第45話 よし。スルーは無理だな

賄賂を回収しようと役人の秘密倉庫に潜入したオレは、人身売買の証拠(人間)を見つけた。


これで、オレが正義の味方なら、悪事を暴き人身売買をする組織に正義の鉄槌を下すのだが、あいにく現状を確認してもオレは同じ穴の狢でしかない。

突然目覚める正義の心もないので、厄介ごとからは目をそらして、スルー一択ではあるのだが…


「…」


コンテナ内で横たわる少女の顔に、見覚えのある刺青を見つける。


右目のすぐ下からホホに向けて「〒」マークによく似た青い刺青。そこにはコード番号のような文字が羅列されている。


自分の携帯端末PDAを取り出し、カメラ機能を使って少女の顔の刺青を写真にとる。


「おお、トモダチ。少女の裸の写真が好みとは。なんとも罪深い事ネ」


無言で、後ろ足でハーンを蹴り飛ばしつつ、撮った画像を確認する。

顔だけで他の部分が写っていないことを確認してから、よく似た刺青をしているオレの船のクルーに、画像を送信。


ピロン


返信はすぐに来た。

文字は簡潔だった。


【どこだ】


そこまで長くはないがヘックスとは付き合いで、アイツはあまり饒舌なタイプではないことは理解していた。


「ヘフッ…」


即座に帰ってきたたった3文字の言葉に、変な笑いが漏れそうになる。

勘でわかるものなんだな。虎の尾を踏んだって。


「わたしムサシ。いま秘密の倉庫にいるの」


とりあえず、ウィットに富んだジョークを返信して場を和ませてみる。


【どこにいる囚人プリズナー


よし。スルーは無理だな(確信)。


下手したらここがLSSだという事を無視して、完全武装で乗り込んできかねない。この短い一文に。そんな凄みを感じた。

とりあえずPDAの電源を切ってこれ以上の連絡を強制的に遮断する。


「おい、ここら辺のコンテナの中を見ろ。同じような奴がいるか?」

「こっちの目的は達成したヨ。さっさと帰るべきネ」

「ここで騒ぎにしたいか?トモダチ」

「…手早く済ませるね。トモダチ」


あいにく、オレの状況は極めて悪い。ヘックスがオレの船のクルーである以上、自分の船を取りに行く事はヘックスと合流するという事だ


つまり、ヘックスが船で待ち構えていた場合、この問題をうやむやにする事は不可能という事だ。

ならば致命的な対面の前に、少しでも好感度を回復させておく必要がある。


十数分後。


他のコンテナには人身売買の商品はなく。ハーンの回収した商品と一緒に幼女のコンテナを持ち出して秘密倉庫を出た。


おかしい。無事に終わったのに全然身の安全を感じない。




場末のLSSの中継ステーションに、ろくな監視体制があるわけもなく、邪魔もされずにハーンの船に回収したコンテナを積み込む。


ハーンの宇宙船は汎用的な船なのか、コンテナを接続させるタイプ輸送専用船ではなく、荷物を格納する構造になっており、そこに無数のアンドロイド用のコンテナが並んでいる。


回収したコンテナをそこに格納するのだが、カタログ用にコンテナに製品写真が載っているせいか、一種異様な状態であった。

商品が印刷された抱き枕のパッケージが山と積まれている状況だと言えばわかりやすいだろう。


とりあえず、一緒に持ってきた少女のコンテナもそこに積み込む。

あとは、ヘックスの怒りをそらすために、連絡を取るだけなのだが…


「さて、トモダチ」

「ピィ!…な、なにアルネ?」


商品回収の依頼人であるハーンの肩に手を回し、強引に肩を組むと少し低い声で聴く。


「オレの回収したコンテナだがな。どこの船の物か分からないか?」

「他の船のコンテナなんて、分かるはずないアルヨ」


組んだ肩を引きずるようにハーンを少女を格納するコンテナの前に連れていく。


「このコード番号さ。どういうルールで付くんだっけ?」

「それは、コンテナコードね。コンテナごとに決まっている固有のコードよ」

「だよな」


そういってハーンに笑顔を見せる。それくらい常識だ。コンテナごとに固有のコードが決まっており、それと仲の商品を紐付ける事で、商品の売買を記録する。


まっとうな商売ならそこで終わりだ。

だが、まっとうではない商売の場合、その先がある。


「だが、そのコードを書き換える事もある。特に、まっとうな取引ができない場合、コンテナコードをごまかす方法とかあるよな。普通の普通の交易商人さん」

「…(チラッ)」


オレが視線を向けると、露骨に目をそらすハーン。


まあ、まっとうではない取引をする以上、コンテナに取引記録が残っていては問題だ。違法取引の証拠になってしまう。そうならないように、自分とは関係のないコンテナナンバーに変える必要がある。


まっとうな商取引の前に、賄賂として差し出されたのなら、当然コードを変更する前であるはずだ。後は、その固有のコードを見ればいい。


「なあ、オレの報酬はこのコンテナだけでいい。手間賃も不要だ。それだけ、後はこのコンテナを回収して終わり。楽な仕事だろトモダチ」

「…面倒な人に話を持ち掛けたみたいネ。でも仕方ない。ただ、これ以上の上乗せはナシヨ」

「商談成立。任せてくれ。これ以上の迷惑はかけないさ」


言うだけならタダだ。


少しでも情報を集めておかないと、この先オレがどうなるか分からない。


どこからか機械を持ち出して、コンテナにつなげて捜査を始めるハーンを横目に、切っていたPDAの電源を入れる。

ピロピロリン


電源を切っていた際の連絡をPDAが受信する。

通知連絡が二件。通話連絡(不在着信)が二件。なお、差出人はすべて同じ人物だ。


「おう。ジーザス」


PDAの画面から目をはずして天を仰ぐ。あいにく宇宙なのでそれが上なのか下なのか分からないが、とりあえず自分から見て上が天だ。

あいにく、救いの啓示は降りてこなかった。


うん。数十件もの通知が一気に届くのも怖いが、これだけの連絡しか来ていないのも別の意味で怖い。


「パッケージは回収済み。他に同系はなし。現在経緯を調査中。明日船を受け取ったら迎えに来て」


連絡は事務的にかつ簡潔に。


【分かった】


返事も簡潔だった。

どう“分かった”のか聞くのが怖いので聞かないことにする。

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