第42話 胡散臭い奴だった
裏路地で暴力を受けていた奴を助けたら、そいつが胡散臭い奴だった。
どれくらい胡散臭いか、深緑のパッツンパッツンのノーマルスーツを着たまんじゅうを二つ並べたような東洋系の目の細いオヤジだった。
つぶれたアンパンみたいな顔で黒髪はシチサン分け。それもワックスを懸けたみたいにぴっちり丸い頭部に密着している。
そして、芋虫みたいな太い指のついた両手でおがむように握っている。
「ありがとうトモダチ。ワタシとても感謝ネ」
「…」
おかしいな。ホロムービーとかなら、こういう時は巨悪から逃げてきた美女とか、亡国のお姫様とか、そういう浪漫あふれる展開じゃないのか?
なんで、雪だるま系の胡散臭い男なんだよ。
「まあ、気にするな。じゃあな」
こういう時は、なかったことにして離れるのが正しい選択だ。さっきの若者達のように余計なことをすれば楽しむ時間を失うことになる。
踵を返して表通りに向かう足に負荷がかかった。
「待ってほしいアルヨ。一生のお願いネ」
「あいにく。初対面の人間の一生に価値を見出す趣味はねぇ。他を当たれ」
ここは曲がりなりにもLSSだ。なので程度の差こそあれ治安維持組織がいる。要するに警察だ。中継ステーションだからと常駐していなくても、この星系の主要ステーションに連絡すれば、対応をとってもらえるはずだ。困っているならそっちに当たればいい(ただし合法的な内容に限る)。
クソッ。足が重い。
しがみつかれた足を力づくで強引に前に出す。
「お、お礼はちゃんとするアルネ」
ピタッ
あさましいと思うなかれ。
分かっていると思うが、シャバに戻るためにはお金がいるのだ。
オレの状況を鑑みてくれ。カタギに戻るには、まっとうな宇宙船がいる。そして、宇宙船を購入するには金がいるのだ。
普通のフリゲート船なら、一般市民の平均年収の2~3年分くらいだろう。
だが、銀河共和国と銀河帝国が戦争をしている現在、帝国領土への帰還は国境地帯を超える必要がある。となれば宇宙船には身を守る性能と装備も必要となる。
そうなれば、当然値段も跳ね上がる。
そして、オレが銀河共和国的には受刑者であるはずの身の上で、さらに住所不定無職だ。
当然だがローンを組む事はできない。
船を購入する十分な額が必要になるのだ。
先の海賊ナディアからの報酬は高額だったが、宇宙船を買えるほどではない。さらに、今回は身の安全を図るために「シェイク」号の修理に使用してしまっている。
そして何より金はあって困るものではない。
社会人は経済活動をする生き物なんです。
「ワタシ。ハーンといいます。普通の普通の交易商人アルネ」
普通の自己紹介では、「普通の」である事をわざわざ強調する奴はいない。
胡散臭さプラス1である。
「今商売でとても困ったことになったアルヨ。人手がいるネ。だからトモダチに頼むネ」
オレが不審がっているのが分かったのか、拝むように声を震わせこちらの同情を誘う。
胡散臭さ、さらにプラス1である。
なので、ダイレクトに聞いてみた。
「それは法に反しないのか?」
「…(チラッ)」
おい。そこで目をそらすんじゃねぇ!
「大丈夫アルヨ。法を犯すようなことはないアルネ」
「なら、なんで目をそらすんだよ」
「…厳格に法に照らし合わせなければ問題ないアルネ」
同情を誘うように弱々しく口にしながら、次の瞬間がらりと雰囲気を変える。後ろ暗い、いやらしい笑みを浮かべながら、拝むようにしていた手で丸マークを作る。
「お礼は弾むヨ。トモダチ。大丈夫ネ。ワルイ事はするかもしれないけど、ヒドイ事はしないアルヨ。約束するネ」
もう胡散臭さの合格ラインをノータイムで突破して、ファンファーレを鳴らしてゴールしていそうな顔だ。
まっとうな人間であれば、間違いなく関わり合いを持たないようにするのが正しい選択だ。
しかし、オレには共和国の法を順守できる状況ではない(現在進行形)。叩けば埃どころか罪状が飛び出し、刑務所に直送される状況でもある。
経歴から始まり入国した現状はもとより、乗っている船にしたって不法製造船で、しかも
まっとうな仕事について金を稼げない以上、まっとうではない仕事で金を稼がなければならないわけである。
つまるところ、余裕のある休暇は急遽終わりを告げたのだ。
「おう。ジーザス」
貧乏暇なしって言葉はどうやら真実らしい。
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