第98閑話 動き出す黒幕
巡洋艦の中を黒いバトルスーツの男が歩く。
その後ろには、顔まで覆ったスーツが二名。無言のままついてくる。白を基調とした共和国軍軍服の中で、その姿は異様であった。
そんな彼らは、一つの部屋の前で止まる。
船でも最高位の士官が入る部屋だ。
プシュー
音ともに扉が開き士官用の一室が開く。
中には、大佐の階級章を付けた恰幅の良い男が、座って端末を操作していた。
「大佐」
「ああ、来たか」
黒い男の言葉に、チラリと視線を上げると手を留めて口を開く。
「準備が整いました。6時間後に、帝国軍が侵攻する事になります。無論、この件に関して、他の部署はまだ気が付いていません」
そういって視線を向けると、同行していた部下が前に出て、電子端末を差し出す。
内容を確認すると、政府より発令される情報内容が表示される。
これで、この星域は戦争状態に突入する。
そして、星系政府の要請を受けて、共和国軍人である大佐の部隊がそれに対処することになっている。もちろん、欺瞞情報だ。帝国軍もいなければ迎撃する共和国軍も実際には存在しない。
ただ、戦時であることを理由に、大佐の部隊にはかなりの独自権限を行使できる。
「本当にあるのだろうな」
大佐の言葉に、男は口元をゆがませる。
「ええ、奴らの事です。ステーションを犠牲にしてアーカイブを守れば、それで済むと思っています」
「私が聞いているのはマスターキーの存在だ」
大佐は眉間にしわを寄せる。星系政府に圧力をかけ、裏工作で乗り込んできた。共和国の特殊部隊とはいえ、公式には軍人だ。
これまでの、些細な破壊工作ならどうとでも誤魔化せるが、大規模なステーションを一つ接収する裏工作となれば、発覚すればただでは済まない。
「マスターキーはあります。それさえあれば、別のアクセスポイントからでもアーカイブに接続できます。次からは、今回のような面倒な下準備は不要です。問題は、それが誰かという事」
「ガルベルトではないのか?」
「いいえ。マスターキーとなる者は秘匿されます。本人にすら知らされません。フロンティアワンのマスターでもそれは変わらない」
「誰か個人をマスターキーとして設定。宇宙の辺境に散らばる開拓者のすべてを調べるのは不可能に近い。面倒なシステムを作ったものだ。前時代的でアナクロだ」
「だからこそ、有効でもある」
開拓者の一族の持つ情報の有用性を説かれ協力したものの、その実在を証明するのはこの男の話と、事前調査を含めて手に入れた未申請のゲートポイントの情報だけだ。
しかも、大佐はそれを自分の手柄にするために、半ば独断専行でこの件を進めていた。成功すれば、対帝国戦の決定打ともいえる重要情報だ。
もちろん。それを馬鹿正直に共和国上層部に報告する必要すらない。その情報を自分だけが利用し、英雄として栄達する事すら可能になる。
些細な失敗から、エリートの出世街道から外され、裏工作の汚れ仕事をさせられている現状に、大佐は辟易していた。
「それを選定するのが『ガーディアン・オブ・フロンティア』か」
「ええ、マスターキーを選べるのは奴だけです」
「前時代的だよ。まったく…」
とはいえ、すでに計画は動いている。
ステーションの開拓民の一族は、こちらの想定通りに動いている。当然、まだ我々の意図には気が付いていない。
開拓民の一族は大きな間違いをしている。
すでに共和国は、アーカイブへの中継ポイントの目星をつけているのだ。
必要なのは、マスターキーの情報だという事を彼らは知らない。
今回のステーションの情報収集は、その最終確認だ。
前時代的であるがゆえに、彼らがどれほど厳重にデータを隠していたとしても、こちらはそれを想定した最新の情報分析AIを用意してある。
存在することが分かっている情報なら、見つけることは難しい事ではない。
「で、君の目的はこれで達成できるのかね?」
そういって、目の前に立つ男を見る。
元開拓民の一族。
「もちろんです。私は目的の為に協力しているのですから」
「君が優秀なのは認めるよ」
戦力としては優秀である事は理解している。だからこそ支援して手駒にしたのだ。
「だが、必要かね?」
「ケジメみたいなものです。故郷を捨てるためのね」
大佐はそう言う部下の意義に何の価値も見出していなかったが、すでに作戦は動き始めた。今更中止などできるわけもない。
抵抗されることも想定済みだ。その為の備えはできている。
「まあいい。では始めるとしよう」
そして大佐は、特殊巡洋艦『セイレム』のブリッジに出航の指示を出した。
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