第37話 逃げ道はない
追われている状況で、長く広い通路に出てしまった。
とはいえ、戻ってほかの道を探す余裕なんてない。
「すーっ」
気密しているノーマルスーツなので、新鮮な空気とは言えないが、大きく息を吸い止める。
そして、残った力を振り絞って一気に走り出す。
通路には遮蔽物になりそうなものはない。
座るだけのベンチ。飲料サーバー。観葉植物。まあ、解放感を味わるリラックススペースに、威圧感のある物が配置されているわけがない。
当然だが、バトルドローンの持つライフルから身を守る役には立たない。
一本道だが、通路の何か所かには横道がある。そこまで行けば何とかなるかもしれない。
後の体力を考えずに全力疾走。
一つ目の通路は…給湯室。はいさようなら。
ちらっと見ておくに道がない事を見て足を止めずに通り過ぎる。
次の通路まで…
カシュカシュカシュ
後ろから聞こえるバトルドローンの足音に、チラッと後ろを見ると、バトルドローンの黒い影が、曲がり角に差し掛かっていた。
歯を食いしばり無理やり足を速めて、次の角に飛び込む。
「はーっ、はーっ、はーっ…」
後ろからブラスターの熱線はこなかった。
止めていた息を吐いて、新しい酸素を肺に送り込む。
そして、通路の奥を見た。
男用と女用に分かれていた。
「…はー」
大きく息を吐く。
トイレに通り抜ける通路をつけるやつはいない。
分かっていることだが、行き止まりだ。戻ってもバトルドローンの集中砲火をあびるだけだろう。
逃げ道はない。
壁に体を預けるようにして息を整えつつ、剣を握りなおす。
「すーっ…はー…」
息を整える。
勝てるのか?わからない。
相手はバトルドローン3体。手にもつ武器は一撃必殺の大口径ブラスターライフルだ。
勝機は?どうやって?
…考えるな。
この後どうするか。どうやって倒すか。どうすれば倒せるのか。めぐる思考を排除して、考えることをやめる。
有利不利を考えるな。不安は体をすくませる。恐怖は足を鈍らせる。余計な思考は剣を振る腕に迷いを生む。
余計な思考を排除し、自分の体をただ一点の目的の為に最適化する。
体の感覚を研ぎ澄まし、できる限りの状況を感じ取り、最善最速の動きで対処する。
「スーッ。ハーッ…」
カショカショカショ
バトルドローンの足音が大きくなってくる。
だが、必要なのは足音ではない。足音の大きさで距離。足音の重複で数。その強弱で位置を。
全身の感覚を研ぎ澄ましていく。
【おっちゃん。何かに捕まって!】
余計な思考を除外していたら、通信から想定外の情報が入ってきた。
その瞬間。通路から見える強化ガラスの向こう側を一隻の船が通り過ぎる。
一瞬遅れて、それがリッカとベッキーの乗ってきたフリゲート船だと気が付いた。
「…え?」
あんだって?
意識を集中しすぎて、突然の通信内容を理解するのに一瞬時間がかかる。
そんなオレの事情を理解できるわけもなく、外を飛んでいた宇宙船は強化ガラスの前で止まると前面についた機銃をこちらに向けた。
ガガガガガガガガ!!!
音を立てて機銃が火を噴き強化ガラスを貫く。
前にも言ったが、艦艇に搭載されている武器の火力は、個人が持つ武器とは桁違い火力を持つ。
高い攻撃力と防御力を持つバトルドローンといえども、それはあくまでも対人用。大柄と言っても所詮は人型でありどんな攻撃も無効化するようなスーパーアーマーは搭載されていない。
そして、リッカ達のフリゲート船は戦闘艇。艦載機やフリゲート船を撃墜するための武器を搭載している。バトルドローンの装甲なんて、あってもなくても同じようなものだ。
集中砲火に耐えることもできずに、バトルドローンはバラバラに粉砕される。
その無慈悲な姿は、いっそ可哀そうに思うほどだ。
ただ、問題があった。
リッカの乗る船が宇宙船であるという事だ。当然、その船が活動する場所は宇宙空間だ。
オレがいる場所は、秘密基地とはいえ、人類の生存可能な施設内である。
この二つの場所には、決定的な違いがあります。
空気の有無です。
施設の気密を守っていた強化ガラスは、当然粉砕されています。つまり大穴が開いている状態だ。
空気のある空間が、宇宙空間に直結したらどうなるか。
そう言えばさっきリッカが通信で何かに捕まれって言ってたね。
で、言わせてくれ。
トイレに向かう通路に捕まるようなものがあると思うか!?
さらに悪いことがある。
前にも言ったが、この世界で人工的に重力を発生させているのは空気による作用だ。
当然だが、空気が減ればその作用は小さくなり、空気がなくなれば重力はなくなるのである。
無重力の世界で踏ん張る事は物理的に不可能だ。
ノーマルスーツの気密は、ここに来た時からつけたままだから問題ないが、空気が吸い出される勢いに体が持ち上がる。
「おう。ジーザス」
足が床から離れたらもう終わりだ。
「うわぁぁぁぁ」
悲鳴とともに、宇宙空間に吸い出された。
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