寧なヤツ、初めて見た)


なんか珍しい動物を見つけたような気持ちで、アタシは斎藤を見ていた。


「ん!美味しい!田代さん、ガレットってこんなに美味しいんですね!」


斎藤はガレットを頬張りながら、無邪気な笑顔で、子どもみたいにはしゃいでいた。


(……ほんと、変なやつ)


そう思いながら、アタシはポケットからスマホを取り出して、ガレットの写真を何枚か撮り、それをインスタにアップした。


それを終えると、スマホをまた仕舞いこみ、スプーンとナイフを取り出してガレットを食べた。まあそれなりに美味しい。いつもの通り。


でもアタシ結構、1/3も食べたら飽きちゃうタイプんだよね。だからある程度残して、フォークとナイフを置いた。


そして、またスマホを取り出して、投稿した写真につけられた「いいね数」と「リプライ」を確認した。


『めっちゃ美味しそう!』


『いいな~私も食べたい~!』


つけられたリプにニヤケつつ、アタシはそれらに返信していった。


その時だった。


「……田代さん、もう食べないんですか?」


斎藤が小さな声で、そう尋ねてきた。アタシはスマホを見たまま「なにが?これ?」と答えた。


「まあ、写真も撮ったし、これ以上はいらない。アタシ、結構すぐ飽きちゃうんだよね」


「……そうですか」


斎藤は、少しだけ悲しそうな顔をしていた。


「田代さん」


「……?なに?」


「田代さんのガレット……僕が持って帰ってもいいですか?」


「え?持って帰る?」


「はい、もしよかったら……。こんなに美味しいのが余っちゃうのも勿体なく思っちゃって。ど、どうですか?」


「……いや、別に、好きにすれば?」


「よかった、ありがとうございます」


「……………………」


その後、斎藤は店員を呼んで、アタシのガレットをテイクアウト用の容器に入れてもらっていた。


食べ終えたアタシらは、斎藤に支払いをしてもらった後、店を出た。


……そう言えば、お金を貰わずにご飯を一緒に食べるって、だいぶ久しぶりかも知れない。最近は“パパ”とご飯食べることばっかりだったから、なんか新鮮。


「田代さん、この後は……何か予定ありますか?」


斎藤がそうアタシへ尋ねてきた。


「……とりあえず、今日はアタシ、帰る」


「あ……な、何か予定……ありました?」


「いや、今日はご飯だけって決めてたから」


そう言うと、斎藤はあからさまに寂しそうな顔をした。アタシはその顔を見るのがなんとなく嫌で、ぷいっと顔を横に向けた。


「……そ、そっか、分かりました」


「……………………」


「……あの、田代さん」


「なに?」


「きょ、今日は……ありがとうございました。とても楽しかったです」


「……………………」


「また、その、デートの……お、お誘いを、させてもらってもいいですか?」


「……うん」


「本当に!?よかった!え、えっと、次はもう少し、長く一緒に居られたら、う、嬉しいです!」


「……………………」


「あ、えっと、いきなりこんなこと言うのは、き、気持ち悪かったかも知れないですね、ごめんなさい……」


「……いや、別に気持ち悪いとかは、そんなに」


「そ、そうですか?それなら安心しました」


「……………………」


「それじゃあ帰り道、お気をつけてくださいね」


「……分かった」


「じゃあ、またいつか」


「うん」


アタシは彼に背を向けて、帰り道を歩き始めた。時々後ろを振り返ると、その度に斎藤がアタシに向かって手を振った。









「……ただいま」


家に着いたアタシは、小さくそう呟いた。


「お姉ちゃん、お帰り」


リビングでは、夏休みの宿題に取りかかっている深雪がいた。テーブルの中央には、お皿に盛られたポテチがあり、深雪はそれを時々食べながら、漢字の問題を解いていた。


アタシは深雪の対面に座って、肘をテーブルにつけながら、そのポテチを貰った。




『僕に気を遣ってくださって、とても嬉しいです。田代さんとは、ちゃんとお話させてもらうこと全然なかったですけど……思ってたよりもずっと優しい方でした』




(……優しい、か)


なんか、優しいなんて初めて言われた気がする。可愛いっていうのは、小さい頃から飽きるほど聞いたけど、優しいっていうのは……今まで言われたことなかった。


お金をくれる“パパ”からも、今まで付き合った元カレからも……。


「……………………」


「どうしたの?お姉ちゃん」


「え?」


突然深雪に話しかけられたアタシは、顔を上げて彼女の方を見た。


「どうしたって、何が?」


「いや……すごく考え込んでる感じだったから。どうかしたの?」


「……や、別にどうも」


「……………………」


そう言えば、なんとなくだけど……深雪って斎藤みたいなタイプ好きそう。


誠実さがどうのこうのって言ってたから、なんとなくああいう系のが似合ってる気がする。


そうだ、せっかくなら斎藤を深雪に紹介すればいいんじゃね?二人が付き合っちゃえば、アタシも罰ゲームを終わらせられるし、深雪も彼氏できてWin-Winでしょ。


「ねえ深雪」


「なに?お姉ちゃん」


「あんた、彼氏ほしがってたよね?」


「……?うん、そうだけど……なんで?」


「……………………」


「……え?なに?どうしたの?」


深雪は眉をひそめてアタシを見つめていた。話の途中で言葉を折られて、モヤモヤしている様子だった。


……深雪に、斎藤を紹介……か。




『次はもう少し、長く一緒に居られたら、う、嬉しいです!』




「……………………」


「なに?どうしたのお姉ちゃん?」


「ん?んー……」


アタシはお皿に盛られたポテチを一枚取って、ばりっと噛んでから言った。


「やっぱ、なんでもない」







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