第59話 職場の椅子がベンチです

荷物の受け渡しに行こうとしたら、無法者に襲われた。

ワープ途中の回復中でも、ちゃんと探知機を出して警戒していたルーインが、ここにやってくる宇宙船を発見した。


「エンジン始動」


ルーインの言葉を聞いて、操縦席のヘックスが「シェイク号」を動かす。同時に、通信先のリッカ達の船も動き出す。


探知機は毎回船外に出す必要がある。回収すれば再利用も可能だが、逃げ出す時など放置して捨てることもある。ワープでの回復は日常茶飯事なので、毎回探知機を出して、移動前に回収するといった面倒な手順は結構忘れがちだ。


とはいえ、今回はそのおかげで襲撃前に敵の船に気が付けたわけだ。


【ナイスぅ。探知機からのリンクで取得情報確認。おっちゃん。いいクルー雇ったね】

「知らんがな」


通信に拾われない程度の小声で答える。何を隠そう、彼女の雇用について、ほとんどオレの意思は含まれていない。


【ほい。ワープアウト地点予想。連携するね】


見れば、海賊船たちも散開し、リッカが連携したのであろうワープアウト地点を包囲するように移動している。


「攻撃プロトコル起動。スピアにエネルギーチャージ」

「探知機回収。シールド管理に移ります」


その意図をヘックスもうけとったのだろう。同じようにワープアウト予測地点に移動しつつ、戦闘準備に入る。


さて、現在シェイク号のブリッジには3人しかいない。操縦士のヘックスと、補助のルーイン。そしてオレだ。ウィルとビアンカの二人には船内で待機してもらっている。


残念なことに、「シェイク号」のブリッジには、5人を収納するスペースはなかった。座る椅子も二つしかない。

前回、即席の補助座席が壊れたので、ちゃんと固定された椅子を用意しようとしたが、ブリッジに座席を固定させるスペースがなかった。


そのため、オレの席は一本の柱だ。


直径20cmほどの棒に、申し訳程度の尻を乗せる板がついており、体を固定するベルトが柱に埋め込まれているだけだ。


床と天井に固定されているので耐久性に関してはバッチリだ。これなら多少の攻撃でも壊れることも、床に投げ出されることもないだろう。

ただし、快適性は著しく落ちる。駅前の簡易ベンチ程度の座り心地しかない。


…オレはこの船のオーナーのはずなのに、職場の椅子がベンチです。窓際ってレベルじゃねぇぞ。


「ワープアウト確認。フリゲート級6機です」


数秒の沈黙の後、ルーインが割り出した地点に複数の船がワープアウトする。


割り出したワープアウト地点は大雑把なものだが、それでも先制攻撃で十分な有利がとれる。

これで、ただの旅行者だったら問題かもしれないが、そもそも違法取引の為に、通常の航路を大きく外れて移動している。さらに、その中継地点にワープアウトしてきたのだ。襲撃者とみて間違いないだろう。


「攻撃開始!」


ヘックスの言葉と同時に、こちら側の船の攻撃が、襲撃者達に一斉に発射される。

そのうち何発かは敵の船に命中し、シールドが反応して青い光を放つ。


「敵艦も移動します」

「よし。メインはリッカ達の船に任せて、ひっかきまわしてやれ」


相手の方が数は多いが、それでもこちらは重装フリゲート艦がいる。純粋戦闘用の宇宙船で攻撃力はもとより、防御能力も通常のフリゲートよりも高いはずだ。


見ると、ほかの海賊船たちも同じように、リッカ達の船に敵を追い込むように移動している。彼らとリッカ達との付き合いがある以上、リッカの船の能力は知っているだろう。

新参者のオレ達は、余計なことをせずに、同じようにすればいい。


「どうせ、不利になれば逃げ出すさ」


これが綿密な襲撃計画的な話なら別だが、金を握らされた無法者の突発的な襲撃であるなら、攻撃に執着することはない。


数こそ多いが、重装フリゲートがいるので戦力差はほとんどない。さらに先制攻撃を受けており状況は相手側に不利だ。


前金をもらっている分ある程度被害を与えて逃げ出せば十分と考えるだろう。命を懸けて任務遂行なんて律儀な無法者は多くない。


オレ達の持つAIを奪還するには十分な戦力がいる。そして、戦力をそろえるには金が要る。端金でできるのは、こちらに損害を与える程度の襲撃いやがらせだ。運良く取り返せたらラッキー程度の話である。

掛け捨ての保険みたいなものだ。


言い換えれば、こちらが手強いと思えば、無法者達も襲撃に固執することもない。




「無人艦載機の出撃を確認。敵機からも同じように出撃させました」

「よし、距離を取るぞ。艦載機にタカられると面倒だ」


ルーインの言葉に、指示を出す。


お互いの距離が詰まってきた証拠だ。無人艦載機は持続的に安定して敵を攻撃し続ける自動兵器だ。だが、内蔵するエネルギーは有限である。艦載機が小型である以上、保有する内臓エネルギーも多くない。


艦載機の移動距離は他の兵器に劣るようなものではないものの、あくまでも最大距離だ。つまり、行って帰ってきてエネルギーが尽きてしまうのである。行って攻撃して弾数が残っているけどエネルギーがないので帰ってきては本末転倒。それならミサイルで十分だ。継続的に攻撃し続けるエネルギーを持った状態で攻撃しなければ艦載機の特徴が消えるのだ。


そして、そんな艦載機はオレのシェイク号の天敵でもあった。

前にも言ったが、シェイク号の武器は高出力の「スピア」だ。これはフリゲートや駆逐艦といった宇宙船を攻撃するのには、その大威力を余すことなく見せつけることができるのだが、小型で高機動の艦載機を攻撃するのには向いていないのだ。

バズーカで飛んでいる小鳥を撃ち落とそうとしているようなものだ。


とはいえ、所詮は無人機である。それだけで決め手になるような兵器ではない。他の兵器と同様に宇宙船の武装の一つでしかない。


「一隻動きが違う」


コンソールを見ていたルーインが警告を上げる。


【気を付けて!ホーネットがいる!】


通信からリッカの声が聞こえた。

ホーネットは戦闘兵器の艦載機に関する隠語だ。


「おう。ジーザス」


つまり、有人艦載機ホーネットだ。

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