月だけが知ってる
とぅいんくる
月だけが知ってる
悪いことしたら、おてんとさまがみてるよ。
って、よく太陽を指してママが言ってたっけ。
だから、私はいい子に育った。きっとおてんとさまは私の事を気に入ってくれてると思う。
だけど。私にはおてんとさまも知らない秘密がある。その秘密は、私と月だけが知ってる。
❁❀✿✾
「有香、今日の放課後遊びに行こうよ」
私のとこに走ってきて、放課後の予定の予約をしてくるこの子は奈々保。高校の入学式で隣になって仲良くなった。3年生になった今でも1番の仲良しだ。
私たちは他の誰とも違う。代わりのきかない存在だと思いあっている。それは親友とかそういうんじゃない。
「何歌おっかな〜」
結局カラオケにきた私たち。奈々保がワクワクしながら席につく。薄暗い、2人きりの空間で平気で楽しもうとしている彼女に腹が立つ。
勢いよくソファーに座った奈々保に、彼女の方を向いて跨った。ちょっと伏し目がちになりながら、奈々保の首に手を回す。
こうすると、奈々保は少しくすぐったそうに首をすくめながら、私から目が逸らせなくなる。いつもは私が奈々保を見上げているけど、この体勢になれば逆になる。
恥ずかしそうに私を見上げ奈々保が可愛い。
「ちょっと、何?歌おうよ」
私をぐーっと押しながらそう言う。こうなるって分かってた癖にずるい。
奈々保の言葉なんて無視して口付ける。
最初は触れるだけのキス。正直これが1番、焦れったくてドキドキする。
唇に集まった私たちの感覚神経が、お互いを求め始めて、他には何も考えられなくなる。
奈々保の片腕が私の腰を抱いて、もう片方の手は私の頬を撫でた。私も両手を彼女の頬に添える。
焦らないで、がっつかないで、私たちはゆっくりとキスを深めていく。溶けるみたいに甘い。このままいっそ、溶けてしまえばいいのにと思う。
息を吸うために、奈々保の唇が私から離れる。重なった視線が熱い。
私たちは別に恋人とかそう言うわけじゃない。なんかそれは怖くて、踏み込めないでいる。だから、この時間だけが、私たちが気持ちを伝えあえるのだ。
周りは私たちを「ニコイチの親友」だと思っている。私たちは自分たちの気持ちを隠してる。
カラオケを出るともう外は暗くて、私たちは手を繋いで歩ける。だから、私たちが想いあっていることは、私たちと月だけが知っている。
「好き」だと言葉にされたわけじゃない。私も言葉にして伝えたことはない。伝えてしまえば壊れてしまいそうで、怖くて言えなかった。きっと奈々保も同じだろう。
だけど、私たちは確かに思いあっていた。
こんな関係は、高校を卒業しても尚つづいた。バラバラの大学に進んだので、前ほどは一緒に居られなくなったけれど、お互い新たな世界を知って、より彼女の魅力を知ることになったのだ。
息苦しい世の中。なに、「多様性」だ「個性」だ謳っているが、結局マイノリティはしれっと排除される。ただ本能的に愛し合っただけなのに、法や常識が私たちを許してくれない。
だからずっと形を作ったりしなかった。
大学で、1人はぶにされている女の子がいる。その子はリカと言う名前で明るくて可愛くて人気者だったのだが、1度飲み会を断ったことがあった。理由を聞いても頑なに言わないので、みんなが「男でも出来たんじゃないか?」なんて噂していた。
飲み会は大盛り上がりで、「やっぱり梨々花もいればよかったのにね!」なんてみんなで騒ぎながら、二次会の為カラオケへ向かっていた。
「ん?あれって…」
仲間の中の1人が前方を指した。ネオンが光る夜の街。バーから2人の女性が出てきた。そのうちの1人は梨々花だった。
「なんだ〜!彼氏とかじゃないんだ〜」と密かに彼女に憧れていた男たちが胸を撫で下ろした時、リカに続いて出てきた女性が、梨々花とキスをしたのだ。
そのまま2人はなんだか良い雰囲気で、手を繋いで歩いていった。
私はすごくドキドキした。嫌な意味ではなく、「はぁ、綺麗。」と、2人の雰囲気に胸を高鳴らせ、また、奈々保に会いたい気持ちを拗らせたのだったが
「え、あいつ、そういう趣味?」
1人がそう言うと、周りも待ってましたと言うようにざわつきはじめた。
自分たちとは違う、マイノリティは排除してしまおうというマジョリティな考えで、人気者だった彼女はあっという間に1人になった。
弱い私には、彼女に声をかける勇気もなかった。それと同時に、私も奈々保との事がバレれば、同じ目に合うのだと、恐怖を感じた。
だけど奈々保との関係は辞めたくなくて、私たちは今までよりも遠いところで会うようになった。
❁❀✿✾
「ねぇ、有香ちゃん」
「うん?どした?」
「今度公開になる映画があるんだけど、これ有香ちゃん好きじゃなかった?僕も好きなんだけどさ、一緒に見に行かない?」
そう私を誘ってくれたのは、私と同じサークルの鈴木くんだ。
