第60話閑話 海賊は大人しく口をつぐむ

「手を出すんじゃない」


ボスからの命令を頭の中で反芻する。

大企業コーポとの取引を、ボスは部外者に回した。

小さくない取引だ。メンツを考えるなら海賊の幹部が出張る話である。


しかし、誰もそれに異を唱えなかった。




どこかの企業が秘密裏に開発した人工知能の回収。基地内に押し入ったオレ達は、相手の抵抗を前に襲撃を断念した。

バトルドローンの防衛部隊。

正規軍の巡洋艦。あるいは辺境基地の防衛部隊に匹敵する戦力が配備されていたのだ。


これ以上の被害を避けるため、ボスはツテを利用して外部の戦力を雇った。

彼等はわずか4人で目的を達成して帰ってきた。




その謝礼は結構なモノであるはずだ。

そう考えるやつも出てくる。

バトルスーツの男はともかく、一人はろくに武器も持っていない。この世界では、奪われるほうが悪いのだ。

だが、


「余計なことはするな」


それは止められた。

そう言ったのは、海賊団でも古参の用心棒だ。サイバーアームとバトルスーツで、海賊団の誰もが一目置く兄貴分。長年ボスの身を守ってきた武闘派だ。



何があったか、噂はすぐに回ってきた。

ボスの部屋で、正面からボスの命を狙ったらしい。

この星域で十年以上も海賊団で暴れまわった海賊団のボスであるナディアの命を狙ったのだ。


しかも、その理由が

「腕を見せてみろ」

という他愛もない一言のためだ。

そんな事で、ボスの命を狙うとかバカなガキの戯言だと思うだろう。


「じゃあ、なんでアイツは生きているんだよ」


誰だってそう思う。オレだってそう思う。ボスの命を狙ったのだ。成功するしない以前に、行動に出た段階で、殺されても文句は言えない。

実際に、名を上げようとしたバカから、もぐりこんできた賞金稼ぎまで、そうやって殺された。


「アイツがボスの命をとらなかったからだ」


その場で、その意味を理解できた奴は少なかったと思う。

オレ自身、その意味が分かったのはしばらくしてからだった。


つまり、『ボスの命を取れる所だったが、命を取らなかったので、殺されなかった』という事だ。正面から、ボスの護衛を相手取り、その上でボスの命を奪えると全員に納得させたという事だ。

デマやガセであるはずがない。何せ、そういっているのがボスの護衛の当の本人なんだ。




今回、コーポとの取引に同行する事になった。

普段であれば、新参者を威圧したり、取り入ったりする仲間達も大人しく無言だ。

なにせ、「手を出す」というのが、どこまでなのか判断がつかないからだ。



【準備はいいね】


今回の取引を主導するもう一つの船から通信が入る。

長年海賊団に力を貸していた無法者だ。若い女の二人コンビだが、馬鹿な事を考える奴はいない。彼女は父親の頃から無数の海賊達の調整役をしてきたフィクサーだ。

彼女が一声をかければ、集まる無法者だけで下手な海賊団を上回るとまで言われている。

実際、その力量を侮る奴はいない。


「了解」


最後のワープゲートの前で、簡潔に返事をする。


古参の武闘派すらしり込みするような相手だ。

触らぬ神に祟りなし。

言われた事だけして、余計なことはしない。


誰だって、命は惜しいのだ。



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ちなみに、そのフィクサーに得体のしれない男の力量の話を聞くと「軍用バトルドローンとタイマンはって無傷で倒すくらい」と言われる模様。

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