第67話 やっぱり察しが悪いね

取引に行ったものの交渉は決裂。代金と商品とついでに駆逐艦一隻を手に入れて帰ってきた。取引にはならなかったが、それを補って有り余る代価を手に入れたと言えるだろう。


こうなる事が想定されていたあたり、違法取引って怖いなと思う。

はやくシャバに戻ってカタギになりたい。




さて、奪った駆逐艦だが、操縦するだけなら最悪一人でも可能だ。だが、それだと本当に動かすだけでしかできない。

周囲を警戒し、船の状態を確認し、他の船と通信し、必要なら戦闘をすることを想定して運用しようとすれば最低でも十人近いクルーが必要になる。


当初リッカは海賊船のクルーを呼び寄せる事を予定していたのだが、予期せずシェイク号の搭乗員が増えていたので、そのまま操縦する事になった。

秘密の取引場所ではあったが、戦闘状態が続いていた。誰かがこっそり救援要請を発信していないとも限らない。穏便な取引でなかった以上、早急にこの場から立ち去るべきだろう。


なれない操船ではあったが、致命的な問題が起こるわけもなく、海賊船フリゲートを引き連れた駆逐艦デストロイヤーの船団に襲い掛かろうという馬鹿が出てくることもなく、海賊ナディアの秘密基地に到着する。




いつもの部屋で、上機嫌の女海賊ナディアが笑顔で迎えてくれる。


「ここまで上手くいくとは思わなかったよ。いや、よくやった。抱きしめてキスしてやりたいくらいだ」


それは心の底からお断りします。


「報酬を減らされたくないので結構だ」


穏便(?)にお断りする。


「わかっているよ。イッヒッヒ」


笑うナディアは、キセルでタバコをふかしつつ、手元のコンソールから戦利品の一覧を一瞥する。

そして、紫煙と共に報酬の話を切り出した。


「さて、報酬だが現ナマで渡すにはちぃっとばかりデカイ。何かあるなら要望を聞こう。船に積み込まれた荷物でも融通は可能だよ」


前にも説明したが、この世界の高額の現金取引は電子決済だ。必ず足が付く。電子マネーカードでも同様だ。誰がどこから入金し、誰がどこで使ったか明記されてしまう。


つまりは、不法取引による利益を現金化するにはマネーロンダリングが必要になるのだ。公的な取引ができない職種の人間からすれば、余計な手間がかかるし、手間が無料ロハでない以上、余計な出費がかさむ。

高額になればなるほど現金化するだけで額が目減りするのだ。


そんなわけで現物支給だ。そうなればオレとしての要望は一つだ。


「船が欲しい。ライセンス付きの奴だ」


さらばシェイク号。お前は最後までじゃじゃ馬だったよ。

というか、リミッターカットでの戦闘や、船体でのタッチダウンなど、無茶な操縦ばかりさせたせいで、順調にイエローアラートが増えていた。じきに各状態はイエローからレッドアラート(故障)に代わる事だろう。


そもそも、不法製造船ということで、ジャンク屋が寄せ集めで作った非正規船だ。まともな設計図などあろうはずもなく、メンテナンスについても考慮されていない。そこら辺の修理屋に持って行っても、整備やメンテナンスに関してお手上げ状態で、装甲を付け直すのがせいぜいと言われる始末である。


せめて、まともな製品に乗り換えたい。


「いいだろう。息のかかったディーラーがいる。連絡しておくよ」


特にゴネられる事もなく、要望が聞き入れられる。


リッカも何やらいろいろ要望を出しているようだが、オレ達には関係のない話だ。聞き耳を立てる趣味もないのでスルーする。




やがて、交渉が落ち着いた頃に、ふと疑問を覚えた。


「そういえば、あのAIはどうするんだ?」


取引は決裂した。つまりはAIを渡す必要はなくなったわけだ。


だが、以前リッカが言ったように、戦術AIの指示は、細かい事は気にせず行動する海賊団では、あまり役に立たない。

つまりは、海賊達が持っていても宝の持ち腐れだ。技術が日々進歩する昨今、このAIもいつより良い技術に先を越されるかわかったものではない。そうなれば価値は激減する。


まあ、そんな心配は元締めであるナディアにとっては想定内の事だったらしい。


「落し物は持ち主に返すもんさ」


これが、持ち主を含めたライバル企業を巻き込んで競売にかけた女海賊の言葉である。


「返すんなら、今回の取引は何だったんだよ」


そんなオレの悪態を、知った事かとナディアは笑う。


「恨みは買わない方が利口ってもんさ」

「交渉が決裂した大企業様からは買った気もするがね」

「はっ。札びら詰んで横やりを入れて来た連中さ。どうせ仁義も知らないハネっかえりだよ。仲間内かいしゃないにも敵が多いだろうさ」


つまり、競りはしていたのだが、競る相手きぎょう側もお互い談合して、最終的に元の持ち主が引き取るよう決まっていた。しかし、そこに横やりを入れられた。競りという名目である以上、金を積まれれば取引をせざるを得なくなる。

そこで、交渉を決裂させて失態を押し付けたという事だ。


「こっちを札びらで叩いてアゴで使おうとナメた真似をするからさ。叩いた札びらをむしり取ってやっただけの事さ」


叩いた札びらどころか腕までむしり取ったような気がします。

損害を出して失敗した連中が、会社の内外でどんな目に合うかは、知った事ではないという事だろう。


「仁義ってのはね。恨みを買わない為にあるのさ」


うわぁ…


あのバーコード頭も、わざと暴走させた可能性すらあるぞ。莫大な借金とか不正行為が発覚寸前とかで、「海賊達を始末すれば代金用の物資はお前の自由だ」とかそそのかした人がいそうだ。


無法者の取引って怖いなと思っていたけど、大企業の取引も伏魔殿です。


そんな黒幕的な人物に踊らされただけの無関係な人間オレとして、苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「おっちゃん。やっぱり察しが悪いね」


オレの表情に気が付いて、呆れたようにリッカが言う。

どうやら、彼女は最初からすべてわかっていたらしい。


「ジーザス」


天を仰いでつぶやく。

アウトローの世界は怖い所だべさ。はやくシャバに戻ってカタギになろう。




--------


リッカ達は、仕事の前にちゃんと情報のウラ取りをしています。なので、事前に今回の事情を知っており、こうなる事を正確に予測していました。

主人公?文明の味を堪能していましたね。

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