顔はまぁそこそこ整っていて優秀。スポーツも万能らしく、周りの女子からの人気が高い。
その映画はすごく人気のある作品だ。だから誘う人は他に沢山いるはずなのに、なぜ私?と思ったが、私に尋ねる彼の顔を見たらその理由がすぐに分かった。彼は、私を抱きしめる時の奈々保と似た表情をしていた。
奈々保の顔が思い浮かんだ。うーん、嫌がるだろうな。私はすぐに断ろうと思ったが、その時視界の隅に、1人で本を読む梨々花の姿が目に入った。
そもそも何て断ればいい?「理由は?」としつこく聞かれたらどうする?そういえば彼は、梨々花を気色悪がったうちの1人だった。
バレたら終わる。
奈々保は別の大学だし、黙っておけばきっとバレない。大丈夫、大丈夫。そもそも私たちは恋人同士ではないわけだし。
「あぁ、それ丁度みたかったんだよね!いいよ、行こう!」
緊張で固そうだった彼の表情が途端に柔らかくなる。可愛いなと思った。
「ほんと!?じゃあ、今週末はどうかな?」
「ふふ、いいよ」
私が小さく上品に笑ってみせると、彼は分かりやすく照れた。きっと奈々保ならたまらなくなってキスをしてくるだろうな。
奈々保に何て言おうと考えながら、るんるんで去っていく彼の背中に手を振った。
❁❀✿✾
ピコン
待ち合わせ場所の時計台の下で1人立っていると、ケータイが音を鳴らした。
「有香、今日何してるの?」
奈々保からだ。そういえば、悩んで悩んで結局何も言わなかった。
「今日は友達とお出かけだよ〜」
無難な返事をする。きっと会いたいということだったのだろうけど、どうせ明日会うんだからちょっと我慢していてね。
少し奈々保と会話を楽しむと、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「お待たせ」
そこには爽やかな服装の鈴木くんが立っていた。私はなんの躊躇いもなく手を握った。彼とどうにかなろうとした訳じゃない。あまりにも鈴木くんがどうでもいいので、他の女友達といる時の癖が出てしまったのだ。
それから映画をみて、ゲームセンターに行ったり買い物をしたりして、2人の休日を満喫した。
夕食を一緒にとって、外に出た時はもう真っ暗だった。周りはまだ人々で賑わっている。
「鈴木くん、今日はありがとう。楽しかった!また学校でね!」
鈴木くんに今日のお礼を告げて去ろうとした。さぁ、早く家に帰って奈々保と電話でもしよう。少し駆け足気味に駅に向かおうとしたのだが、鈴木くんがそうさせてくれなかった。
「待って」
手を掴まれて、グイッと引き寄せられると、あっという間に彼の腕の中に埋まってしまった。
「鈴木くん…?」
ドッドッと脈打つ音が聞こえる。だけどこれは私の鳴らす音ではなかった。彼が私に音を伝えているのだ。
「有香ちゃん。僕、有香ちゃんの事が好きなんだ。付き合って欲しい。」
やばい、と焦った。彼の気持ちには気がついていたので、なるべく気持ちを高ぶらさせないように努めたつもりだった。
自分でも目が泳いでるのが分かる。鈴木くんが私を体から離し、目線を合わせるようにすこし膝を曲げた。
「お願い」
彼の真剣な瞳に一瞬吸い込まれそうになった。その一瞬を突かれた。私の唇に、覚えのない形の唇が重なる。
私は呆然として、何も反応出来ずにただ立ちすくむだけだった。
「拒まないってことは、いいってこと…?」
私は何も考えられなくなって、思わず頷いた。やったあと喜ぶ声が聞こえてもう一度唇が重なる。
彼と別れて、自然と涙が溢れてきた。
❁❀✿✾
それから、週に1度ほど彼とデートするようになった。私はうっかり奈々保との関係がバレることのないようにSNSをやっていないので何もしなかったが、彼は私のことを投稿してくれているようだった。
彼はとても優しくて私のことを思いやってくれて、一緒にいて心地が良かった。
だけど、もっと一緒に居たいと思うのは。2人でいるだけでドキドキするのは。鈴木くんじゃなかった。
だから、奈々保には鈴木くんとの事は言わず、前までの関係を続けていた。
奈々保とキスする度に満たされた。
奈々保にも鈴木くんにも失礼なことをしてしまっていること位分かっている。本当は鈴木くんを断って、奈々保を大切にするべきなのに。
だけど私には、怖くてできない。
辺りが暗くなって、人通りも少なくなる。私は奈々保の手を握ってキスをした。
世間体を気にして、何とも思わない男と付き合いながら、自分が好きな人からの愛まで求めるなんて悪いこと、誰にも言えない。
私のことを好きでいてくれる鈴木くんにも
愛し合っている奈々保にも。
だから、このことは、月と私だけの秘密。
❁❀✿✾
「有香、今日は何してたの?」
もう辺りが暗くなってしまった時間、公園には私たちだけが居た。ベンチに腰掛ける。膝の上には有香がこちらを向いて乗っている。
