第39話 知らなかったのはオレだけ

とりあえず海賊ナディアからの仕事は終わった。


そのまま、回収したデータを依頼主に引き渡そうかと考えたのだが、戦闘の連続で精神的も肉体的も疲れ切っていたオレ達は、いったん休憩して明日報告へ行こうという話になった(成功した事の連絡は入れておく)。


一応、フリゲート艦には休憩用のスペースがあるのだが、我が「シェイク」号の休憩室は、「ゆっくり休む」という意味では拷問室と大差のない能力である。

そんなわけで、近くのステーションで宿をとって休む事になった。




違和感はあった。

ステーションに降りる際、ヘックスがバトルスーツを脱いで、まともな服を着ているのだ。

とはいえ、それは初めての事ではない。そもそも、バトルスーツは戦闘用であり、常時着ていてリラックスできるような装備ではない。


それでも、危険な場所や治安の悪い場所へ行く時には、ヘックスはいつもバトルスーツを着ていた。

逆に言えば、そうでない場所に行くならヘックスは普通の服を着ている。


オレ?オレも普通の服は持っているが、基本的にはノーマルスーツです。

行くのが安酒場とかなら別に着替えるほどの事でもないし、着替えるのが面倒だし、洗濯も楽だし。そういう人は他にも結構いる(押しなべて下層民だが)。


ノーマルスーツはバトルスーツよりも安物の分、着ていて邪魔に感じる事は少ないからね(良くもないけど)。



そんな、違和感の正体はリッカ達に出会って解決した。


あの、ベッキーさん。やたら気合の入った服を着ていますね。

ドレスとまでは言わないが、上下ともに結構な高級品。きちんと化粧までしている。少し派手だが、高身長と相まって美人だ。


隣で、怪訝そうな顔をしているリッカは、さしずめおつきの召使か?


「え~っと…」


合流して、とりあえず何か言おうとするリッカだが、それを無視してヘックスがベッキーの横に移動すると、自然な雰囲気で腰に手を添える。

それを笑顔で受け入れるベッキー。


そのまま、二人でステーションの中心部の繁華街へ向かう姿は、確かにデートに向かうカップルとして違和感はない。

あそこへ行くなら、オレとリッカの服装のほうが場違いだ。



「…」

「…」


こうして、取り残されるオレとリッカ。

あれ?仕事の話は?ほら、報酬の分配方法とかさ。いや、そもそも休むためにステーションに来たのは合意しているんだけどね。


しばらく去っていた同僚の背中を見送っていたリッカが、頑張ってシナを作って猫なで声を上げる。


「…ねぇパパぁ。ご飯おごって」

「誰がパパだ!」


何活だよ。そんな趣味はねぇよ!


「いや。このまま、仕事の話だけしてバイバイしたら、なんか負けじゃん」

「何と戦っているんだよ。お前は」

「う~ん…女のプライド?」

「年長者からのありがたい忠告だ。「勝てない戦いはするな」だ」

「あ、ひどーい」

「そもそも、金がねぇんだよ。だから仕事の話をしてるんだろ」


ヘックスは繁華街で大人のデートする財力があるのだが、あいにくオレの持つ現金は、安宿に一泊泊まるのと、後はせいぜい晩酌を豪華にする程度だ。それだって、今回報酬が入るから選択肢に出てくる話で、まだオレの経済状況は劇的に変化しているわけではない。

今回の報酬が必要なんです。そのために腕を売り込んだんです。


「しょうがないなぁ。ここはアタシが、可哀想なおっちゃんにおごってあげよう」

「………そうか」


しばらく葛藤したが、最終的にプライドが負けた。

頭を下げてお金をもらうのが社会人です(自己弁護)。


「それじゃ、レッツゴー」

「…」


元気に歩き出すリッカの後をトボトボとついていく。

少しでも節約しないとね。

自分の心に棚を作って精神の安定を図る。それが大人というものだ。




「アタマオオモリ、カラメ、チョウモリで」

「お兄ちゃん。注文は?」

「え?…あ、同じので」

「アイヨ。二丁入りました。アタマオオモリカラメチョーモリィ!」


流れるように注文を聞いてくる兄チャンに、なぜか「ロットを崩すな」というプレッシャーを感じつつ注文すると、威勢のいい暗号が返ってきた。


これって、ちょっとお洒落なタイプのカフェの特殊な注文方法なんだよね。トールとかグランデとかいうタイプの奴だよね。


ドン!


