第100話 被害が出るのは仕方あるまい

ゆっくりとステーションに船が接舷する。


特務巡洋艦「セイレム」

外見は共和国軍の一般的な巡洋艦のように見える。だが、その外壁に所属する軍コードはなく、



そのブリッジの艦長席に巡洋艦セイレムの艦長が座る横に、ノーマルスーツを着た大佐が不機嫌そうに、モニターに映った電源の落ちたステーションを見る。


「ステーションの住人は?」

「すでに首都星系に退避しています。新しい開拓団を作るために政府の補助申請を出したとか」

「相変わらず逃げ足の速い。そのくせステーションの所有権は保持したままか。面倒な」

「管理コードは入手しています。星系政府からの介入はないのですね」

「その為の偽装開戦だ。政府は今頃は国民を守るためにかかりきりだ」

「わかりました。ミラージュクロークを展開。その後ステーションの機能を稼働させる」


大佐の言葉に艦長はうなずき、ブリッジのオペレーターに指示を出す。


「ステーションの空気が正常値になり次第部隊を突入させる」


ステーションを放棄してエネルギーコアを停止させている以上、ステーション内部の生活に必要な生命維持の機能も停止している。

宇宙空間のステーションだ。食料や重力はもとより空気すら生成する。その機能を停止して時間が経過している以上、それを回復させる必要がある。

とはいえ、生活電源が回復すれば、それは外部から観測された場合気が付かれる可能性がある。そこで、偽装力場発生装置を持つ特務巡洋艦の機能を使用して誤魔化すのだ


問題があるとすれば、ミラージュクローク展開中はシールド機能を使用することができない点だ。

その間のデブリの破損はステーションの外壁で耐えることになる。小さなものなら問題はない。致命的な大きさになると問題なのだが、巡洋艦「セイレム」がいるので、ステーションが致命的になるほど大きなデブリを見逃すことはあり得ない。



管理コードで起動命令が送られると、ミラージュクロークで外部から隠されたステーションに電源が入り次々に機能が稼働していく。同時に、血が通うように強化ガラスの外壁に明かりが灯っていく。


爆発等も見えない事から、ステーション稼働に問題はないだろう。あの状況だ。ガルベルト達開拓民の一族が妨害工作をしていないとも限らない。

まあ、大っぴらに妨害をすれば共和国軍への敵対行動ととられるのだが、事故であるといった言い訳で逃れる可能性もあった。

とはいえ対処法は簡単だ。セイレムで安全を確保してからステーションに入ればいいだけである。後は内部でステーション管理を掌握すれば、ステーション内部の状況も確認できる。



必要な命令を確認し終えると、大佐は踵を返してブリッジの出口へ向かう。

今回の突入部隊に大佐本人が参加するのは、回収データについて知る人間を最小限にするためだ。


実際、何のデータを回収するかは、セイレムの艦長も知らない。突入部隊の部下にすら知らせていないのだ。使用する電子管理AIにいくつものダミーデータの一つに加えただけだ


だが、艦長も部下も文句は言わない。彼らの部隊とはそういうものなのだ。


「終わったらステーションはどうするのです?」

「戦争があるのだ、被害が出るのは仕方あるまい」


ささやかな疑問を告げてみるが、さも当然のように振り返りもせず大佐は事務連絡のように返事をして、ブリッジから出て行った。




(ステーション内部side)


次々と光が灯るステーションで、その小さな部屋の明かりも灯る。

狭い部屋にわずかにある家具である椅子に座っていた男はゆっくりと目を開ける。

短い銀髪に、褐色の肌。右頬の下には「〒」の様な刺青が入っている。

ヘックスである。


電源が停止し生活システムの停止したステーションで、ヘックスが生きていたのは理由がある。

ここが、どんな船にも宇宙ステーションにも搭載されている「緊急脱出装置」の中だからだ。

その存在理由からどんな状況でも、人間の生活する最低限の装置がステーションから独立して存在していた。

とはいえ、その生活は快適からほど遠いものだ。部屋の半分以上をには巨大な追加武装付きのバトルスーツ。その携帯武装。さらにそれら用のエネルギーや弾薬ケースが積まれており、わずかなスペースには食料や水などの生活必需品のコンテナが積まれている。


ヘックスは脱出装置に接続された端末を操作する。

端末の小さなモニターにはステーションと、そこに近づく一隻の巡洋艦が表示される。


「来たか。思ったより早かったな」


ヘックスは端末を操作すると、巡洋艦が接舷するハッチを映している監視カメラの画像に切り替えると、バトルスーツを着込み始めた。

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