第27話 ただし、初見に限る

「アンタはいい。度胸もある。こいつを見つける目も。で、そっちの男は?」


顎に手を当て、目を半眼にして「お前を見ているぞ」とアピールしながら女海賊ナディアはオレを値踏みする。


まあ、彼女の言葉は間違いなく正論だ。


全身をバトルスーツで包み。賞金首の受渡し交渉に、今こうして腕の売り込みまでしているヘックスは、とりあえず合格と言えるだろう。ここまで出来て、腕がヘボなら、それはそれで笑い話だ。


で、それに比べてオレは何か?


やったことは、荷物しょうきんくびを物理的に運んで来ただけである。

身に着けているのは、最低ランクの薄汚れたノーマルスーツ(『(株)モロボシ』のロゴ入り)。


ブラスター銃らしき武器は持っておらず、何を血迷ったか、鞘に入った長剣を携帯しているだけだ。


ファンタジーの世界で言えば、戦士を紹介してもらったら「ぬののふく」と「こんぼう」でやってきた状態だ。「どこの部族の戦士ですか?」と聞かなきゃならないレベルである。

これで、ヘックスと同じだけの人件費を取られたら面接官失格だ。


「…ムサシ」

「あいよ」


まあ、こんなオレだが元海賊のキャリアは伊達ではない。こんなことは昔にもあった。

自慢できるキャリアかと聞かれるとちょっと自信はないが、それでも使える場面では使わなきゃならない。


声を掛けられ、ヘックスの横に移動する。



一歩。二…



オレが、やろうとしている事は剣術の応用だ。つまり、オレのチートの範疇内だ。

「起り」と呼ばれる予備動作を消し行動する『縮地』あるいは『無拍子』と呼ばれる技。


違うのは、ただそれを出すのではなくフェイントを入れる事。


右に移動する際の「起り」はわざと残す。そのまま二歩目の途中に「起り」を消す。

「見えるように行動する」というフェイントを混ぜる事で、『無拍子』の察知阻害率を跳ね上げる。


あとは、鞘から剣を抜き突きつけるだけだ。

剣先を、ナディアの目の前に



「!」


目の前に突き出される剣先にナディアが目を見開く。


用心棒たちが銃を抜くが完全に遅い。ここまでやって見せつけるのには理由がある。

この世界において、サイバー技術や、バトルスーツのサポートで人間の速度を超えた行動がとれるからだ。


普通に、オレが人類最速の速さで抜き打ちをしても、そもそも人間の限界を突破しているサイバネティックの速さに勝つことはできない。


だから、不意を打つ為の『無拍子』である。

サイバネティックであろうとも、バトルスーツの補助であろうとも、持ち主が意識して指示をださなければ動作しない。


相手に認識させない、意識をさせないこの技は、未来においても有用なのだ。


ただし、初見に限る(ここ超重要)。

油断していなかったり、最初から警戒されていたら普通に対処されます。

しょせんは不意打ちの技であり、物理的に加速しているわけではないのだ。


前にも言ったけど、達人技でも物理法則を超越しているわけじゃないんです。「ヨーイドン」でやると普通に負けます。


とはいえ、初見であれば絶大な効果を発揮する。

再度いうけど、別にオレ達は彼女と敵対するために来たわけじゃないからね。


彼女の用心棒達が武器をこちらに向ける中で、剣を突き付けられたナディアは、最初こそ驚いたように剣先をみていたが、視線を外してこちらを見ると、ニヤリと笑う。


まあ、オレが危害を加えたいわけではない事を理解したのだろう。

ゆっくりと右手を上げると、それを合図に用心棒達は突きつけて来た武器をしまう。


「オーケイ。謝るよ。大したもんだ」


そういうと、上げた右手で剣先をつまむとゆっくりと目の前から外す。

さっきも言ったように、あくまでもインパクトを与えるデモンストレーションだ。なすが儘にして、指が外れると同時に、剣を引いて鞘にしまう。


少なくとも、これでオレがナメられる事はないだろう。

前にも言ったが、アウトローの世界では舐められないようにする立ち回りも必要なのだ。

見せかけでもハッタリでもな!


「荷物について悪くない額を払おう。仕事も回そう。OSSで必要ならアタシの名前を出していい」

「…」

「…」


その言葉に、オレ達はいぶかしげにナディアを見る。


ナディアの示す最初の2つは問題ない。望んでいた内容だ。だが、最後の一つは破格…とはいかないまでも、優遇された内容だ。


なにせ、OSSで何か問題があった際に、その保証人になると言っているに等しい。

オレ達はお互い面識のない初対面だ。どんな背景があるかわかったもんじゃない。それを無警戒に抱え込もうとしているわけだ。


その理由を話すように、ナディアは指でヘックスを指す。


「そっちは、アタシに義理を果たした」


そして、指をオレに動かす。


「あんたは、アタシの不義理を許した」


そして手を開いて、不敵な笑顔を見せる。

さっきまで見せた不気味な笑顔と違い、その顔には長年海賊たちを率いてきた貫禄があった。


「だから、こっちも義理は果たす。そう言うこった」


ご機嫌にそういうナディアに、特に不利益はないので納得すると、荷物を引き渡すべく、部屋を出た。


といっても、違法薬物のトランクは、シェイク号に積んでいるんで、それを渡すだけなんだけどね。




【ちょっと補足】

主人公の言っている事は、銃の早抜きで「先に抜きな」と言われたら不意打ちで有利を取れます。しかし「このコインが落ちたら勝負だ」となると、勝てません。

それが分かれば誰も「先に抜きな」と言わなくなるわけです。

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