第55話 合意という事で笑いあう

「おかげでよい取引ができたネ。トモダチ」


人身売買の宇宙船から仲間を回収し、ついでに奪ってきたコンテナを胡散臭い交易商人ハーンに売り飛ばした。


商売敵の商品を入手できたことで、ハーンはホクホク顔だ。

さらに商売敵の不法行為が発覚して摘発されれば、今後のハーンの商売は有利に働くだろう。機嫌とテンションがマックスまで跳ね上がるのも当然と言える。




とりあえず、治安組織から逃げて、ある程度の距離をワープしたところに潜伏していた。


相手は、この星系の組織である。星系から出るゲートで網を張っている可能性があるからだ。

そこで、ハーンの商船に取引という名目で、この星域に来てもらった。


一応、オレ達とは無関係のハーンの宇宙船なら、ゲートで見とがめられることはない。網を張っているのは不審な襲撃船であって、なぜか大型コンテナが一つ増えた商船ではない。


あとは、ハーンの船がこの星系を出る際に、ゲートの状況を確認して連絡してくれればいい。


もし、網を張っているようなら、もうしばらく潜伏するだけの事。

別に急いで戻る必要はないからな。


治安部隊の管理はその星系内だけ。他の星系はその星系国家の組織の管轄だ。

つまり、ゲートを出てさえしまえば、この星系の治安部隊を気にすることはない。


そして、ここはLSS『ローセキュリティスペース』。治安の悪いほうの星系である。

基本的に、宇宙では自己責任の歩合が大きいのだ。


「ほんとに色は付けないでよいアルか?」


取引額分の電子カードを出しながらハーンが聞いてくる。

商売敵の荷物である以上、多少値段に上乗せしても許してくれるらしい。とはいえ、元々仕入れ値ゼロの商品だ。売れればそれだけ儲けになる。


…ただし、自船の被害は考えないものする。どうせ払うのはヘックスだ。


それなら、オレにとっては小銭の上乗せよりも、必要な事がある。


「今回の裏は取っているのだろ」


現在、ここにはヘックスもルーイン達もいない。助けた同郷の仲間達から話を聞いている所だ。


あいにく部外者であるオレは首を突っ込める状況ではない。

もっとも、オレと商談するこの男は、ルーインを助け出した時のヘックスとの会話をこっそり回収している。


「少しだけヨ。儲け話ではないアルネ」

「なら、少し調べてみてくれ」


特に聞き耳をたてられているわけではないが、顔を近づけてこっそり相談するように依頼する。


なんてことはない、今回の助けた3人の入手経路について調べてもらうだけだ。

何せ、取り扱っていたのが商売敵の商業船。当然その背後には商売仇の取引相手がいるはずだ。もちろん、この商船だけの勝手な行動かもしれないが、それならそれで有利な取引材料よわみにできる。


