第79話閑話 共和国少佐の愚痴

「3…2…1…作戦開始予定時間になります」

「本隊も戦闘を開始したな。よし。警戒速度を維持しつつ、予定の進路をとる。各艦ははぐれる事がないよう僚艦の位置に注意しろ」


当たり前の事を、あえて口にしながら共和国軍ジンクス少佐は、その命令を各艦艇に連携させる。

そして、そこまでしなければならない状況に、苦虫をかみしめたように口を曲げる。何せ、部隊を編成している半数が、士官学校の卒業生が艦長を務める艦なのだ。


銀河帝国との開戦以来、共和国は厳しい戦いを余儀なくされていた。

国力差は3対1。共和国側が有利ではあるものの、こと軍事力という意味では互角だ。理由は分かっている。帝国軍は旧共和国軍から離反した艦隊に、勢力下の星系の私設艦隊を組み込んで運用している。

それに対し、共和国軍に協力する星系独自の戦力は、戦火に巻き込まれた星系の部隊がせいぜいで、近隣の星系ですら自国防衛を理由に国境線に戦力を集めるだけだ。


その苦境は人材という点でも例外ではなかった。


開戦から一年が過ぎ、当初の混乱が一段落した共和国は、足りない戦力を補うために、軍学校の教育内容を早期カリキュラムに変更していた。

軍事教練を短縮させ、候補生を繰り上げて卒業させる事で人員を回復させようとしたのだ。


その結果、一年分の実地研修を“短縮”された士官学校卒業生が、正規の軍人として最前線に赴任する事になった。

それも、通常なら中尉以上の階級が必要となる駆逐艦の艦長として。


通常、士官学校卒業生は少尉の階級を与えられ1~2年の実務経験の後に中尉に昇進する。そして副艦長などを経て指揮官としての経験を積み、艦長に着任するのである。

しかし、戦力の回復を第一とした政府は、士官学校成績優秀者にたいして実務経験を完了したと“みなし”艦長に着任させたのである。


こうして、実務経験を持たない新米艦長が前線に配備されるという喜劇のような悲劇が発生した。




もっとも、軍の司令官や幕僚だって馬鹿じゃない。そんな不安要素を艦隊に組み込むような愚は犯さなかった。

そこで、新米艦長の乗る船を集め「別動隊」と名付け、迂回行動で敵側面を攻撃する部隊と思わせながら、主戦場から遠ざけつつ戦場に慣れさせる作戦を立案。


そんなヒヨコ艦長どもの「お守り」をさせられているのが、迂回部隊の指揮官である自分だ。

心の片隅に湧き上がる「昇進しなければよかった」という愚痴に蓋をする。


はっきり言うが、この迂回作戦が成功する確率は低い。いや、失敗するだろう。

駆逐艦やフリゲート艦で構成された別動隊の機動力は高いが、迂回進路は当然直線よりも距離があり時間がかかる。

本気で側面攻撃を計画するなら、僚艦が脱落することもいとわずに、迅速な機動行動をとって敵艦隊を強襲しようとするだろう。


もちろん、そんな難しい運航を未熟な艦長が指揮する船に期待するのは土台無理な話だ。半数が新米艦長である以上、迂回部隊は確実に半数以下になるだろう。


安全を重視し時間をかけて移動する事により、敵軍に察知され迎撃部隊を編成されて側面攻撃は阻まれる事になるだろう。

我々は、その迎撃部隊と軽くひと当りして、迂回作戦が失敗したことを理由に撤退し本隊に戻る。

遠距離から牽制の撃ち合いだ。よほど運が悪いのでなければ新米の乗る船でも沈むことはないだろう。そして、少なくとも新兵どもは敵と砲火を交えたという実績を積める。


「まもなく、ポイントP7に到着します」

「よし、各艦状況を報告」


惑星の衛星軌道上にあった廃棄ステーションが近づいてきた。


出撃前のブリーフィングでは、「このデブリに紛れ込むことで敵の索敵の目をかく乱させる」とか仰々しく言ったが、そんなものはおためごかしだ。

それを理解している同僚達は作戦内容の“本当の理由”を読み取って皮肉げに笑っていた。

帝国の使っていた探知機は共和国と同型だ。この程度で誤魔化されてくれるのは、したり顔で聞いている新米艦長どもと同レベルの相手くらいだろう。


各部隊の艦艇からの報告を聞く。

さすがに、移動するだけで脱落するような船はなかった。まずは安心というか、そうなる心配をしなければならない当たり、問題が出ていないにもかかわらず気が滅入る。


とりあえず、まずは一段落と一息入れた所でオペレーターから報告が入った。


「艦長。シールド反応!艦艇。数1」

「船体確認!」

「サー。スキャン開始…エネルギー反応!」


オクターブの上がったオペレーターの言葉に、一気に警戒レベルを上げる。

しかし、エネルギーによる光線は正体不明船からではなく、部隊内の僚艦から発射された物だった。


「発砲は僚艦ベルチーニです」

「すぐに攻撃を止めさせろ!全艦艇にも同様に通達!」


攻撃命令を出していないのに攻撃を始めた味方艦に、即座に攻撃停止の命令を飛ばす。逃げ遅れただけの民間船だったらどうする気だ。

せめて、船籍を調べてから…


「不明船加速。ワープエンジンの起動を確認」

「重力弾発射。3秒後に爆破」

「サー。重力弾発射します。3…2…」


そりゃあ、攻撃されれば誰だって逃げ出すだろう。

とはいえ、正体不明のまま逃がすわけにはいかない。敵偵察機の可能性だってあるのだ。少なくとも、船の形式を調べるまでは逃がすわけにはいかない。

