第78話 船が壊れて放り出される前に動いてくれよ

ざっと目に付くデータと記憶装置を回収して、船に帰る。

帰り道はちょっと横着した。

律儀に入ってきたハッチから出るのではなく、壁を切り裂いて出ただけだ。


壁の一部を他のデブリからの盾にして、船に戻ったわけだ。

切り取った壁もデブリみたいなものなので、問題はないだろう。




とりあえず、回収した記憶媒体を居住ブロックの一角に放り投げてブリッジへ。


「状況は?」


ブリッジに入ると暗いブリッジで三人が席について、それぞれの端末を操作していた。

シールドを切って、見つからないようにデブリの一つに擬態している以上、エネルギーを使う行動は制限される。


結果的に、各種センサーは稼働できず、船の光学観測のデータを個別に分析して確認しているようだ。

草むらに立って双眼鏡で昆虫を探すような、めちゃめちゃ面倒くさい作業だ。まあ、他にできることがないので、それは仕方ない。


「操縦を変わる」


ヘックスがチャプター号の操縦席にいるウィルと入れ替わる。

シールドを切っている為、漂っているデブリを物理的に避けていたのだ。


「少しぶつけましたが、外装を突き破られてはいません」

「十分だ」


オレとヘックスに報告するように説明するウィルに笑顔で答える。空気漏れするほどの被害が出ている可能性すらあったのだ。そうなれば、臨戦態勢の艦隊に見つからないように神様に祈りながら修理する必要があった。

多少へこんでいる程度ならどうという事はない。


「艦隊の位置は」

「共和国側の艦隊の位置は補足しています。惑星の頂点部です。帝国側は惑星の向こう側なためわかりません」

「よし、片方が分かればそれでいい。一勢力だけじゃ戦争はできないからな」

「ワープするエネルギーはあります」

「ダメだ。まだ待て」


銀河共和国と銀河帝国の艦隊が少しでも有利な位置を取ろうと、全力で相手の情報を集めている状況だ。

そんな中でヘタに動けば、両艦隊の索敵に引っかかる。その結果は、前に就職した「(株)モロボシ」の本社宇宙船の行く末と同じだ。

少なくとも、些細なイレギュラーはスルーされる状況まで待つ必要がある。


ジリジリと時間だけが過ぎていく。


こちらも、いつまでも隠れ続けられるわけではない。

チャプター号が隠れている場所がデブリ漂う廃棄コロニーだ。それも、周囲のスキャン機能も切っており、光学観測からの軌道分析でぶつかるデブリを見つけて軌道修正して避けている状況だ。

つまり、すべてのデブリをよける事など不可能だ。


ゴゥン


鈍い音と共に、少し大きめの振動に揺れる。

そして、毎回デブリを完璧に避けられる保証もない。


「…」

「…」


操縦するヘックスがコンソールに手を伸ばして操作すると、揺れが徐々に弱くなりやがて止まる。

さすがに、小さな破片で穴が開くようなやわな外装はしていないが、それだっていつまでも持つ保証はない。


「船が壊れて放り出される前に動いてくれよ」


ヘックスが皮肉げに聞いてくる。

たとえ、船体に穴が開いて空気が抜けたとしても、ノーマルスーツを使用しているので窒息する事はないだろう。ただ、現在進行形で空気を消費しているので、何時間でも耐えられる状況ではない。

最悪、推進ボードの予備空気を使いまわして、時間を稼ぐ事すら考慮しなければならない。


そこまでして時間を稼ぐ理由は一つ。


「逃げるのは両軍の戦闘が始まってからだ」


当たり前だが、艦隊の目的は敵艦隊の撃破だ。


「兵隊さんがお仕事に集中している時なら、オレ達がトンズラしたって手を出す余裕はないさ」


その悪い例が、前に就職した『株式会社モロボシ』だ。

両軍が出て来た所に、シールドもエネルギーもバリバリ全開で営業中。さらに、その周囲には有人艦載機がブンブンと飛び回っている状況だ。

双方の軍からすれば、味方ではない空母が有人艦載機を展開中だと誤認するだろう。

どう判断しても「とりあえず沈めておけ」という命令以外ありえない。


いつ戦闘が始まるかは、どちらかの艦隊を見ていればわかる事だ。

光学観測データで共和国の艦隊を補足している。そして、高出力のビーム砲はその威力ゆえに宇宙では目立つものだ。


「艦隊方向に発光を確認」

「まだだ。まだ最初の牽制だ。ガッツリ食らい合うまで待つんだ」


ウィルの観測していたモニターを肩口から覗き込みながら、細い光が双方を飛び交うさまを確認する。

やがて、ぽつりぽつりと大きな光が瞬く。

船が爆発した光か、ミサイルが命中したのか。ともかく、遠距離からチマチマビーム砲を撃つだけの戦いではなくなった。


「よし。被害が出始めたな、移動を始めるぞ」

「エンジン始動」

「稼働し次第ワープで飛ぶぞ。同時に船体状況のスキャンで被害状況を確認」


後は、ワープ先で破損個所の修理だな。

エンジンが起動すると、各種システムが動きブリッジの稼働ランプが次々に光り出す。同時にシールド機能が稼働し船体を覆うようにシールドが展開される。

これで、デブリによるこれ以上の被害の心配はなくなった。


さらに、メインブースターに火が入りデブリだらけの場所から移動を始める。

ヘックスは慣れた様子でワープ方向に船体を向けて軸合わせをする。

ワープエンジンの稼働信号が光り、ワープ移動の計算を開始を知らせ…


「高エネルギー反応!砲撃が来ます!」


突如、ルーインの悲鳴のような声が響いた。


「おう。ジーザス」

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