第31話 おじさんはよく分かっていない
「空気があるな」
床に足を置いて確認する。
この世界では重力発生装置は安価で便利で分かりやすい機能になっていた。
空気によって重力を発生させているのだ。なんでも空気のベクトルを操作する事で、上から押さえつける形で疑似的な重力を発生させているのだそうだ。
空気と電力(エネルギー)さえあれば、安価で重力を持たせることができるという事で、この世界では一般的な重力装置となっている。
遠心力を発生させる機構も必要なく、空気に干渉できる装置を設置するだけで安易に安価で重力を作り出せる。
これにより、ついうっかりスペーススーツの気密を解除してしまう事故が激減した。
重力の有無で空気の有無が確認できるのだ。無重力の場所では気密を外さない。重力のある所は空気があると認識される事で、事故を激減したのだそうだ。
当初、懐疑的な意見もあったものの「外に出る時に靴を履き間違えたことのない者だけが意見を言いなさい」といったところ、反対意見がなくなったという本当かウソかわからない逸話が残っている。
とはいえ、空気があってもオレ達は誰もスーツの気密を外さない。
まあ、常識ともいえるが、ここは敵地だ。基地管理AIが敵に回っていれば、有毒物の散布から、突然空気を抜くような殺人事故まで簡単に起こせるだろう。
ドックから中に侵入したが、予想していた敵AIからの襲撃はなかった。
「戦術AIとか、ドローンとかいないな」
「当たり前だ。ちゃんとIDを取得している」
疑問を口にすると、ハッカーのベッキーが答える。
「言ったでしょ。ちゃんと準備しているの。中枢までフリーパスだよ」
リッカとベッキーはさも当然と言わんばかりにすたすたと先に進んでいく。
残されたオレとヘックスは顔を見合わせると、軽く肩をすくめて後に続いた。
リッカの宣言通り、中枢までフリーパスだった。途中のゲートですらスルーだ。
「綺麗なものだな」
「戦闘があったんだろ」
「そんなの、とっくの昔にキレイキレイされてるよ。管理AIは生きてるんだもん」
オレとヘックスの感じた疑問にリッカが答える。
住人がいなくても、秘密基地の維持はされていたらしい。確かに、電源は光エネルギーから自動充電できる。消費する人間がいなければ、維持管理による物資の消耗も最小限で済むだろう。
もっとも、仕えるべき住人がいないのに、ここを維持する理由があるのかはわからない。
中枢ルームにつくと、ベッキーは背負っていたAIを地面において、ケーブルを端末につなげていく。左腕のサイバーウェアから立体画面が投影され、それを操作を始める。
このまま、終われば楽な仕事なんだが…
「マズイわね」
そんなわけがないのである。
「何かあった?」
オレの言葉にベッキーが不機嫌にこちらを見る。どうもオレはベッキーから好意的に見られていないようだ。
冷静に考えてみれば、オレってここまで不満しか言っていない。好まれる要素ゼロだよな。まあ、好まれる必要もないけど。
とはいえ、お互いプロだ。個人の嗜好で仕事をしないわけにはいかない。
オレとベッキーを無視して、リッカがベッキーの横から立体映像を覗き込む。
「どうしたの?」
「AIの容量が大きい。吸い上げる前にAIの妨害が入る」
「どれくらい」
「1.8秒」
「ドローンはスタンドアロン可能だよね…」
ベッキーの説明に、リッカが呻くような声を上げる。
…おじさんはよく分かっていない。
「じゃあ、おっちゃん達に仕事をしてもらいますか」
そう言ってこっちを見るリッカ。
いきなり話を振られて、ヘックスと顔を見合わせる。
「…」
「…」
「オーケイ。仕事をしろというならしよう」
オレの言葉にヘックスも同意するように腕を組む。
安心してほしい。オレ達はプロだ。言われた仕事はちゃんとする。
「で、なにをどうばいいんだ?」
だから言ってね。
リッカとベッキーの目が不安そうに半眼になる。
ごめん。おじさんはよく分かってないんだ。
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