第89話 良き経営者というものだ

「もうちょっと手伝ってくれや」

「断じてNO」


オレは「NO」と言える日本人だ。

反乱軍の主義主張はどうでもいい。反乱する以上、現政府に不満があるのだろう。より良い国家を目指しての抵抗かもしれない。

だが、オレには関係のない事だ。

オレは、この星の住人でもなければ、そもそも共和国の住民でもない(記録上は現在受刑中)


そもそも、荷物を届けるのがオレの仕事である。その為の契約を結び報酬ももらっている。

言い換えれば、それ以外の契約は結んでいないし、報酬ももらっていない。責任も危険も負う必要がないのだ。


現状を確認すればわかる事だが、荷物を届けに来ただけの部外者が、包囲された主力部隊を救出するために、バトルドローンの一部隊を壊滅させ、さらに足りない物資を回収して提供までしている。


契約外の作業としては破格の働きだ。

サンバのお姉ちゃんが、客にキスまでしてくれるほどのサービスだ。


これ以上のサービスは明らかに過剰だ。これまでのサービスも適正かと言われるとちょっと自信はない。


「何、ちょっとした作業だ」

「なら、自分で頑張ってくれ」


いいから手を放せ!

と言いたいが、サイバーアームなのかバトルスーツの筋力サポートなのか、司令官の手はびくともしない。

残念なことに、オレは超人でも機械人間でもなく100%生身のナチュラルヒューマンだ。


「もう後チョットなんだ」

「そうか、カウントダウンは自分でやれよ」


いっそ、この腕を斬り飛ばしてやるか。さすがに、直情的かつ暴力的かもしれないが、命に別状はないはずだ。

人間には堪忍袋というのがあり、現在の状況でこの傍若無人な要求に対してなら正当性を見いだせるかもしれない。


「報酬は払おう」

ピクリ


…反応してしまった事は謝ろう。

でも言い訳はさせてくれ。さっきも言ったように過剰すぎるサービスをした。サービス残業なんて言葉があるように、このサービスに関して報酬は出ない。

つまり、努力の内容も浪費の補填もリスクに対する被害もすべて自腹だ。


仕事は終わった。そうなれば、受け取った報酬と掛かった経費から利益の計算をするのが良き経営者というものだ。


「世話になった分を上乗せしてもいい」

「…どれくらいだ」


振り向かずに口に出す。

しかし、上機嫌な答えが返ってきた。


「金はない。が、ここには食料品から武器弾薬だってある。荷物を持ってきた貨物室には空きがあるよな」


ゆっくりと振り返る。


「頼み事ってなんだ?」

「なに、この隔壁が開かなくてな」


そう言って肩越しに親指で刺した先は、通路を遮断している隔壁だ。相手の行動を制限させるために、有事の際に通路を隔壁で封鎖するのは基本的な戦略だ。


「ハックしようにも端末の電源を落としてアクセスをクリアにしちまいやがった」


隔壁の封鎖には段階がある。スイッチ一つでOFF/ONできる物もあれば、一秒でも時間を稼げるように、物理的に操作端末を破壊するなんてこともあるくらいだ。

隔壁操作を回復させるために時間と手間がかかるが、最悪な状況になる事を考えればましだという、文字道理最後の手段だ。


「壁を開けたみたいにここを抜けないか?この先はすぐにコントロールルームだ。そこを落とせば、このくそったれな状況も勝利で終わる」


そんな土壇場な状況である為、防衛する政府軍側も、援軍頼りの穴熊を決め込んだのだろう。


司令官に言われて、隔壁を軽くたたく。

硬化スチールだ。防壁に使われるオーソドックスな材質。確かに硬いが、宇宙船外壁の多重構造に比べると、ただ固いだけだ。

だからこそ、物理的に排除するのが手間になる。

となると…


「…宙空兼用の機動シャトルってあるか?」

「ここは軍事基地だ。より取り見取りだぜ。好きなの持っていけ!」


商談成立。


「うるさいのを抑えてくれよ」


ここは文字どおり最前線、物資を補給したとしても、敵の攻撃はさっきから途絶えていない。

周りに気を配る余裕はない。さすがに封鎖している最終隔壁だ。集中しないと剣筋がよれる。

隔壁は隔壁だ。区画を区切っている壁とは違う。

剣を上段に構える。


「ハッ」


気合の声と共に切り落とす。

そのまま、剣を脇構えに。つま先を回すようにして全身の力を剣筋に乗せる。


「ヤッ」


二回の攻撃で壁の厚さもわかった。後は、最終調整。


「タァ!」


…ガコン


一瞬の静寂の跡、重い音を立てて隔壁の一部に三角形の穴が開く。


「ハッハー。やってくれる。やってくれると思ったぜ!」


歓声の声を上げて肩をバシバシと叩く司令官。

お前は少し加減しろ。まあ、100%善意と称賛なので、文句はグッ腹の底に貯める。

これが大人の社会慣習です。


「一番いいシャトルをくれてやる」


そう言うと、司令官は部下に指示を出し、兵士たちが開いた穴から奥へと向かっていく。

このままここに残っても、敵部隊の集中攻撃を受けるだけなので、オレとヘックスも他の兵士に紛れるように隔壁の向こう側に移動し、彼らと一緒にコントロールルームへ向かう。


一部の兵士が残って足止めをするようだ。とはいえ、分厚い隔壁がバリケードになっており、敵部隊も簡単には突破できないだろう。

後はオレ達が持ってきたバトルドローンの援軍がくれば、逆に挟み撃ちする事が出来る。


コントロールルームでは最後の抵抗をしているようだが、虎の子のドローン達を向かわせてしまったので、もはや陥落は時間の問題だ。


当然、オレ達が手伝うようなことはない。

壁に背を預け、体の節々を確認する。特にいためた所はないが、さすがに全力の一撃を3連続だ。その前の戦闘もあり、疲れがないわけではない。


とはいえ、これ以上オレ達が手を貸す必要はないだろう。



そして戦闘が終われば、オレ達はシャトルが手に入る。

軍用シャトルだ。宙空兼用で当然戦闘力も有している。

前にも言ったが軍用のシャトルは一般的なシャトルとは違い高品質の純正品を使用している。当然、整備も専門家の手によるものがなされているはずだ。


さらに、基地を制圧したのなら、正規の発進コードでシャトルを受け取る事が出来る。つまり、シャトルの機能を100%使用できる。

正規の鍵を手に入れた黄金の宝箱だ。

その価値は計り知れない。


そして、そもそものオレ達の目的。

つまりルーインの住んでいた場所に移動するのは、空中を移動できるシャトルはまさしくうってつけだ。正直、戦闘のどさくさに紛れて船を盗もうか考えていたくらいだ。

それを、正規の報酬として受け取る事が出来る。


「運が向いてきたなヘックス」

「…」


オレの言葉に、ヘックスがこちらを向いて動きを止めた。


「…そうか、よかったな」


ヘルメットで表情は見えないが、なぜか呆れたような印象を受けた。



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アドベンチャーゲーム的な表現


ムサシ(笑顔)「運が向いてきたな」


ヘックス

  【今までどん底だった自覚があったのか】

  【これだけ下がっているんだ。そりゃ上がるさ】

→ 【そうか、よかったな】


ヘックスの憐憫ステータスが上がった。

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