第79話 悪魔の手段を取られる前に逃げるに限る

動き出したことで使えるようになった周辺モニターにビームの光条が横切る。


「シールドは!」

「砲撃は逸れました。問題ありません」


オレの問いにルーインが答える。どうやら当たりはしなかったらしい。移動し始めていたことが功を奏したようだ。

同時に周辺を確認していたビアンカがビーム砲を放った原因を見つける。


「艦艇を捕捉。数は十数隻」

「ジーザス」


モニターに映し出される光景には一塊になっている艦艇だ。

軍用のエネルギー検知で存在がばれる事を危惧して、稼働する機能を最小限にした事で、(宇宙距離的)周辺のスキャンが出来ていなかった。一応、光学観測での確認をしていたが、広大な宇宙空間を数人で監視しているだけでは当然見落としが出る。


とはいえ、あの艦隊はオレ達がここにいたから来たわけではない、チャプター号が動き出したところに運悪く別動隊がいたというだけだ。

運が悪いにもほどがあるが、嘆いたところで意味はない。


「最大船速。リミッターもカット。スキャンは停止。シールド稼働に回せ」

「了解」


逃げる為にも速度を上げる必要がある。とはいえ「チャプター号」は、前の船とは違い速度は出ない。さらに、スイッチ一つでリミッターをカットできるような簡単構造はしていない。

だが、できる事はすべてやるしかない。


運が悪い中ではマシなのか、まだ距離があった事で初弾の攻撃が命中する事はなかった。撃たれたビーム砲の威力によっては起動し始めたシールドを貫通していた可能性もあったのだ。

命中しなかったのは、相手の船との距離があったから。ビーム砲の射程範囲ではあったものの、有効射程距離ではなかったからだろう。


ちなみに、射程範囲は命中すれば影響が出る範囲。つまり攻撃が届く距離。有効射程距離は想定の被害を与えられる距離だ。

要するに、射程100mの銃の弾丸は100m地点に弾が落ちるわけではなく、そこから威力を減り弾道がブレ、速度が0になったところで落ちる。失速している状態で命中しても100%の威力ではないという話だ。

当然、ビーム砲であっても、有効射程距離を超えれば威力は減衰し、命中率も極端に下がる。


それを補うために複数の船で集中砲火すると言った悪魔の所業(基本戦術)もあるのだが、今回は砲撃してきたのは一隻だけだ。



対処しようのない悪魔の手段を取られる前に逃げるに限る。

ワープエンジンは起動しており、後は計算を終えるだけだ。ラピッドワープを考慮してエネルギー残量を…


「重力波を感知!重力弾です!」

「おう。ジーザス」


しかし、ワープ準備をしていたルーインからの報告は絶望的なものだった。


前にも言ったがワープをするには様々な要素が必要になる。惑星の位置や彗星の軌道。大規模なデブリや電磁波。さらに大規模戦闘による高エネルギーの奔流や余波。

そして、なにより重力だ。惑星や恒星が存在するだけで重力を持ち、それによってワープの計算に影響が出る。


当然、それが完了しなければワープ機能は正常に働かない。正確にはワープアウト地点が正しく算出されないのだ。正しくワープ計算をしないでワープするという事は、目隠しでラッシュの幹線道路を横切るようなものだ。

文字通り綺麗なお星さまになるだろう。


それを逆手に取ったのが重力弾だ。ミサイルの一種で、これを爆発させる事で小規模な重力空間を疑似形成する。もちろん軍事兵器だ。

こうして発生させた重力でワープの為の計算を妨害する事ができるのだ。重力空間内は乱気流のように強弱の重量を発生させるため、その都度ワープ計算をやり直しワープする事が出来なくなるのだ。

この重力弾は命中させる必要すらない。疑似重力の影響範囲内に相手の船が入ればそれで効果を発揮する。相手の船の性能も機能も無視したワープ妨害の手段である。


「ウィル!艦載機射出」

「え?あ、はい。艦載機出します」

「攻撃指定は不要。チャプター号に随行させろ」


重力弾には一つ大きな欠点がある。それは相手の船を重力の範囲に入れなければならないという、その用途に大きくかかわる。

つまり、発生した重力が邪魔をしてビーム砲の軌道を曲げてしまうのだ。有効射程範囲内であっても乱気流のような重力によって別方向にそれてしまう。


だからと言って絶対に攻撃されなくなるわけではない。

重力に左右されない兵器を使用すればいいのだ。


たとえば自動で軌道を補正して飛行する艦載機。

そして、もう一つが…


「ミサイル発射を確認。ライト級4発!」


軌道がズレても目標を自動追尾するミサイルである。


「追加シールドを展開。着弾カウント」


ルーインの報告に対応する。前にも言ったが、ミサイルは絶対命中の兵器だ。それも軍事用のライト級ミサイル。直撃したら民間船ではタダでは済まないだろう。


「6,5,4」

「艦載機散開!」

「は、はい」


オレの命令と共に、随行させていた艦載機が散らばる。同時に、半数のミサイルが艦載機に向かって軌道を修正させる。

ミサイルの目標を自動追尾する機能を利用して、艦載機をデコイにしたのだ。シールド機能を持ち独立行動を取る艦載機と、目標となる艦艇の区別がつかないミサイルの追尾機能の穴をついた戦法だ。


もっとも、すべてのミサイルを騙せるわけではない。


「2,1着弾!」

「対ショック姿勢」


ドン!ドン!


予想しているほどの衝撃は来なかった。ミサイルの威力は増しているはずだが、船が大きいからかシールドが高性能だからかは分からない。

少なくとも、オレの座席もオレの尻も無事だ(過去の経験)。


「被害状況!」

「追加シールド消失。本体シールドは残り57%」


虎の子の追加シールドと、切り札の艦載機を使ってコレである。

前の船なら吹っ飛んでいたかも。いやシェイク号なら、こうなる前にワープに入っていたか(希望的観測)。


「重力波から出るぞ」

「ワープ計算再開!」


ヘックスの言葉に、ワープを指示しつつ、意味はないとわかっているが、モニターに映る艦隊に目を向ける。

重力の範囲を出た以上、砲撃も可能になる事を意味する。唯一の救いは、ミサイルを撃ったのは十数隻の船のたった一隻だけだ。

最初の砲撃も一隻からの一発だけ。

つまりは、全力でこちらを撃墜しようと行動したわけではないという事だ。


まあ、前にも言ったけど、オレ達の為に十数隻の戦闘艦を用意する必要はないからな。

実際に、ミサイルを撃ってきた駆逐艦一隻で、こちらは逃げの一手しか取れていないのが現状だ。


「ワープ入ります」


救いの女神のようなルーインの言葉と共に、チャプター号がワープに入る。

さすがに、この状況になれば攻撃される心配は不要だ。


「とりあえず、ラピッドワープの準備をしてくれ」


そう言って、大きく座席に体を預けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る