第98話 頑固者め
宇宙船ドックで、汎用ドローンが荷物を船に積み込むのを眺める。
ガルベルトとの交渉は、大成功と言っていい結果を得た。
合法的な船の取得。さらに、チャプター号の売却額から、いくつかの物資の譲渡。
帝国に戻って売れば、当面の資金になるだろう。船を使って(やりたくないが)ドンパチする事もできる。最悪、売り飛ばして別の(無難な)船を買ってもいい。
宇宙戦闘が可能な船は、当然普通の宇宙船より高値で取引される。
チャプター号に残っていた私物もきっちり返してもらった。元々碌な物はなかったが、返してもらえるなら返してもらう。
ガシャガシャガシャ
やたら重量感のある足音近づいてくる。
そっちを見て、呆れたように苦笑する。
「年代物を引っ張り出してきたな」
見ればわかるがヘックスのバトルスーツである。
ヘルメットは外して顔を見せているが、その姿はいつも見ていた物ではない。
両肩から伸びた大型パットは追加シールド発生装置。両腕が一回り大きくなっているのは、多目的強化アーム補助機。足首の補強は重力反発を利用したホバー装置か。
増えた重量を補うパワーアシストと追加ジェネレーターをセットされ、一回りも二回りも大型化したいびつな人型になっている。
バトルスーツの強化装置だ。
一般的なバトルスーツでの戦闘はあくまでも個人間の戦闘に対しての装備だ。大型兵器やそれを用いた大規模戦闘と言った状況では対処能力に限界が出る。
武装や性能の強化として追加パーツと合体させ、それらの特殊な状況に対処させようというわけだ。
と言っても、そんなものを使っていたのは昔の話。言ってしまえば旧式だ。
理由は簡単で「合体機構を付けるくらいなら最初からその性能スーツを着ろよ」という話だ。従来のパターンと強化したパターンで各種操作は変わるし、本体や強化装置に合体するためのデットウェイトが出来る。
さらに、合体機構は専用品だ。対象スーツに適合した強化装置が、別のスーツで利用できるわけではない。
つまり、合理性にも操縦性にも汎用性にも問題のある装備というわけだ。
とはいえ、全く意味がないかと言われればそういうわけではない。
辺境や一線を退いた場所では、いまだに現役である事も珍しくない。通常時はバトルスーツで省エネ運用して、有事の際の強化パーツを装着させて対応なんて方法もないわけではない。
なまじ旧式化したバトルスーツでも、強化パーツをカスタマイズするだけで、その一部では最先端兵器に対抗できる場合もある。
第一次大戦の旧式戦車でも、相手がマシンガンやハンドガンならそれが最新型でも十分対抗できるという話だ。
「夜逃げするにはケツが重くないか?」
呆れた口を閉じて、ヘックスに声をかける。
そんなオレの言葉に返事もせずに、ヘックスは手に持った物をこちらに放った。
剣だ。
受け取って鞘から引き抜く。見覚えのある刀身。オレの唯一の武器だ。
「ちゃんと返したぞ」
「はいはい…って、返すのが当然なんだぞ」
「はいはい」
そう言って、肩をすくめようとして強化パーツに邪魔されてそれができないと分かると、あきらめたように強化パーツで埋没した首を左右に振った。
取りあえず、鞘に納めた剣先を床につけて、柄の上に両手を置くとその上に顎を乗せて視線だけヘックスに向ける。
「子供達は任せていいんだな」
「ああ、新しい開拓団に連れていく。ステーションを放棄する以上、新しい開拓を始めるだけさ」
このステーションを放棄して、ステーションの人間はどうするのかという話だが、全員が新しい開拓に出る事になるらしい。さすが開拓の一族だ。
もちろん、既存の開拓団に合流する者や、新規の開拓申請をする者もいる。
身元不詳の子供が紛れ込むのは造作もないと言える。
つまり、ここで元船員ともお別れという事だ。
「で、そんなナリしてお前はなにするんだよ。開拓に行くには仰々しくないか?」
「オレは賞金首で開拓の一族ではないからな」
つまりは、他の住民は新しい開拓に出る事になるが、ヘックスに関しては、このままドンパチする事になるらしい。
そうする理由については、一つ心当たりがあった。
「監視カメラの男か?」
「…」
返事はない。とはいえ、ガルベルトがヘックスの肉親であり、監視カメラに写っていた男の話をした際の表情を見れば、ヘックスとも個人的なに因縁がある事は簡単に察せられる。
「共和国の特殊部隊なんだろ。そのナリでもキツかねぇか?」
当たり前だが、共和国軍の特殊部隊である。その装備は最新装備だろう。強化パーツを付けて強化たとはいえ、旧式のバトルスーツで対抗できるかと言われると不安が残る。
そして、あの監視カメラに映った男の装備は…
「…」
「…」
話が途切れる。言葉はキャッチボールなんですがね?
「なんか言う事はないのかよ」
「何をだ」
柄の上に置いた手に顎を乗せたまま、向けた視線をそらして口にする。
「…帰りの切符しかもらってなくて暇なんだ」
「…」
「…」
「悪いが、返してないのに借りを作る主義じゃないんでな」
しばしヘックスは無言でいたが、あきらめたように首を左右に振って答えた。
「じゃあなソードマスター。シャバでは静かに暮らせよ。お前は面倒事に巻き込まれやすいんだからな」
そう言って踵を返すと、片手を振ってステーションへと歩き出した。
特に返事をするわけでもなく、別れを言うでもなく、その後姿がステーションに消えるのを眺めていると、荷物の搬入が終わったと報告しにドローンが来た。
了解の合図を送って座っていたコンテナから降り、手に持った剣を腰につるす。
そして、船に向かう前にステーションに消えた背中に小声でつぶやいた。
「…ジーザス」
頑固者め。
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