第71話 カタギの世界に近づいている気がする
当たり前だが、他国との戦闘を繰り広げている領域は危険地帯だ。
そんなところに、民間船がウロウロしていたらどうなるかは火を見るより明らかである。かつてオレが就職していたデブリ回収業社(本社)がどうなったかは、改めて言う必要はないだろう。
そして、自殺希望者を容認する政府は存在しない以上、民間船が紛争地帯に入る事は許可されない。
とはいえ、そこには例外が存在する。
【申請コードを送信せよ】
「はいはい。今送りますよ~」
そんな紛争地域のゲート前に陣取る共和国軍軍艦からの通信に、明るい声で答える。
挙動不審な対応でいちゃもんを付けられるわけにはいかない。
ハーンから依頼された荷物を届ける合法的な仕事だ。正規の手続きがとられており、申請したコードの荷物を運びこもうとしている。
戦争が究極の消費活動であり、資源を食いつぶす行為である以上、それを補う供給作業が必要となる。
軍事行動という観点だけで見れば、それは軍の補給物資であり兵站があるのだが、戦争行動を継続させる物資だけで人間が生きているわけではない。
有事であるがゆえに、娯楽というジャンルの需要は高くなる。
当然、堅い財布の紐もゆるくなる。
そういった需要を見込んで供給するのが怪しい商人だ。
そういえば、ハーンと最初に出会った時の荷物も風俗関係だったな。
なお、同乗者の3人(未成年)には荷物としか説明していない。説明する必要もないからな。
【…コード照会できた】
「へいまいど」
通信機の向こうの制服姿の軍人に、愛想笑いで対応する。
フリゲート船の防御力は巡洋艦の砲撃に耐えられるようにはできていない。主砲の一撃を受けたらシールド諸共装甲を貫いてデブリにジョブチェンジだ。
検問で止められている為、速度を落としているので避ける事もかなわない。直撃確定コースだ。
【大型コンテナ一つだけか】
申請から確認したのであろう、こちらの取り扱う商品を見て軍人が聞いてくる。大型コンテナは商用の輸送コンテナだ。商船にとって大量輸送はコスト面からも大事な要素である。
そんな中コンテナを一つだけ運ぶという行為は不自然に映るだろう。
「しょうがないですよ。こっちは墜ちる事までコミコミですから。そんな時に満載の荷物も一緒に失うわけにはいかんのです」
そう笑って答える。
需要と供給こそが商売の基本ではあるが、そこにはリスクというものが付きまとう。
だが、その危険の大部分を代行してもらえるなら、それは魅力的な取引になる。
それは、紛争地帯に合法的に入りたい人間の目的と一致するのである。
こうして、ハーン経由で格安で荷物の輸送を請け負ったのが、オレ達という事になる。
その分報酬は、差し引かれても結構な額になるのはお約束だ。
しかも、合法的なお金である(超重要)
つまり、まっとうな仕事である(超大事)。
カタギの世界に近づいている気がする。
許可は下りたが、軍人のこちらを胡散臭げに見る目は変わらない。
まあ、紛争地帯に荷物を運ぶなんて仕事を、まともな業者が請け負うわけがない。ちょっと、突っつけばボロが出るだろう。
とはいえ、そこを厳しく突っ込んで「じゃあやめます」と帰られたら、困るのは現在戦っている兵隊さん達だ。
戦闘の勝利の為に、多少の違法行為をお目こぼしするのは、古今の軍隊で見かける事でもある。
つまりグレーゾーンという事だ。
いかがわしい世界から足を洗うのはまだ先の気がする。
船を動かしてゲートを潜り抜ける。
ゲート先でドンパチという事もなく、目的の星系へ入る事が出来た。
正規の取引手続き様々である。
「とりあえず、先に仕事を済ませておくか。首都ステーションにむかってくれ」
それまで検問でやりとりしていた端末をしまいながら、ブリッジで船を操縦するヘックスに声をかける。
「ステーションへの位置合わせ開始。ワープ距離は控えていく。エネルギーは50%から75%を維持するよう計算してくれ」
「はい」
サブシートに座るルーインが、ヘックスの指示を聞いて端末を操作する。
危険な地域では小刻みにワープをするのが基本だ。危険な場所に出てしまった場合に、すぐに次のワープができるようにだ。
ワープアウトした先で、海賊団に鉢合わせした場合など、すぐにワープで逃げる事が出来る。
もちろん探知機でワープアウト先を算出して追ってくることもできるのだが、ワープは船が大きくなるほどに多くの時間とエネルギーを必要とする。
とはいえ、ワープ先で大型艦と遭遇して、主砲で粉みじんにされるより、いったん逃げて、追いつくまでに少しでも移動するほうがまだ逃げきれる可能性が出る。
対象の船が大きくなればなるほどワープに必要なエネルギーは増加する。
大型艦もそれが分かっていて、わざわざワープしてエネルギーを消費するよりも、数隻の小型間に後を追わせて、無駄な消費を抑えた方が効率的といった戦術をとる事もある。
つまり、致命的な問題を回避できるのだ。
まあ、小刻みなワープでの移動はエネルギーロスも増えて、移動時間も増えるのだが、そこらへんはリスク管理の範疇だ。
「それじゃ、オレ達は飯でも作りますか」
とりあえず、仕事はないので、ビアンカとウィルを連れてリビングへ。
警戒して移動するけど、交代要員であるオレ達まで一緒に神経をすり減らす必要はない。
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