第72話 ご機嫌を取ろうとしたら状況が悪化する
特に戦闘に巻き込まれることもなく、無事にこの星系唯一の中央大型ステーションに入港する。
とはいえ、戦場となっている星系のステーションだ。いつ攻撃されるか分からない。
ステーションの周りには侵入防止用の機雷が設置されており、ステーションからの誘導がなければ、ドカンといくだろう。
その周囲には、さらに護衛艦らしい船まで見える。
もちろん、こっちは正規の取引きなので、指定のコードで照会してもらい、正しい手順で入港する。
見れば、ドックには共和国軍の小型艦やシャトルも停泊していた。
戦時中とはいえ365日24時間精神をすり減らしてドンパチしているわけでもない。小康状態であるなら兵士の士気を保つために休息させる事もある。
さすがに、別星系へ移動する事はできないが、即時連絡可能な後方のステーションで、つかの間の休息を楽しむくらいはできる。
そんなわけで、オレとビアンカはステーションに降りる。
ヘックス達は船で留守番だ。厳戒態勢のステーションにバトルスーツで完全武装のヘックスが歩き回るのは、いらない誤解を生む。
その点、オレに関しては一般的に武器と呼ばれるものを持っていない無害な人間だ。え?腰に差した鞘の中身?
ステーションに降りたのには理由がある。
まあ、この星系にビアンカの故郷であるステーションがあるのだ。彼女の故郷の現状が一番わかる場所でもある。
というわけで、向かったのは星系案内所だ。
サービスエリアの交通路情報とか、駅の観光案内に近い、その星系の旅行者向けの案内所だ。
「本日ハドノヨウナゴ用件デショウカ」
シャッターだらけの通りを抜けて、小さな案内所に向かう。
人がいないせいでガラガラだ。部屋の片隅にいる人型ドローンが挨拶する。
「星系情報が欲しい」
「ハイ。現在戦時体制ノ為、安全基準ノ策定ガデイナイ状況デス。行動ハ最小限ヲ心掛ケテクダサイ」
機械的な回答と共に、カウンターに3D星系マッピングが表示される。
辺境の星系であり人口比率などそれほど高くはない。主な産業は水資源。水でおおわれた惑星があり、それを飲料水や工業用水に加工するのが主な産業だ。
大規模なステーションは首都ステーションくらいなもので、後は小型の個人ステーションが点在するだけの、文字どおり辺境のステーションだ。
戦場になっても、物理的被害は最小限で済むという話である。侵略側も防衛側もその方が都合が良いのだろう。
「必要ナ情報ヲ入力シテクダサイ」
オレが入手しているのはビアンカのいたステーションの情報だ。
実際にどれくらい離れているのかを、3Dマッピングで視覚でとらえておく。
…いや、デジタルで見たら頭で想像できるほど慣れているわけではないのでね。昔ながらの方法でしか地図を呑み込めないんだ。
とはいえ、表示されたステーション情報は廃色塗りだ。
「このステーションの情報をもらえるか?」
「現在PPD-22Cハ通信途絶状態デス。光学観測デモ稼働ハ確認サレマセンデシタ」
「このステーションからの避難民に関する情報は?」
「現在、該当すてーしょんカラノ避難民ハ確認サレテオリマセン」
「詳細データをくれ」
「でーたヲ通信シマス」
送られたデータを携帯端末で受信して確認する。住民は30人程。資源開拓用の小型ステーションで、他と違うのは農業プラントを追加している事位だ。豊富な水資源を利用した農業産業開発の試験をしていたらしい。生産物の含有栄養素データなどが表示される。
得られた情報に不審な点はない。
ここで得られる情報はこんなものだろう。
というわけで、次に向かったのは、いかがわしいエリア歓楽街だ。
別に、最年少の少女ビアンカをつれてお楽しみに来たわけではない。そんな特殊性癖はない(断言)。
ただ、指定された店舗へ行くだけだ。
なぜだろう。何一つ誤解が解けていない気がする。
まあ、ハーンの請け負った仕事の荷物の納入をするだけの話だ。
ハーンの仕事内容のすべてを知っているわけではないが、最初にハーンに出会ったときは、グレーゾーンの風俗業界へ商品の輸送途中だった。
同業種とコネや縁が深いと見るのが普通だろう。
まあ、下半身事情であっても仕事は仕事。
今までで一番合法的な代金を得られる機会だ。
「調子はどうよ」
「ボチボチやってるよ」