出てきたのは「限界に挑戦」というタイプの食べ物だった。

流し込むように食べ始める出資者のリッカ。

さっき「女の戦い」がどうとか言ってなかったか?その姿だと、戦う以前に不戦敗だぞ。


「へい。お待ち」


そう言って、店員がオレの前にも同じ物を置く。


オレも戦う前に不戦敗でもいいでしょうか?

プライドを捨てた者に拒否権はないのであった。

これが若さか…


穴という穴から出てきそうな満腹感を前に、そのまま安宿屋に戻るが、すぐさまトイレに転居届を出す。


報酬の話はまた明日ぁ!!(負け犬)




「イナフ!」


次の日、ナディア海賊団の秘密基地に、吸い出したAIデータを持って行く。

データの内容を確認した部下の海賊がうなずくと、上機嫌でナディアが両手を上げて称賛の声を上げた。


「上出来だ。これで、話も進むってもんだ」


そう言うと、自分の机の引き出しを開けてキセルと一緒に電子カードを取り出すとこちらに滑らす。

まず、リッカがそれを受け取り、読み取り機で自分の分の報酬を受け取る。


昨日の段階でリッカと二人で報酬の分配の話はすませていた。

といっても、早く帰りたかったオレは五分五分で分けるとさっさと決めしまったし、リッカからも不満の声はなかった。

ちなみに、お互いの仲間の分は、そっちで決めろという事もこの時決まった。


こっちに回されたカードの残金を見ると、予想外の額が記入されていた。

もともと高額の報酬だったがそれ以上だ。当初の予定額の倍近い。


別にリッカが少なく取ったわけでもない。電子カードには取引記録が残っている。そこを見れば、リッカの読み取り機にも同額割り振られていることが確認できる。


ちなみに、ヘックスとの分配も五分五分。つまり、一人25%づつだ。

一番あと腐れもなくて面倒もない話である。


実際、ヘックスも防衛のために買い集めたエネルギーパックなどで経費が掛かっている。



「これで仕事は終わりか。じゃあな」


まあこれで今回の依頼は終わり。

依頼完了を確認して踵を返す。帰って報酬の使い方を考えるという前向きな幸福に浸ろう。ちょっとくらい好きなもの買ってもいいよね。お酒とか…いや、胃薬が先かな?いやいや、そんなのはした金だ。船の修理をして、その上で…


「はん?何を言ってるんだい」


そんな幸せな妄想を不穏な一言が水を差した。


嫌な予感に足を止めゆっくりと振り返る。

さっさと帰ろうとするオレと同じ船に乗るはずなのに、ヘックスは元の場所から一歩も動いていなかった。


「ネタが手に入った。次は転がしてデカクするんだよ」


見れば、ナディアがキセルにを吸い、咀嚼するように口を動かすと紫煙を滝のように吐き出す。

きっとあれは毒の息だな。「どくけしそう」を買わなくちゃ。報酬で足りるかな?(現実逃避)


「さっきのには、前金も含めてある。安心おし。すぐにどうこうするわけじゃない。その金で羽目を外すくらいの時間は十分あるさ」


チラッと視線を横に見ると、リッカは満面の笑みを浮かべて、ベッキーは軽く首を横に振ってこちらを憐れんでくれている。

オレが知る以上に、今回の依頼の事情を知る二人は、この展開を予想していたのだろう。事前に話をされていたのかもしれない。


ヘックスはバトルスーツのヘルメットのままで表情こそ見えないものの、軽く肩をすくめる。


「金が要るんだろ」


そう言えばオレの仲間は、事情を知る人間と、昨晩とても親密なコミュニケーションをしていました。

つまり、知らなかったのはオレだけである。


「おう。ジーザス」


どうやら、儲け話がベットの上に落ちているのは世の常らしい。

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