第65話 ちゃんと書いてあるからな

技術が進みサイバー化が可能になった世界でも、誰も彼もが体を機械化するような事はなかった。


基本的にサイバー化には改造費がかかるうえに、体への負荷も大きい。さらに、定期的なメンテナンスが必要となり、その都度費用がかさむ。

事故や難病への対処なら、自分の細胞から培養した再生技術の方が一般的だ。


戦闘に使用したり、過酷な環境への対応といった理由でもなければ、わざわざ頑強なサイバーパーツを求める事はしない。

普通に生活する上で、指をマシンガンにしたり、膝にマイクロミサイルを仕込む必要はないのだ。


そして、非合法な世界でもサイバー化は簡単な話ではない。


戦闘で使用する高価なサイバーパーツを非正規に入手するには手間と金がかかる。

運よく入手しても、施術する違法改造医はピンからキリまでいる。一見うまくいったように見えて数年後に致命的な問題に発展するケースもある。

非合法である以上、正規のメンテナンスも期待できない。


とはいえ、金がないから仕方ないと、諦めるわけにはいかないのが、暴力の世界に生きる者達だ。

金もコネもない無法者達が手を出すのが、副作用はあるけれどお手軽簡単に強くなれる戦闘用身体強化違法スパイス。要するにドーピング薬だ。




「フーッ。フーッ」


それを自分に投与したバーコード頭が、荒い息でこっちを見る。


ドーピング薬の効果はすぐに表れた。

目に見えて肌の血色が悪くなり、代わりに青い血管が太く浮き彫りになる。特に顔面部分の変化は顕著で、不自然なまでに白い顔の両頬に青く太い血管が浮き上がる。枝分かれした血管がまるで青い手のようだ。


「『ブルーハンド』…」


そのドーピング薬をオレは知っていた。オレが捕まる前にも流行していたメジャーな強化薬だ。


血液中の赤血球をナノマシンで改造し結合酸素量を増加させ、さらに心拍数を一時的に上げる事で、体内をめぐる血中酸素量を爆発的に増加。血液を介して肉体を強化させる身体強化薬品だ。

改造された赤血球により血液の色が白くなり、さらに血流増加のために血管が膨張。

個人差はあるものの、全身に青い血管が浮き上がったよう見えるのが特徴だ。頬に浮き出る血管が青い手のように見える事から、このような名称がついた。


もちろん副作用もある。

強制的に血流を増やす事から、心臓発作や脳溢血になる危険性。さらに、正常な血液に戻る為に骨髄へ過度の負担がかかる事となり、乱用すれば骨髄の造血機能に異常をきたして血液障害となる。


薬物使用後に全身の血を入れ替える等の対処を取ればリスクは下がるのだが、その為には医療施設が必要だし、その処置をしても副作用が完全になくなるわけではない。


ただ、無力のままサイバー化した敵に殺される事を考えれば、リスクを許容してでも、使う価値のある強化薬きりふだだ。



「お前らのような…社会保障番号もないような底辺は…」


バイザーの青い光がこちらを向く。


上級市民エリートである私の邪魔をするなど許されないんだ!」


叫びながら右手のブラスターをこちらに向ける。


チュイン!


まあ、身体能力が強化されようと銃口の向いた先に刀身を置くから意味がないんだけどな。


「あああああ!!」

チュイン!チュイン!


叫びながらこちらに向かって銃を撃つが、しょせんは単発銃だ。そもそも、強化薬の使い方が間違っている。


身体能力が上がっても、射撃においては銃のトリガーを引く速度が上がるだけだ。

そして、ブラスター銃にはエネルギーパックからエネルギーを薬室チャンバーに送り込み、それを熱エネルギーに変換するタイムラグが存在する。トリガーを引いたからといって熱線が出るわけではない。

