第91話 手を下げるな、ゆっくりと頭の上にあげろ

惑星にポツンと一軒家


そんな言葉が浮かんでくるような、原生林に囲まれたてポツンと建造物が見えてくる。

当然道路なんてものもない。建物の一角にシャトル発着用の着陸地点が用意されている。


ヘックスの操縦で、着陸地点に降りる。


「他に船はなし…か」


近づく前に通信を入れてみたが帰ってくることはなかった。

そして、一つしかない発着場にシャトルがないという事は、もしここに誰か残っていても、ここから出て行く事はできない。


船を降りて、発着場の階段を降りる。


「望み薄…かな」


建物を囲む塀には植物が絡みついている。地面も掃除をしたような跡はなく、落ち葉や汚れが積もっている。一見しただけで人の気配はない。

こんな場所だ。外から違法者が来れば分かる。

発着場に船が泊って、誰が来たのか確認する事もないというのは基本的にあり得ない。


ヘックスと一緒に、正面玄関へ向かう。

当然扉は閉まっている。脇にあるコンソールにも電源が入っていない。


「封鎖モードか」


とりあえず、コンソールに電源を入れる。

封鎖モードは、文字通り建物の機能を封鎖させる機能だ。誰も住んでいない建物や、あるいは長期間離れる場合に、余計なエネルギーを使用しないようにする機能である。


解除コードの入力を求められた。

当然、そんなコードを知らない。ルーインに聞けばわかるかもしれないが、とりあえずよくつかわれるコード番号を入力して見る。


プシュー…

「あらら。開いちゃった」


未来になっても、セキュリティ感覚が低いとこういう事になるらしい。

あるいは…


「…」

「…」


正面玄関から入って足を止める。

殺風景な程に何もない。空気がよどんでいる。玄関での空気洗浄装置も停止中。靴などを入れる収納棚も空。壁には何もかかっておらず、玄関マット的な装飾も皆無。本当に、何もない。出来立ての建物に最初に入ったような状況だ。


だからこそ、目立つものがある。

玄関から続く無数の彫りの深い靴跡だ。


剣を抜く。

ヘックスもブラスター銃を抜く。


「トラップに気をつけろ」

「あいよ…」


お互い理解はしている。

中に人はいない。

さっきも言ったが、ここに来るには徒歩では無理だ。相手が誰であろうとも、ここに来るには移動用のシャトルが必要になる。それがない以上、原生林に住み着いたブーツを履く文化のある原始人でもなければ、このような状況にはならない。

誰かが先に入っていたとしても、すでに出て行っているはずだ。

となれば、気を付けるのは悪意ある先駆者による厄介な置土産トラップだ。


とりあえず、足を綺麗にする必要はないので、そのまま家の中に入る。




結論から言うと、誰もいなかったし何もなかった。

部屋の中には備え付けの物以外、家具はもとより食器一つ残っていなかった。部屋の一つ一つに至るまで、生活していた痕跡が消えている。服の一着からタオルの一枚に至るまで、何も残っていない。


つまりは、ルーインやその家族が住んでいた痕跡すらなくなっていた。


「期待はしていないがね」


最後に残ったデータルームに入る。

案の定狭い。トイレ位の広さしかない。一人が座れる背もたれのない丸椅子と、その前のコンソールにモニター。

剣を腰の鞘にもどして椅子に座って電源を入れる。


案の定の画面が出てきて、後ろで見ていたヘックスのため息が聞こえる。


データも綺麗にクリアされてデフォルト状態になっており、余計なデータが残っていない。

まあ、ここまで痕跡を消してデータだけ残すような間抜けはいな…


「あれ?」


言葉が漏れる。

見つけたのは監視カメラのデータだ。自分たちが入ってきたデータを消そうと、室内の監視カメラのデータを開いたときに、そこに一つだけデータが残っていたのだ。

とりあえず、そのデータを開く。


写っているのは、この建物の玄関だ。

何もない玄関に、複数の黒い男たちが乗り込んでくる。統一された衣装の黒い軽装スーツ。手にはブラスターマシンガン。全員フルフェイスのヘルメットで顔は分からない。

十人ほどの数の侵入者は乗り込んでくると、そのまま言葉もなく建物の中に入っていく。その足取りには迷いがない。


間違っても、寄せ集めの無法者や宇宙海賊なんかじゃない。


そして、最後に入ってきた男。

先の侵入者とは違う。サイボーグ?いや、あの装甲はバトルスーツ。それも…


オレの驚きをよそに、最後の一人は監視カメラに気が付いたように視線をこちらに向ける。

そして、ゆっくりとフルヘルメットに手をやる、ヘルメットを脱ぎ顔をさらしてこちらを見て右手を持ち上げ指をさす。

まるで何かを示しように。


精悍な顔だ。黒い髪。黒い鋭い目つき。あざけるような挑発的な笑み。

画像を止める。

その男に見覚えはなかった。

だが、その顔には特徴があった。


コンソールを操作して、その顔の左目の下にある独特の模様にカーソルを合わせて…


「そこまでだ」


聞きなれた声と共に、背中に小さな圧を感じる。おそらく万能銃の銃口をノーマルスーツの背中に押し付けられているのだろう。


「手を下げるな、ゆっくりと頭の上にあげろ」

「…」


相手も警戒する点がなにか十分に理解して指示を出している。

言われたとおりに、コンソールから手を放して頭の上に持って行く。


後ろの気配が動くと、オレの腰に差した剣を鞘ごと引き抜いて確保する。

おめでとう。これでオレは間違いなく無力だ。バトルスーツ相手に対抗する手段はなくなったよ。


「ちゃんと返してくれよ。知っていると思うが、お気に入りなんだ」

「…」


オレの言葉に返事はなく、頭の上の手を強引に背中に回されると、ガチャンという電子手錠の音がする。

そういえば、そんなものも常備していたよなぁ。


罪人の様に乱暴に椅子から引き立てられる。

ヘルメットで表情は分からないし、一言の説明も弁解も謝罪もない。


建物を出て、青い空を見ながら唇を曲げる。


「おう。ジーザス」

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