第96話 開拓の一族は国家に協力するが組しない
「はじめましてムサシさん。話は聞いている。私はガルベルトという」
壮年の男が右手を差し出すが、右手を横に振って断る。
少なくとも、今の状況で友好を示す要素はない。覚えておけ、手錠をかけた相手に好感を抱くのは異常だぞ。
オレの態度にガルベルトは気を悪くするようなこともなく、肩をすくめる。その仕草は何度か見た男の姿と重なった。
「ああ、すまない。礼を失していたことは自覚している。しかし、こちらにも事情があってね」
「こっちの事情は配慮されなかったんですね」
イヤミったらしく、答えてみたが相手は苦笑するだけだ。
「事態は一刻を争う状況だったのだ。早い段階で合流してもらう必要があった」
「共和国が相手だからか?」
オレの言葉に、ガルベルトの片方の眉が持ち上がる。
そしてヘックスのヘルメットから言葉が漏れる。
「…知っていたのか」
「こっちにもツテがあるんでね」
まあ、分かったのは偶然だけど、それを説明してやる義理はない。
「わかった。君にはあの三人の子供達を救ってもらった恩がある。事情を話そう。現在、われわれは共和国から脅迫されている。共和国が求めているのは情報だ。我々には不要な情報だが、かといって共和国に提供するわけにはいかないものだ」
「不要なら渡せばいいだろう。共和国の支援をもらえるし、開拓の助けにもなるだろう」
「…未申請のゲートポイントの情報だ」
前にも言ったが、星系と星系を移動する為にはゲートを利用する。ゲートはどこでも好きに設置できるわけではなく、特定のポイントから特定のポイントに移動できるだけだ。
ゲートの移動距離にも限界があり、宇宙の反対側までひとっ飛びとはならない。隣接する星系に飛ぶのがせいぜいだ。
「未発見の星系があるのか?」
「いいや。すでにゲートのある星系へのゲートポイントだよ。だから、見つかっても我々は申請をしなかった。情報として回収こそしたがね」
未発見の星系へのゲートなら、文字通り巨万の富を生むことになる。星系国家の建国は、そもそも未発見の星系を見つける事からスタートだ。そこに資源や、他星系への経路を見つければ、その価値は計り知れない。
そんな、ゲートポイントを見つけて一攫千金をもとめる山師だって存在する。
「あの子たち三人の開拓団には一つの共通点がある。その開拓の過程で未発見のゲートポイントを見つけているんだ。そして、それがあの子たちが攫われた理由でもある」
「なんでそんなものを共和国が求める?」
ゲートポイントは人間の思惑ではなく偶然の産物だ。当然、すでにゲート見つかったから他にはないという保証はない。同じ経路のゲートポイントだって存在する。
当然だが、そんな経路に価値はない。申請しても、利益化しないなら誰も必要としない。そのまま忘れられて終わりだ。
その為、申請は義務ではない。ただ、ゲートポイントの権利は早い者勝ちで、別の人が先に申請していたら文句を言う権利もない。
実際、そういうゲートポイントは多い。それらを価値あるゲートポイントと偽った詐欺の話は事欠かない。
「それはあくまで呼び水にすぎん。我々のアーカイブには、そうやってため込まれた様々な情報が積み重なっている。その多くは、価値のない情報だ。我々開拓民の一族の積み重ねた歴史そのものとも言える」
「…」
熱の入った言葉だ。まあ、開拓民の失敗と成功の集大成という意味では重要な情報なのだろう。
オレには全然関係ないがな。
「その中で目を付けられたのが、あの子達の開拓団が見つけたような未報告のゲートの情報だ」
「それが何の問題に?」
「今までは、そんなものに価値はなかった」
オレの質問にガルベルトは憎々しげに答えた。
今まで?今までと、現在との差は…
一つの閃きがあった
「…銀河帝国の独立」
オレの言葉にガルベルトが無言でうなずく。
未発見のゲートポイント。それは、共和国時代では何の価値も問題もなかった。
しかし、共和国から帝国が分裂し勢力を二分した。
当然、帝国と共和国はお互いの勢力圏からの侵攻を監視し警戒するだろう。
それは、星系から星系へ移動する為のワープゲートを監視するという事に他ならない。
もし、帝国の知らないワープゲートから共和国軍が侵攻したらどうなるか。一方的に不意打ちできるというメリットがどれほど戦場で有利に働くかは、考えるまでもない。
それは艦隊である必要すらない。隠密性の高い特殊部隊を、人知れず帝国の中枢に侵入させ大規模な妨害工作に出れば、それだけで帝国の国家機能をマヒさせる事が出来る。
「今まで無価値と思っていた情報が、突然秘密兵器に早変わりか。なぜ提供しない。値千金の情報だろ」
「
格言の様にガルベルトが答える。
「情報提供をしたとしよう。共和国が優勢となり帝国が劣勢となる。そうなれば、帝国側にいる我々の同胞はどうなる」
「事情を知れば、帝国だって同じ事をするわな。そうなれば…まあ、いい扱いはされないな。戦争が終わったとしても禍根は残る」
機密が漏れないなんて保障はない。なんの後ろ盾もないオレですらたどり着いている。
一方的に有利な情報を共和国が持っていると知れば、帝国だって事情を察知し調査するだろう。結果、同じ協力を帝国側の開拓民の一族に求める事になる。
もちろん劣勢の帝国の要求だ。開拓の一族に対して配慮ある対応になるわけがない。下手すれば裏切り者扱いだ。
それに対し、共和国が帝国側の開拓民の一族を守る可能性は低い。下手すれば情報提供を防ぐために積極的に攻撃する可能性すらある。
そうでなくても、同族というだけで圧力をかけられれば、帝国が滅びて共和国が大勝利となっても、双方の開拓民の一族が問題なしで済ませるわけがない。
共和国側の開拓の一族が一方的に利益を得ているならなおさらだ。
そして、一度手を貸せば、それで終わりとはならない。体制に組み込まれ、開拓の一族としての矜持は失われるだろう。組織に組するとはそういう事だ。
「我々の目的は、銀河の覇者になる事でもなければ世界平和でもない。人類の生存圏の拡大だ。今までもそしてこれからもな」
それが、宇宙開拓時代から続く一族の処世術という事なのだろう。邪魔をするメリットはなく、敵対する必要もない。国家間の紛争からも無視される存在だ。
そうであり続けた。
ただ、今回意図せず有効な情報を所持している事が発覚しただけだ。
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