第74話 もう知~らね

無人運転モノレールで、黒コートのサイボーグと対峙した。


当たり前だが、全身義体のサイボーグと、普通に身体能力で勝負しても結果は見えている。

黒人型短距離走人形「カ〇ル君」と競争しても勝てるわけがないのだ。


だが、これは「よーい、どん」で始めるスポーツではない。

手でビアンカに離れるように指示すると、ゆっくりと黒コートに向かって歩く。


この状況で分かる事もある。

つまりこのサイボーグは、モノレールを占拠しているとはいえ、問答無用で撃ち殺したり、大火力の高連射ガトリングで跡形もなく吹っ飛ばすような事はしてこない。

身分不定のオレ達を殺そうとして来ていない段階で、彼らの目的はオレ達の身柄の確保か無力化だ。脅迫か情報の取得か、それとも何か別の目的か。


まあ一見すれば、オレは非武装の一般人で、ビアンカは護身用の小型銃を持たせただけの少女だ。普通に考えたらサイボーグ一人を差し向けるだけでも過剰戦力である。


そして、バトルスーツを着ているわけでもなければ武器もない生身の大人一人が、正面から向かってきたところで、サイボーグが脅威を感じるわけがない。

未来から来た殺人ロボットに、最初に衣服を奪われる立場と思えばわかるだろう。ムキムキマッチョロボが返り討ちに合うと考える観客は一人もいないはずだ。


チンピラ風情のおっちゃんが威圧するように向かって来る姿は、サイボーグ当人からしたら鼻で笑える虚勢に見えるだろう。


それが狙いだからな。


モノレールの車両の中だ。距離だってそこまで離れていない。

ゆっくり近づき、後二メートル。


【無拍子】

一足飛びに彼我の距離を潰し同時に剣を引き抜く。


さっきも説明したが、人間の身体能力ではサイバーウェアにはかなわない。

だが、サイボーグであろうとも、相手の行動を認識して反応するプロセスは、生身の人間と同じだ。

どれだけ身体能力を強化しても、人として対処しようとする時間は変わらないのだ。

オレが行動したと認識する事を誤魔化す【無拍子】は、サイボーグが相手でも『人間の判断力』という生身の部分の不意を打てる。

認識が遅れた以上、相手がサイボーグであろうとも先手を取れる。


とはいえ、相手はそれでも人間の限界を片手間に超えるサイボーグだ。オタオタしてくれればいいがそんな希望的観測ではなく、最悪の想定をしなければならない。

つまり、不意はうてても人間の能力以上の速さで反撃している可能性だ。


剣を鞘から抜いて振りかぶるだけの時間すら惜しい。

だから、抜きながら切る。

鞘から剣を抜き現れた刃を跳ね上がった右腕に当て、剣を抜く腕と無拍子で踏み込んだ移動速度で刃筋に速さを乗せる。

前に軍用ドローンの重ブラスターを斬ったのと同じように、刃を走らせる事で切り飛ばそうというわけだ。


オレの目論見は半分成功した。


サイボーグの金属の腕部もそうだが、着ているコートも対ビーム素材の簡易防護服だ。対ビーム素材を繊維状にして編み込んだ装備で、一般人にも溶け込みやすいカジュアルな外見だ。着心地と通気性は極めて悪い評判の悪いが、サイボーグにはどっちも不要な評価だ。


ともかく、そのおかげで刃をすべて滑らせたものの、腕の半ばまで断ち切っただけだ。そのまま剣を振りぬけば、切断できたかもしれない。


だがオレは、左手を刃が断ち切ると同時に、右腕が動く事を【観る】事ができた。


機械の動きは素直だ。それはサイボーグの駆動も同じ。その動きは合理的だ。ならその行動に反応するだけでいい。そう見切った事でオレの体は動いた。

機械の左腕を刃で切り裂きながら鞘から剣先が抜けた所で、腰をひねって剣先のねらいをさだめ、鞘をつかんでいた左手で剣の柄を押しながら、そのまま相手の右腕に突き入れる。

剣先は、相手の右肘まで分かれて姿を見せた内臓銃の銃身に突き刺さり、貫いてモノレールの壁に縫い付ける。


不意打ちからの対応に驚いたのか、半分口を開けた間抜けな顔をこちらに向けるサイボーグ。


だが、もう遅い。足の位置を置き換えて体を起こすと、クルリと回転させる。

剣先で壁に縫い付けたまま、体をひねり、最後のギリギリまで力を貯めて、剣を引き抜き体の回転を加えて加速させる。

ギリギリまで縫い付けられた右腕のせいで、相手は移動する事もできない。

サイボーグの両手から剣が抜けるが、左手はほぼ断ち切られて使えない、右腕の内臓銃も刃で貫かれて壊れている。


ザン!


後は、最大の勢いを貯めた剣で、攻撃手段を奪われたサイボーグの頭を断つだけだ。

頭部がボールのように弧を描いて転がり、誰も座っていない座席に跳ね返って床に落ちる。


ドゥ


一拍子遅れて、機能を失った機械の体がそのまま倒れ込む。


「…ふぅ」


それ以上動かないことを確認して、軽く息を吐いて剣を鞘にしまった。




さて、これをどうするか。

当たり前だがモノレールは公共の乗り物である。サイボーグが威圧することで乗車拒否できても次の駅に着いたら乗客は普通に乗り込んでくるだろう。


そんな所に、倒れた首なしボディが横たわっていたら騒動になるだろう。

このステーションから逃げ出すまでは、余計な騒動は勘弁してほしい。


というわけで、倒れた体を起こして車両の端の椅子に座らせる。壊れた両腕をポケットに入れて見えないように偽装。

床に落ちていた鍔のついた帽子を、断ち切られた頭の上において、一見眠っているようにも見えるように装う。


これでいいかな。


「ムサシさん。コレ」


一仕事終えて両手をパンパンとはたいていると、ビアンカがそれを拾って持ってきた。


斬り飛ばした頭部だ。


「…」


機械とは言え、人型の頭部を手にできる根性は感心する。開拓民の一族だからだろうか。

まあ、それはともかく危険なブツが残っていた。

どこに置くか。切れた首の上においてもまた転がり落ちるだけだろう。安定した膝の上か。それとも、隣の席において「修行中です。触らないでください」とか書いてもダメだろうか…ダメだろうな。

ああ、もう面倒だ。


ガタン

「そぉい!!」


モノレールの窓を開けて、そのまま頭部を外に放り投げた。

その行動に目を丸くしたビアンカに笑顔を見せる。


「さっさと逃げるぞ」


どうせこのステーションからは逃げ出すんだ。

もう知~らね。

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