つまり、トリガーを早く引けたからといっても、それに合わせて連射できるわけではないのだ。

ブラスターピストルの性能表をよく見よう。ちゃんと書いてあるからな。


バキッ


そして、乾いた音と共に熱線が途切れる。

見れば、バーコード頭も唖然とした表情で自分の持っている銃を見ている。なんとなく理由は察した。自分の銃を握りつぶしたのだ。


力が上がっているという事は、握力も上がっているという事。そして、バーコード頭が持っているのは、戦闘用のブラスターではなく、護身用の小型銃だ。

銃自体の耐久力は普通の人間が持つ事しか想定されておらず、バトルスーツやサイバーパーツと同等の強化された力で握れば壊れもする。

ブラスターピストルの性能表をよく見よう。ちゃんと書いてあるからな(二回目)。


バシュン!

「ヒッ!」


ラチが明かないと思ったのか、ヘックスが万能銃を撃つと、それを見たバーコード頭はおびえた声を上げて飛び退る。


「あ」

ドゴン!


そして壁に激突した。

強くなった自分の身体能力を忘れて力いっぱい飛び跳ねるとああなる。

強化された体で突っ込んだことで、通路の壁を突き破り上半身が埋まる。壁で区分けされただけのエリアなのか、ここの壁はぜい弱だ。


上半身が埋まって動けなくなった所に、ヘックスが再び銃口を向ける。


バシュン!


動けない相手に正確な射撃で、突き出した下半身の鳩尾あたりに命中する。

ビクン!と両足が跳ねる。が、それだけだ。


バシュン!


再びヘックスが熱線を放ち、今度は右足に命中。これも同じように体が跳ねて終わる。


ボコッ!


そして、二発の熱線を受けても、バーコード頭は生きていた。


突っ込んだ壁から体を抜き取る。そして、不思議そうに自分の体を見る。

見ればわかるだろう。ヘックスの攻撃を二発受けた。それは間違いない。バーコード頭の着ていた背広の命中した箇所にはその証拠に穴が開いている。


しかし、その先の肉体は無傷だった。


それは強化薬によるものだ。熱に対しての耐性と超再生能力を持たせ、低威力の熱線では致命傷になる前に再生してしまう。

その耐久性と強化された身体能力こそが『ブルーハンド』の効果だ。


「防御能力が向上しているな」


オレが捕まる前にあった薬では、それでも赤くなるくらいの跡が残ったが、十数年前の間に様々な改良がくわえられ高性能化しているのだろう。



「ふ、ふははははは」


自分の状態を理解したバーコード頭が、笑い声をあげる。


「これだ!この力だ!」


なんか、自滅する中ボスみたいなこと言い始めた。

まあ、会社勤めの企業人が、突然身体能力を強化される経験などないだろう。怪しい雑誌の広告の様に「貧弱なボクもムキムキモテモテ」的なセリフを吐きたくなるのも仕方ない。


「お前達を皆殺しにすれば問題ない。まだだ!まだ大丈夫だ!!」


怪しい広告の煽り文句としては、ちょっとバイオレンスが強いかな。


調子に乗るのはいいけど、ドーピング薬の強化はあくまでも効力の話で、絶対無敵の魔法の薬とは違うんだけどな。

ブラスターピストルが相手ならともかく、ベッキーの持つヘビーブラスターライフルを相手にしたら普通にハチの巣だと思う。


とはいえ、ここに無い物に期待しても意味はない。有る物で対応しよう。


「ヘックス。アレを貫けるか?」

「…出力を上げないと無理だな」

「わかった」


剣をくるくる回しながら、前に出る。


ヘックスの持つ万能銃は、熱線の威力を調整する事が出来る。今のブラスターピストルの出力ではなく、もっと高威力に調整する事が可能だ。

もっとも、それには若干の時間を必要とする。


「二十秒は持たせてやるよ。ヘックス」

「…三十秒はかからないさ」


後ろからのヘックスの返事を聞いて、笑みを浮かべながら剣を構えた。



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『ブルーハンド』使用のイメージとしては「ケンガンオメガ」の『憑神(血管の色は青)』。

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