第53話 善行が報われないひどい話である
人身売買の違法行為をする船から、さらわれた人を救い出そうと襲撃したら、こちらに船団が向かってきていると連絡が入った。
敵の船が逃げた場合に備えて、探知機を出していたのが功を奏したようだ。事前にこちらに向かって来る船団を検知できたのである。
これを、たまたま移動中の船が近づいてきただけ、と楽観視するわけにはいかない。
当初の想定では相手が違法行為をしている以上、治安組織に救援を要請する事はないと考えていた。せいぜい、商売仲間に助力を仰ぐ程度だろうと。
それだって、様々な星系を渡り歩く交易商人である以上、集まるには時間がかかるはずだ。
故に救援の対処は必要なかった。
しかし、襲撃からこの短時間で来たという事は、おそらくこの星系の治安組織の部隊だろう。複数の船で部隊を構成していることからその可能性が高い。
なぜ?と思うが、あの時に逃げた無関係の船が、この星系の治安維持組織に通報したというなら納得だ。
無関係である彼らからすれば立派に身の危険なのだから。
重大な違法行為である人身売買の摘発という大義名分があるので、治安維持部隊を恐れる必要はないが、事情を知らない第三者から見れば、オレ達は商船を襲撃する海賊船である。
そして、身の潔白を証明する事も不可能だ。
なにせ、ヘックスは共和国から指名手配された賞金首。オレに至っては、敵である帝国に解放されただけの共和国視点では受刑者だ。
善行が報われないひどい話である。
まあ、十数分後に治安部隊が来るという現状はあまりよくない。
隠し保管庫を見つけたものの、そこに並んだ小型コンテナから目的の相手を見つけ、さらにそのコンテナをもってシェイク号に帰らなければならないのだ。
「ヘックス。コンテナは任せた」
「ムサシ。どうするんだ?」
「帰り道を作る」
コンテナの捜索をヘックスに任せると、オレは剣を抜く。
キンキン
そして、貨物室を歩きながら、大型コンテナを固定している支柱を斬り飛ばしていく。
さすがに天井まで飛び上がれないので、床との接地面だけだ。だがそれで十分。大型コンテナである。その重量は相当だ。
「ヘックス。見つけたか?」
「ああ、こっちは回収した」
「じゃあ、そこのコンテナに括り付けておいてくれ」
「何をする気だ?」
「決まっているだろ。おウチに帰るんだよ」
そういって、笑顔でサムズアップだけして、貨物室の壁に備え付けられているコンソールに向かうとパネルを操作しながらシェイク号と通信をする。
「ルーインちゃん。宇宙船の操作はできるよね?」
【え?あ、はい】
「じゃあ、オレ達をトラクタービームで回収してくれ」
「…え?」
困惑した返事が聞こえるけど、きっと大丈夫でしょう。見ればわかる。
ヘックスのほうを見ると、オレの通信を聞いてか聞かずか小型コンテナ二つを、大型コンテナにつなげている。
腰から個人用推進器を取り出し、先端のワイヤーを同じコンテナに飛ばして、コンソールの最後のボタンを押した。
「開けゴマってな」
ガオン、ガオン、ガオン…
ゆっくりと商船貨物室の外との搬入口が開き始める。
搬入口が開いていくほどに、貨物室の空気の抜きだす量が加速度的に増えていく。同時に、設置された大型コンテナが軋み鈍い音を立てる。
空気にかかる吸引力に大型のコンテナが引っ張られているのだ。
でも大丈夫。宇宙船の安全基準では、航行中に搬入口が開いても、コンテナは固定されており、空気と一緒に荷物が放り出される事はないようになっているのだ。
ただその安全基準は、コンテナを固定している支柱が誰かに斬り飛ばされている事は想定されていない。
ギギギ…ガコン
巨大なコンテナの重量を支えることができず、支柱がきしみ曲がっていく。
そして、最初の一個が支柱をへし折って船外に放り出されると、あとは堰を切ったように次々とコンテナの固定が壊れ宇宙空間に吸い出されていく。
推進機のワイヤーを巻き取ってヘックスと同じ大型コンテナに取りつきながら大型コンテナと一緒に宇宙へ吸い出されていく。。
「言ったろ。昔取った杵柄だって」
オレのやろうとしている事を理解したのか、ヘックスはバケツ型ヘルメットを呆れたように左右に振った。
別に自暴自棄になったわけではない。宇宙海賊時代によくやった手だ。
荷物を船外に放出してしまえば、襲っていた船がワープで逃げたとしても荷物は残る。あとは荷物ごと仲間に回収してもらえばいい。
宇宙海賊の目的は、船の襲撃ではなく荷物の強奪だ。
とはいえ残念なことに、トラクタービームはその用途から精密操作できるような装置ではなかった。
ある程度の大きさがなければ、目標と認識されない。
人間サイズや小型コンテナだと、専用の装置でければトラクタービームでは回収できないのだ。
まあ、もともと精密作業をする為の装置ではないからな。
見れば、商船に強制接舷していたシェイク号が、飛び上がってこちらに向かって来る。
不法製造船であるシェイク号に積んでいる安物汎用トラクタービームでは、中型コンテナ以上の大きさがないと機能しないのだ。
なので、わざわざ大型コンテナに取りついたのである。
問題があるとすれば、ここは広大な宇宙空間。近くても数キロの世界だ。肉眼で無数に飛び散るコンテナからオレ達を見つけるのは簡単な事ではない。
もちろん、そこもちゃんと考えがある。
海賊家業をなめちゃいけない。
「ヘックス」
「なんだよ」
「ブラスターだ。連射して目印にするんだよ。それで向こうもわかるだろ」
個人ブラスターは宇宙空間の戦闘では大して役に立たない。ブラスター銃の有効射程距離なんて、宇宙ではないようなものだし、その威力だって宇宙船の外装を貫くような威力はない。
だが、熱線の光は宇宙空間でも観測することができる。漆黒の宇宙にブラスターの熱線光は疑似ライトになるのだ。
オレの言葉に呆れたように再度ヘルメットを左右に振ると、ホルスターから万能銃を取り出し、何もない虚空に発射する。
連射されたブラスターの熱線光は、さながら小さな花火だ。
漆黒の宇宙では目立つ。
それを見つけて近づいてきたシェイク号は、オレ達のとりついている大型コンテナにトラクタービームを当てた。
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