第66話 ちょっとした神技さ
強化薬で強化されたドーピングビジネスマンと戦う事になった。
といっても、そこまで危機感はない。
何せ、相手は所詮ビジネスマン。黄色と黒の勇気の印で二十四時間戦う事はできても、戦闘行為に関して言えばド素人だ。
そんなバーコード頭は、自分が突撃して壊れた壁の破片を素手で引きちぎって、即席の棍棒にすると、こちらに走り出す。
こっちも前に出るが、身体能力は相手の方が上だ。一気に間合いを詰められる。
「邪魔をするなぁーー!」
まあ、早いだけではな。
振り下ろされる棍棒に、剣を切り上げて対応する。
カッ!
軽い音と共に棍棒の先端が切り取られる。
船内を仕切る壁の残骸のリサイクル棍棒である。隔壁を切り裂けるオレからすれば、そんなに難しい事ではない。
同時に、切り飛ばされてリーチが短くなった事で、オレへの攻撃ははずれる。
「がああああ!」
そんなことを気にせず間合いを詰めながら、ものすごい速さで何度も棍棒を叩き落す。
いったん後ろに下がってその攻撃をよけると、剣を片手に持って体ごと腕を伸ばす。
そして、短くなった棍棒の間合いの外から、見えるようにまっすぐバーコード頭の顔面に向かって突き出した。
「ひっ」
眼前に剣先を突き出されたバーコード頭は、慌てて後ろに飛び去る。
まあ、普通の人が目の前に刃物の先端を突き出されれば逃げるよな。
オレは剣をクルリと回して再び両手で握る。
身体能力が上のバーコード頭と、オレが普通に戦えるのには理由がある。
オレのチート能力によるものだ。
前に海賊ナディアに腕を売り込む時にも使用したが、相手の「起こり」を読み取っているのである。
一般的な格闘技にもある技術で、行動の予備動作を察知する方法だ。逆に言えば、武術において予備動作をどれだけなくすかというのが鍛錬の一つとなる。ボクシングジムとかにある全身鏡はオシャレで付いているわけではないのだ。
達人同士になると、この「起こり」にフェイントを入れての読み合いになるのだが、この世界でそんな努力をする奴は普通いない。
オレがブラスターの熱線を切り払えるのも、銃口が移動する先の「起こり」を読んで剣を置いているからというのが大きい。
相手がサイバー化していても、機械の動作が合理的過ぎてある程度読む事ができるほどだ。
そんな事をする奴は普通いない努力をしてきた結果だ。
まあ、そんな状況で
格ゲーでボスキャラを使用する初心者に、マイキャラで対戦する熟練者と言った感じで、簡単に対処できてしまうのだ。
「銃口見てから切り払い余裕でした」とか言えてしまうわけだ。
相手が次にどんな行動に出るのかを先読みできれば、早さはあまり意味を持たない。効率的でもなければ合理的でもなければなおさらだ。
相手がド素人だから危険を感じないといった理由が分かるだろう。
こちらを警戒するバーコード頭。
とはいえ、後ろの通路は隔壁で袋小路だ。前に出るしかない。
後は、威圧するようにゆっくり前に出る。
「お前らさえ、お前らさえいなければぁ!!」
プレッシャーに耐えきれずに叫びながら飛び込んでくる。
両手で振り下ろしてくる棍棒を、後ろに下がって避ける。
バーコード頭はさらに踏み込みながら、今度は棍棒を薙ぎ払うように横にスイングする。
その一撃に合わせて前に出て、剣を突き出す。
突き出す先は薙ぎ払うように横に降られる棍棒。
正確無比な突きで、剣先が棍棒に突き刺さる。そして、剣先を刺したまま剣を動かす事で、バーコード頭の振る棍棒の軌道を書き換える。
横殴りの一撃が斜めに跳ね上がり、オレの頭上を通り過ぎていく。
さらに少し力を加えスイングを速める事で、バーコード頭の力いっぱい振った棍棒の威力にプラスアルファを加える。
「そんなに驚くなよ」
全力以上の力で想定外の方向に振り切り、体勢を崩すバーコード頭。
そして、棍棒が振り切られた事で剣先が抜け、余力を十分残した自由なオレ。
「ちょっとした神技さ」
そして剣を振る。
狙い通りに体制を崩して動けないバーコード頭の右腕を肘から切り飛ばす。
ブルーハンドの効果で超再生があると言っても、肉と肉の間に刀身という異物があれば、それを超えて再生することはできない。そして、再生しないように切り口を跳ね飛ばすように刀身を返して引きはがしてしまえば、そのまま切り離す事は可能だ。
そして、部位を斬り飛ばしてしまえばそこまでだ。再生能力といっても、それは自然治癒の延長であって、失われた器官を復元させる能力ではない。
さすがに腕を斬り飛ばされた傷は瞬時にふさがるようなことはなく、白い血が舞い散る。
あとは…
追撃しようと前に出る足をあえて止めて、大きく横に飛ぶ。
突然退いたオレに驚くバーコード頭も、視界の端に気が付いただろう。
準備を終えたヘックスが片膝をついて銃を構えている事に。
ズキューン!!
動けないまでも、反射的に身を守ろうとしたバーコード頭だったが、守るために掲げた右腕は、肘から先がなくなっていて役には立たなかった。
威力を上げた熱線は、バーコード頭のバイザーを打ち砕いて顔面に突き刺さり、そのまま後頭部から抜けた。
ブルーハンドの再生力は傷を治すだけであり、失われた器官を修復する能力はない。重要器官を破壊されれば、致命傷である事に変わりはないのだ。
ズキューン!
さらに、容赦のないヘックスの第二射が、倒れこむバーコード頭の胸に突き刺さり、そのまま後ろに突き抜ける。肺か心臓か。どちらにしても十分だ。
致命傷を二発も受けたバーコード頭はそのまま後ろに倒れる。
「おクスリは、容量用法を守って正しく使用しましょう…ってか」
剣を振って白い血のりを飛ばす。
ヘックスも銃口を上に向けると、エネルギーパックを入れ替える。威力を上げた事でエネルギーパックの消費も増えたためだ。慣れた手つきだが、その視線は倒れたバーコード頭の死体に向けられ警戒を緩めたりはしていない。
とりあえず、後のことはリロードを終えたヘックスに任せる。不用意に近づかない。何かあれば(ヘックスの)遠距離攻撃。これで安全安心。
剣を鞘に納めて、ノーマルスーツの通信機に手をやる。
「リッカ。終わったぞ」
【はい。お疲れさん。貨物室にトランクあるから回収して戻って来てね】
「あいよ」
ブリッジからの通信を受けて、貨物室に入ると、半分開けたままのコンテナの脇に、AIの入ったトランクが置かれていた。
乱暴にコンテナの中身を取り出したのだろう。いくつかの青いアンプルが乱雑に散らばっている。
いくつか床にこぼれ落ちたアンプルを拾ってコンテナに放り込みつつ、トランクを手に取る。
終わってみれば、駆逐艦一隻と強化薬コンテナ一個分。さらに取引材料だったAIまで回収した事になる。
取引という意味ならは丸儲けと言えるだろう。
そのおこぼれに預かる身の上としては期待せざるを得ない。
「努力に見合った報酬に期待しましょうかね」
アンプルの一つを手の中で玩びながら、トランク片手に貨物室を出て、ヘックスに回収したことが分かるようにトランクを見せる。
バーコード頭はちゃんと死んでいる事を確認できたのだろう、ヘックスも問題が解決したこと理解してうなずく。
これで、ブリッジに戻る足取りも軽くなるというものだ。
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