胡散臭い男の胡散臭い話

第40話 これが文明の味

アウトセキュリティースペース。通称OSS。正式名称はセキュリティレベル0星域だ。


レベルという格付けがある以上、格付けには上下があり、上はレベル10から下はレベル1(0は例外)まで、各国の基準で決められている。


基準は国ごとに左右されるが、ある程度の指標にはなる。

主要ステーションを守ることしかできない所だと、当然セキュリティレベルは低くなるし、定期的に主要航路や資源惑星に偵察隊を巡回させていれば、セキュリティレベルは高くなる。


その差が小さいなら大した変化を感じないかもしれないが、レベル1とレベル10は、大都会の繁華街と田舎の寂れた駅前くらい違う。


まあ、そんな曖昧な基準ではあるが、宇宙船で各星系を移動する者たちは、それをさらに自分たちの判断基準で二つに分けだ。


「ハイセキュリティスペース(HSS)」と「ローセキュリティスペース(LSS)」だ。

つまり、「治安が良い方」か「治安が悪い方」かである。

実にわかりやすい判断基準だ。



当然、治安の良い方は安定と保証を求める人種が使うし、治安の悪い方はそれと対極の人種が使う。


そして、治安の悪い方で生活する者達は、厳密に法を順守する事よりも、問題さえ起こさなければ、犯罪者であっても「気が付かなかったことにする」程度の認識の者が多くなる。


ここは、そんなLSS(治安の悪い方)の中継ステーション。




「これが文明の味…」


最近の新作ホロムービーシネマを、軽食&ドリンク付きで堪能して出てきた所だ。


映画の内容は、悪の帝国星人の極悪無差別大破壊兵器の弱点を記した設計図を盗むために、凄腕調査員が知恵と勇気とヒロイン(元敵兵)との愛で、設計書を入手して破壊兵器を壊して大爆発してハッピーエンド。

王道だね。


まあ、何の身にもならないチープな内容を右から左に垂れ流しつつ、大手チェーン店のロゴの入った軽食にかぶりつき、懐かしいチープな味を堪能する。


これこそ怠惰の味。




中継ステーションとは、宇宙空間にポツンと浮かぶ簡易ステーションだ。周囲に惑星やゲートがあるわけではなく、物理的には何もない場所にある。

しかし、そんなステーションに、なぜか定期的に船が足を止める。


それはなぜか。


前にも言ったが、ワープで移動する際、途中で次のワープまでエネルギーを回復させる必要がある。交通量が多い経路であれば、特定の地点では多くの宇宙船がエネルギーを回復させるために停泊する事になる。


そんな場所にステーションを作り、エネルギーの回復がてら娯楽と休憩を提供するのが中継ステーションだ。

道の駅とか高速のサービスエリアのようなものだ。


特徴として、多くの船が短時間で出入りする為、入港時にチェックの入る主要ステーションとは違い、やってくる船や人間の身元確認は基本的にスルーだ。


当然、治安はよくないものの、そもそも誰もいないはずのOSSと比べれば、共和国に認められた公式有人居住星系である。大手チェーンや個人経営のキッチントラック的な飲食・遊興店が軒をつらねている。


つまり、オレのような人間にとっては、文明の味を堪能できる数少ない癒しスポットなわけだ。



「アリガトウゴザイマシター」


大衆食の味を堪能して店を出ると、チェーンのテーマソングをBGMに店員ロボットの機械声のお愛想が聞こえる。


これが文化だよ。




女海賊ナディアの危険な依頼を成功させたオレ達は、そこそこの額の報酬を手に入れた。


そこで、自分の宇宙船である「シェイク」号に常備稼働されている居住区域自動振動機能の改善を求めて、業者に修理を依頼したのである。


OSSにも修理業者はいるのだが、当然存在しない場所で経営する修理業者を信頼なんてできない。ずさんな修理どころか、自爆装置を勝手につけて持ち主を爆殺し、船を強奪して他の奴に売りつけるといった可能性すらある。

個人間の信頼関係でもなければ利用しようとは思わないだろう。


そこで、治安が良くないとはいっても一応は、公式の技術資格と経営許可を持つLSSの修理屋に依頼したのである。

航行中の不慮の故障に対処する為に、中継ステーションにそういった業者が店を開くのはよくあることだ。


通常、星系を航行する事が許されていない不法船だが、金次第でそういう船の修理をしてくれる。

…まあ、危険がないわけでもないのだが、そこまで心配していたら何もできない。


そんなわけで、船が修理するまでLSSのステーションで羽を伸ばすことにしたのである。


さっきも言ったけど、報酬をもらったばかりで金はあるからな。金は。

いやぁ。余裕があるって素晴らしい。



なおヘックスはステーションに入ったところで別れている。どこに行っているかは分からない、たぶん繁華街だろう。大きな中継ステーションには、賭博や女性と遊べる施設なんかもあるのだ。


いつもなら、最低限の生活だけすれば、余計な厄介ごとを避けて自分の寝蔵に帰るのをライフワークにしていたのだが、ささやかなバカンスという事で、治安の良さという恩恵を堪能していたのだ。




「おい。情けねぇ奴だな!」


どんなところにもガラの悪い場所というのがある。


いつもOSSにいたので、OSSのガラの良い場所は、LSSのガラの悪い場所という判断ができていなかった。

薄汚れたわき道を抜けた先に、3人の若者がいた。


パンキーな服装の3人組は壁際で地面にうずくまる何かに罵倒を浴びせている。

さらには、小突くというレベルではない威力の蹴りを入れており、それが当たるたびに、小さな悲鳴が上がる。


バカンスというのはね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで…


余裕とは人を優しくするものだ。


「おい。そこらへんにしておけよ」


反省はしている。

後悔は先に立たないものだという事を忘れる程度には浮かれていたのだ。

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