こちらの出した依頼データを見て、貨物のスキャン結果と照らし合わせて、目的の商品を受領した手続きを取ってもらう。
まあ、代金は公共機関である金融機関での決済なので、当方の成人二名(密入国者と賞金首)が正規の口座を持てない以上、ハーンから直接分け前をもらうしかない。
合法的な代金なのに、入手方法が非正規な手段です。
まあ、この仕事の目的はこれだけではない。
「最近、新しい子とか増えているのか?」
「いいや。余裕のあるやつはさっさと別の星系に逃げているよ。残っているのは店に縛られた子ばかりさ。兵隊さん相手だ。消耗も激しいのに代えも効かないときてる」
疲れたような細身のパンキーな男が、皮肉げに肩をすくめながら教えてくれる。
初対面だが、依頼してまで求めていた商品が来たのだ。機嫌も良くなろうというものだ。
着の身着のままで逃げた結果、生活の為に身を売るという話は聞かないでもない。
ビアンカのいたステーションから逃げた避難民が糊口をしのいでいるかもしれないと確認してみたが、そういうわけではないようだ。
「とはいえ、今回の荷物のおかげで、少しは女の子達も楽になるさ。稼ぎ時には変わらないからな」
「ま、誰も不幸にならないなら良い事さ」
「次の仕事もお願いしたいね」
「それは、ウチのシャチョーの機嫌次第」
非正規の輸送業者なので確約はできない。なので、非実在責任者にすべて丸投げする。
「上がガメツイのはどこも一緒か」
「お互い苦労するよな」
荷物を確認し終えた業者が受取証を発行してくれる。それを受け取り依頼人に送信して、仕事は終了だ。
「…」
「…」
「なんか、うまいもんでも食って帰るか」
繁華街から出た所で、一緒にいるビアンカに声をかける。
星系案内所を出てから一言もしゃべらなかったが、案の定ビアンカにいつもの元気はない。
自分の生まれ故郷が破壊されて、家族や知人の安否が分からないのだ。不安なのは仕方ない。
「なんか食いたいものあるか?知っている店でもいいぞ」
仕事も終わってまっとうな金が入る事だしな。
そもそも、ビアンカの故郷がこの星系にある小型ステーションだ。このステーションに買い出しに来ていた可能性が高い。
気晴らしになるなら、多少の出費位いいかな。そう思ったのである。
「…」
「…」
こうきたかぁ…
ビアンカの連れて行った店はシャッターが下りていた。
表通りから少し入った裏通りの商店街はシャッター通りとなっていた。
確かに同じ星系でドンパチやっている中で、チマチマ個人商店を営業しているわけがなかった。
ご機嫌を取ろうとしたら状況が悪化する。いつもの事だ。
「ねえ。ムサシさん」
「ん」
「アレ」
どうした物かと困惑していると、ビアンカが袖を引く。
ビアンカが指さす方向を見ると路地の先の十字路に自動販売機があった。見に行ってみると飲料の他に、ホットスナックの自動販売機もあり稼働している。
別に珍しくもない冷凍食品を自動で補充するタイプの販売機だ。住民がいなくても自動で補充しているのだろう。
「これでいいのか?」
「うん」
気を遣わせたかな。と思いつつ、コインを自販機に投入。チープなホットスナックが温められて出てくる。
ビアンカに渡し食べさせている間に、自分用にもう一個購入。
ついでに、隣の飲料の販売機で飲み物も購入。
壁を背にして二人で、アツアツのホットスナックをパクついていると、通路の先が目に入った。
シャッター通りだ。さっきも言ったように個人商店なんてちゃちな店を経営している住民は、さっさと避難している。まともに営業している店なんて自動補充している販売機位なものだ。
当たり前だが、そんな商店街に通行人なんかいるわけがない。
兵士用の歓楽街などはもっとメイン通りの方だし、逃げる事が出来ない貧民はこんな一般市民の生活圏には入れない。
戦時中とはいえ、治安維持組織も健在で、警報装置もまだ生きているのだ。
だから、明らかに荒事専門という風体のサングラスをつけたゴツイ男が二人。まっすぐこっちに向かってきている姿ほど不自然なものはなかった。
ご機嫌を取ろうとしたら状況が悪化する。いつもの事だな(本日二回目)。
「おう。ジーザス」
そう呟いてから、缶ジュースを一気飲みした。
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