「んー、今日はレポートに追われてた〜。だからパワーチャージさせて〜!」
甘えた声を出して私に抱きつく有香。普段お淑やかな有香は、私といる時だけ甘くなる。可愛い。
私は胸を冷たい風が撫でるのを感じながら、有香の頭を撫でてキスした。
〜
「よう、奈々保!おつかれーい」
こいつはバイト先の同期の鈴木。確か有香と同じ大学・同じサークルだったはず。面白いし良い奴だから、こんな奴が居れば有香が寂しくなることもないだろうから安心だな。
「おー、鈴木。やけにご機嫌だね。どうしたの?」
鈴木が過剰にニヤニヤしているので、聞いてあげてみた。嬉しそうに、「聞きたい?聞きたい?」と言ってくる。私は笑いながら、はいはいとあしらった。
「実は、好きな子を映画に誘えたんだ。」
そういえば鈴木の恋バナは初めてだ。私は興味津々で、デートの計画を聞いた。
いやぁ、恋バナいいなぁ。楽しい。鈴木は良い奴だから、この恋叶うといいな。
〜
鈴木の恋バナを聞いた週の土曜日。そいや今日は鈴木のデートの日だったな。
想像するだけでドキドキしてワクワクした。そしたら何か、有香に会いたくなった。明日会う予定だけど…会えないかな…。
思い切って有香に今日の予定を聞いてみる。
残念、どうやら先約があったみたいだ。
有香から返信が来なくなったので、友達と合流したのだろう。私は何しよう、とケータイを見る。
そういえば私の好きな女優さんが主演の映画が今日公開だったな。早速調べてみると、近くの映画館で夕方から放映しているみたいだったので、見に行くことにした。
〜
「さむっ」
見終わって外に出ると、もう辺りは真っ暗だった。今何時だろ、、とケータイを見ると1件のメッセージ。
有香「あと1時間くらいで帰れそうだから、電話しようよ!」
私は急に浮き足立って、早く帰ろうと駆け足になった。
周りはまだ人で賑わっている。少し人気の引いたスペースに、男女が立っていた。
「…あれ、、鈴木?うわ、鈴木だ」
私は今日鈴木がデートだったことを思い出し、遠くから彼の恋路を見守ることにしてみた。女の子、どんな人かな。
最近少し視力が落ちてきた目を細めて見る。
「え」
鈴木と女の子の顔が重なった。
その隙間から見えた、女の子の顔は
有香そのものだった。
〜
「おつかれさまでーす」
とバイト先の控え室に入る。私の声を聞いて、鈴木がドタドタと音を立てながら走ってきた。
「なぁ!奈々保聞いてよ!有香ちゃん…えっと、好きな子と付き合えたんだ!」
やっぱりあれは有香だったんだ。あの夜有香と電話をしたけれど、何も言ってくれなかったから見間違えかと思った。でも鈴木は確かに「有香ちゃん」と言った。
「そっかおめでとう」
悲しさを隠しきれないまま鈴木を祝う。もう私と有香の関係も終わりだと思った。
だけど有香は私から離れようとしなかった。彼の話は一切されないし、会えばいつものようにキスされる。
そういえば鈴木が前こんなこと言ってたな。
〜「昨日大学の仲間と飲み会だったんだけどさ〜、それに参加しなかったメンバーが他のやつと飲んでたとこに遭遇しちゃったのね?そしたらそいつらキスしてて!しかも女同士!有り得る?」〜
きっと有香もその現場にいて、鈴木はその感情を言葉に出したんじゃないだろうか。有香は少し保守的な所があるから、世間の目を恐れたんじゃないかと思う。
だから私も有香を離さなかった。
有香が話してくれるまでは、知らないふりをしていようと思った。
鈴木がSNSに有香をあげる度悔しかったし辛かったけど、有香とキスすると、彼女の気持ちがよく分かって安心できた。
鈴木が有香の気持ちに不安を感じると相談してくる度に、どことなく優越感に浸った。
私にとって鈴木は最高の同期だ。だから幸せになってもらいたい。そのためには有香を手放すのが1番だと分かっている。
ただ、私にとって有香は最愛の人なのだ。
〜
「有香、今日は何してたの?」
もう辺りが暗くなってしまった時間、公園には私たちだけが居た。ベンチに腰掛ける。膝の上には有香がこちらを向いて乗っている。
「んー、今日はレポートに追われてた〜。だからパワーチャージさせて〜!」
嘘。今日鈴木がSNSに有香と手を繋いでる写真を投稿してた。
悪いことしたら、おてんとさまがみてるよ。
って、よく太陽を指してママが言ってたっけ。
だから、私はいい子に育った。きっとおてんとさまは私の事を気に入ってくれてると思う。
だけど。本当の私は違う。
私は全てを知りながら、知らないふりを続けて、有香を愛しながら、鈴木の友達をしている。
月明かりが私たちを照らす。
このことは、私と月だけが知ってる。
月だけが知ってる とぅいんくる @Twin5108
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