重力弾の爆破によりワープでの逃走を妨害しつつ、こちらの索敵結果が出るのを待つ。


「重力波を検知。ワープエンジンの停止を確認」


もし敵艦なら…ワープで逃げられないよう妨害を継続しつつ新米どもの戦果とするか。もっとも、そうであっても我々の所在は帝国艦隊に知られるだろう。

重力弾による妨害はワープによる移動を邪魔するだけで、通信を妨害するような機能はない。


「艦長。船体解析終わりました。商用船「チャプター」です」

「民間船か」


艦隊のワープアウトによって、廃棄ステーションに身を潜めていたと言ったところか。

僚艦の攻撃が当たらなくてよかった。

しかし、安堵のため息を吐くより、オペレーターより報告が入る。


「商船チャプタ―より、艦載機の射出を確認。無人機です」

「民間船から?」


民間船に似つかわしくない兵器が飛び出してきた。

違法船の可能性が出て来たな。とはいえ、現在は軍事行動中だ。犯罪の取り締まりは作戦行動外の作業である。


「駆逐艦ベルチーニからミサイル発射を確認!」

「馬鹿な!やめさせ…いや、艦長を呼び出せ!」

「サー。回線つなぎます」


船のメインモニターに血気盛んな若者が、目をらんらんと輝かせて敬礼する。

その得意満面の顔に、ジンクス少佐はさっそく怒声を浴びせかけた。


「誰が攻撃せよと言った!」

【あの船は敵の偵察機の可能性があります】

「私は攻撃するなと命じたぞ!」

【少佐。あのタイプの船体に艦載機は搭載されていません。あの船は商用船にカモフラージュした帝国の軍用船の可能性があります】

「私はその判断を貴官に求めてはいない!命令に…」


モニターの向こうで、駆逐艦ベルチーニから撃たれたライト級ミサイルが目標に命中し爆発する。

民間船に軍事ミサイル攻撃…最悪の事態が想定される。

しかし、ミサイルの爆発の後には、今だに航行し重力波の範囲外へ逃れようとする商用船の姿があった。


【ミサイルの直撃を受けて健在だと!?シールドが強化されている。やはり帝国の軍用船に間違いない。主砲準備!重力波から離れた瞬間を狙え。絶対に逃がすな!】

「少尉!やめろ…ええい!副長。今すぐ少尉を止めろ!攻撃はするな!!これは命令だ!!」

【「艦長おやめください」「何をする軍曹」「命令です」「な、敵を…」】


回線の向こうで複数人が入り乱れる駆逐艦ベルチーニのブリッジ。

それを見ながら、疲れたようにため息を一つ吐く。


あいつの頭の中には、この世の中に敵と味方しか存在していないのか?

船の強化は民間船にも許されている。当然、武装だって可能だ。戦闘中の星域に来る船だ。それが違法か合法かはともかく、武装を強化させるという選択はおかしな話ではない。

そんな事すら分からなくなっているあたり、興奮しすぎた新兵の頭を冷やす必要がある。


「艦長。商用船が重力波の範囲を抜けます」

「行かせてやれ。向こうもこの件で突っ込むことはないだろう」


商用船側から降伏の通信も非難の連絡もなかった。という事は、あの船もまともな船ではあるまい。廃棄ステーションにいた事を考えると、残っていた物資を不法取得しようとしていた可能性もある。


だからと言って軍事行動中に、関係ない捕り物などできるわけがない。

こちらは誤って攻撃してしまったが被害がほとんどなく、向こうは不法行為が追及されずに逃げました。

それでおしまいだ。



しばらくすると、元艦長の新米少尉ではなく、老齢の軍曹がモニターに顔を出す。

駆逐艦ベルチーニの副艦長だった軍曹だ。

向こうも疲れたような顔をしている。おそらく血気が盛すぎる新米艦長には手を焼かされたのだろう。


「軍曹。貴官を戦時特権で准尉に臨時昇進させる。以後、ベルチーニの指揮を取れ。判断に迷う場合は、本艦の指示を仰げ」

【了解しました】


軍曹の敬礼と共に通信が切れる。歴戦の軍曹だ。自分の領分をちゃんと理解している。士官教育を受けていない以上、命令がなければ勝手な行動はとらないだろう。

元々、新米艦長達にもそれを求めていたのだが、それすらできないのだから、乾いた笑いを浮かべるしかない。



そして、改めて状況を確認する。

重力弾による重力波の発生に、ミサイル攻撃による爆発光。いくら交戦中とはいえ、これを見逃す帝国軍ではないだろう。

想定通りに、帝国軍の迎撃部隊が出てくるだろう。それと軽く戦闘して撤退する。当初の予定通り何も変わりはしない。


運が良ければ成功するかもしれなかった迂回作戦が、成功しなくなっただけの事だ。


何も変わりはしない。



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というわけで、実は主人公もポカをしていました。

最善の行動は、最初の砲撃の後、通信で民間船である事を告げて降伏する事です。

しかし、お尋ね者で無法者の主人公のとっさの対応に、共和国側に投降するという発想は出てくるわけもなく、抵抗(逃走)してしまったというわけです。

つまり、自業自得だね。

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