第38話 ああ、ようやく一息付けた
宇宙空間に吸い出されたけど、私は元気です。
まあ、ノーマルスーツをちゃんと着ていたしね。
確かに、宇宙空間に吸い出されたら慣性の法則によって永遠に飛ばされ続けることになる。そのままだと、宇宙のデブリになる事だろう。
まあ、そうならないようにノーマルスーツに推進機は常備されています。
腰についたトンファー型の個人携帯推進器を外して左手に持つ。
どんどん秘密基地から離れているが、慌てない。宇宙遊泳教習でも習ったが、大事なのは落ち着いてから行動する事だ。
手足を振って体の回転を減速し、回転が緩やかになってきたら必要な方向に推進器を向けてさらに回転を減らす。
体の回転が減って体制が維持できたら、目的地に向かって推進器を加速させる。
無重力の宇宙では、慣性の力は減る事はないが増える事もない。吸い出されただけなら初速分の慣性しかない。
反対方向に推進器を使えば、いつかはゼロになり、最後には逆に進むことになる。
まあ、帰るまでの時間まで空気が持つのかとか、進行方向がずれて目的地が見えなくなるとかいろいろあるけど、まあそれは今は言うまい。
必要なのはマイナスにするだけの力を与えられるかというだけ。
宇宙に吸い出されても、助かる可能性は十分あるのだ。
そして、オレにはさらに有利な点が二つあった。
一つは、オレが来ているノーマルスーツだ。
高級なノーマルスーツなら自動姿勢制御や追加推進器が取り付けられていて、緊急時には信号発信機まで搭載されている事もあるが、オレが着ている安物には、そんな便利な機能はない。
ただ、安物で汚れているとはいえ白をベースとしており、そこに蛍光オレンジのライン。胸には同色の「(株)モロボシ」のロゴが入っている。
つまり、光を反射して宇宙でも目立つのである。
そして、二つ目の理由
【おっちゃん。無事】
「放り出された事以外はな」
【ちゃんと「捕まって」って言ったじゃん】
「言われても、できない事があるんだよ」
強化ガラスの向こう側からバトルドローンを撃破したリッカだ。
船の前面に取り付けられた機銃で攻撃したので、破壊された箇所はコクピットから見える目の前。そこから漏れた空気で放り出されたのがオレだ。
目立つスーツを着ている事を考慮しても、オレを補足する事は難しい事ではない。
フリゲートとの通信範囲は、ノーマルスーツのちっぽけな通信範囲よりも圧倒的に広い。それを使えば今の自分の場所を連絡する事も可能だ。
最悪、推進器についているライトで自分の位置を知らせてもいい。
近くまで来たリッカの宇宙船に、推進器のワイヤーを飛ばして取付き。そのまま、気密ハッチから船に乗り込む。
「…はぁー」
ノーマルスーツの気密を解除して、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
ああ、ようやく一息付けた。
船のコクピットでリッカに事情を聞く。
バトルドローンによって分断されたリッカだったが、そのまま宇宙船ドックに向かったそうだ。
そして、宇宙船の通信を使ってベッキーと連絡を取り、オレの位置を特定して救援に来たという事だ。
オレが逃げた方向のいくつかの監視カメラを、封鎖する前にベッキーがハッキングしていた事で、オレの移動経路と現在位置をある程度予測出来たらしい。
その後の対応はスムーズだった。ヘックスとベッキーが立てこもるマシンルームからほど近い外壁をリッカの船でぶち壊し、二人がそこに逃げ込むだけだ。
当然だがヘックスもベッキーも気密性のあるスーツを着ているので、壊れた外壁から外に出る事に問題はなかった。
もっとも、オレが逃げ回っている間も、マシンルームでは断続的にドローンに襲われて、結構大変だったらしい。結果的にマシンルームの機器はもう使えないほどボロボロで、秘密基地の維持ももう無理だろうとの事だ。
そんな中での脱出劇だ。
気分は自爆装置が作動した敵アジトからの脱出だったかもしれない。
とはいえ、宇宙船に乗ってしまえば問題が起こることもなかった。
基地のドックに戻り、置いてある「シェイク号」に乗り変えて出ていけば依頼は完了だ。
どうでもいい事だが、リッカの船の乗り心地は「シェイク号」より圧倒的に良かった。
やっぱり、報酬は船の修理に使おう。
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