その情報を流してもらうだけでいい。


そもそも、今回追加の二人を助けるために違法コンテナの移動ルートをハーンに調べてもらっていた。その延長をするだけで手間も少ないはずだ。


案の定、いやらしい笑みを浮かべて、指で金マークを作りながら、同じように小声で聞いてくる。


「…料金はかかるアルヨ」

「値引きはあるんだろ」


ここでいう値引きというは金銭の代わりになるやり取りだ。例えば、ハーンにとって有益な情報や、あるいはハーンの抱えている厄介事への協力だ。


「ふっふっふ」

「ひっひっひ」


お互い口には出さないが、合意という事で笑いあう。


当たり前だがこんな胡散臭い相手を信用はできない。だが、利用はできる。それでWIN-WINになるのなら、それはそれで立派な取引である。

そもそも、オレ達の境遇を考えれば、まともな商人と商取引できるほうが稀だ。


パシュ


と、部屋の自動扉が開き、ヘックスたちが入ってくる。


即座に、普通の取引を終えたようにお互い適切な距離で笑顔でコミュニケーションしている風体を装う。


別に悪い事をしているわけではないが、当人の知らないところで調べられるのは良い気分はしないだろう。

なので、この件に関しては秘密だ。言い訳くらいは考えておこう。


ハーンが普通の取引を終えましたと言わんばかりに、右手を出してくるので、こちらも誠実なサラリーマンのような笑顔で握り返す。


「また取引するアルネ。アナタ、トモダチ」


そう言うとハーンは、ヘックスと助けた3人に一礼して接舷している自分の船に帰っていった。

最後まで胡散臭い奴だった。まあ、どうせ向こうも同じ事を考えているだろう。




さて、取引相手もいなくなったので、入ってきた少年少女に顔を向ける。


ヘックスとルーインはもちろん知っている。

問題は、今回救出した2名だ。

両方子供だ。男の子が一名、女の子が1名。


「あの…ありがとうございました。ボクはウィルといいます」


最初にとまどいながら挨拶したのは、少年のほうだ。黒髪に黒目。東洋人的風貌だ。そして目を引くのは、右腕がない。隻腕だ。


とはいえ、宇宙船が飛び交うこの世界で、四肢の欠損は大した問題ではない。

失った四肢の再生手術は普通に利用できるし、サイボーグ手術で多機能な機械の腕をつけることもできる。


ただ、子供の頃にそれらの対処をするのは、あまりお勧めされていない。子供の成長速度に合わせないと、どこで不具合が出るかわからないからだ。もちろん、その都度調整して対処する事も可能だが、継続的に費用が掛かる。

なので、一般的にはある程度の年齢になってから対応するケースが多い。ウィルの外見から推定すると、あと2,3年といったところだろう。


「私はビアンカです。助けていただいて、ありがとうございます」


そういって頭を下げる少女は、3人の中では一番幼く見える。10歳未満だろう。金色の長いストレートの髪。鼻にそばかすが浮かんでいる。ウィルとは違い、屈託のない笑顔をみせ物おじしない態度だ。


3人とも外見の共通点はなさそうで兄弟という風には見えない。左目の下の刺青だけが同じ。ハーンの言っていた開拓者一族のシンボルなのだろう。


「ああ、この船のオーナーでムサシという。よろしくな」


簡単に挨拶だけして、3人の後ろに立つヘックスを見る。


「とりあえず事情を聞き終えたのなら、さっさとどっかの中継ステーションへ行くぞ。修理費はお前持ちなんだからな」


指を突き付けて少し強く言う。


なにせ、勝手に敵の船に強制接舷しているのだ。

おかげで、振動抑止機能が再度壊れたのか、修理前の船体の振動が再現されている。


旧シェイク号復活である。

早いところ元の墓穴に戻ってもらわないと、休憩時間に惰眠をむさぼることすらできない。


そんなオレの嫌味もどこ吹く風。ヘックスは軽く肩をすくめてスルーだ。




反省の色もないので、とりあえずコンテナの取引でハーンからもらった電子マネーカードをヘックスに放る。


オレの分はもう引き出している。


「多いぞ」


残った残高を見てヘックスが聞いてくる。


「バカ言うなちゃんと均等に分けてある」

「5分5分じゃないのかよ」


ヘックスの言葉に、オレは首を横に振って、順番に指をさす。


オレと、ヘックスと、その隣のメイド服を着たルーイン。


「均等割りだ」


何せルーインは今回ちゃんと仕事をした。船の操縦の補助から、荷物回収の操作まで。

ぶっちゃけると、オレがルーインと同じくらい働いていたかといわれると、強気で返せないほどだ。

それに


「それに、そっちの三人の用意もあるだろ。特にノーマルスーツ。うちには子供用のスーツなんてないんだからな。そっちで用意しておけよ」


大型コンテナの売却額の三分の一である。安物のノーマルスーツを数着買うくらいの額は十分あるはずだ。

さらに3人とも着るものすらない。ルーインのメイド服以外は、ヘックスの私物のブカブカの服だけだ。


そんな子供3人。少なくとも、生活必需品が必要になる。あいにく他人と同じ歯ブラシを使う趣味はねぇぞ。自分の分は自分で用意しろよ。ちゃんと名前も書けよ。冷蔵庫の私物は勝手に食べるんじゃないぞ。


「じゃあ、船はオレが動かすから、ヘックスはそいつらの寝床用意してくれ。ルーインは操縦の補助。そっちの二人はヘックスの手伝いだ」


そういって、ブリッジへ移動する。


横を通りぬける時、ぶっきらぼうにヘックスが口を開いた。


「貸しは一つだけだからな」

「高くついたろ」


笑って答えてブリッジへ移動する。

まあ、振動する船の中で寝床を設置するなんて面倒な労働したくないという理由もないわけではない。


そういう事にしておこう。

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