第26話 女海賊にも色々いるさ
賞金を懸けた以上、懸けた賞金を支払うのは義務である。
とはいえ、裏社会において義務感ほど拘束力のない約束はない。その支払いが誠実にかつ確実である保証はどこにもないのだ。
もちろん、それは賞金を受け取る側も重々承知しており、そうなった場合に泣き寝入りしないように、きちんと事前交渉をする。
前回、不法採掘船の用心棒をしている際に、ヘックスが色々やっていたのは、その為であった。
そんなわけで、OSSステーションを出てゲートを抜けると、別のステーションにワープで移動する。
ステーションとは言っても今までいたような生活空間ではない。
隠されたドック。周りには隕石やデブリに見せかけた探知機や迎撃装置。
つまり、秘密基地だ。
当然、こんなところに住み着く奴らがまともであるはずもない。
この辺りの星系を縄張りにする宇宙海賊団の隠れ家なのだ。
ヘックスが交渉して得た秘密コードで近づかなければ、即座に迎撃されていただろう。
着艦して粗末なドックに降りる。
賞金首をカバンから取り出して肩に担ぐ。さすがに、ここに大きなカバンを中も見せずに持ち歩くことはできない。よそ者で武器は持っているが、理由があるからだと認識させる。
宇宙海賊の秘密基地だ。こっちを見るのは見た目もかなり凶悪な奴らが多い。
まあ、そう言ったやつらに関しては昔から慣れているので、怯む事はない。
ヘックスと一緒に奥へ。
さすがにバトルスーツを着たヘックスに生身で立ちふさがる阿呆はいない。とはいえ、同じようにバトルスーツを着ている奴らもいるので、全く問題がないわけでもない。
だが、オレ達はここにケンカを売りに来たわけでもなく、相手が望む品を持ってきた取引相手である。
とりあえず、商品を担いで見せびらかすように奥へ。
話はついているからか、スムーズに取引場所に入る事が出来た。
「よく来た。歓迎するよ。賞金稼ぎ」
違います。
とは、あえて言わない。じゃあ何かといわれると、オレ自身も結構困るからだ。
まあ、べつに職業斡旋所に来たわけでも、銀行に融資を申し込むわけでもないので、住所不定無職である事を主張する必要もない。
さて、そんな今回の交渉相手はこの辺りの辺境を縄張りにする宇宙海賊の親玉であるナディアという女海賊だ。
女海賊と言われて豊満ボディで露出の激しい衣装を想像しただろう。
…まあ、そこまでは当たりだ。
金髪の豊かな髪を結い上げ。真っ赤なルージュの唇。キラキラした目は瞼にぬった紫ラメのアイシャドウのせいだ。
ボンボンボンの放漫ボディで、ケバケバしい化粧をした派手な衣装の大柄で恰幅の良いバイタリティが零れ落ちそうな婆さんが豪快に座っている。当然、足はテーブルの上だ。
おかしいな。女海賊という名称は、もっと欲望に刺激を与えるイメージがあったんだけどな。
まあ、べつに交際相手を探しに来たわけではない。女海賊にも色々いるさ。
担いでいた賞金首を下ろして、顔を覆っていたマスクを外す。
女海賊は、机から足を下ろして立ち上がり、机越しに転がった賞金首を確認する。
ニタァ…
分厚く塗りたくったルージュの赤い口がカエルのように開く。
女海賊にも色々いるんだなぁ。
「ヒヒヒ。久しぶりだねレガート。会いたかったよ」
顔面蒼白のヒモである賞金首のレガートさんは、猿轡をかまされているせいで声も上げられない。両手両足を手錠で固定しているので逃げる事もできない。
だが、そこまでだ。二人の間を遮るようにヘックスが前に立つ。
「賞金をもらおう」
「わかっているさ。ご苦労だったね。多い分は礼だと思っていい」
ナディアはそう言って椅子に座ると、机の引き出しからパッケージされた硬貨の束を出す。
未来の世界でも、現金は利用されていた。高額商品などは電子マネーでの取引だが、現地通貨として利用される共通通貨が流通していた。
ヘックスが、中身を偽物と交換されていないか、パッケージに印字されたコード(銀行の保証コード)を見て確認していると、女海賊が聞いてくる。
「どこに隠れていたんだい?」
「女のところさ」
「そうかいそうかい。お前は本当に悪い子だねぇ。女を食い物にするなんて」
猫なで声でそういうと、再びニタリと笑う女海賊ナディア。
ホラー映画になりそうなシーンである。この後、丸吞みとかするのかな?
と、場面のクライマックスを彩るようにヘックスが、確認を終えて硬貨を仕舞いつつ口にする。
「コイツの荷物も回収してある。条件はこいつを“生きたまま”だけだよな」
沈黙が落ちた。
それまでの欲望にふりまわされ、落ち着きのない風体だった女海賊ナディアの表情から笑みが消え、はしゃぐ様子が消える。
それにあわせて、周囲の護衛らしい海賊達が軽く身じろぎをする。
「それは、元々あたしらの物だったと言ったら?」
「関係ないさ。それで怒ったあんたが、その男を4枚切りにしようと12枚切りにしようと、あんたの勝手だ」
ヘックスの手はホルスターだ。
オレはとりあえず、ヘックスの後ろについて、周囲の奴らを警戒する。
一応、一蓮托生だからね。
ナディアの後ろに用心棒が二人。出入り口に一人。奥のソファに一人が座っている。
「…とは言え」
剣呑な空気が漂う中、ヘックスが言葉を続ける。
「別にアレをオレ達が必要としているわけでもない。捌くルートもないからな」
「ほう」
ホルスターから手を放してそう言うヘックスの意図を理解して、ナディアは再び口元に笑みを浮かべて目を細める。
「仕入れ値の4%でいい」
「…なるほどねぇ」
そういうと、ヘックスとその後ろにいるオレを品定めするように眺める。
当たり前だが、麻薬の売買は仕入れ値と末端価格には驚くほどの差がある。中抜きの最上位商品と言っていいだろう。非合法な取引だからね。
しかも、仕入れ値を知っているのは相手側だ。今回のヘックスの末端価格ではなく、取引価格で買い取れというのは、ある意味、ナディアの言い値で引き渡すという事だ。
その理由は二つ。
まあ、最大の理由として、違法薬物を裁くツテを持っていないというのがあげられる。現金化できなければ邪魔な荷物だし。適当に裁くには、この手の売買は縄張り関係の問題がデカすぎる。
後ろ盾皆無でこれらを取り扱えば、どういう結果になるか想像するのは簡単だ。
もう一つが、オレ達が別に女海賊ナディア一味と敵対したいわけではないという事。まあ、敵対する理由もない。だから、「毟るな」とヘックスに忠告したのだ。
そして、ここで譲歩する事で、この女海賊ナディアに、オレ達の腕を売り込む事には意味がある。
当たり前だが、一家を従える海賊団の長である。その影響力は大きい。手を貸せば、それに見合う報酬をくれるだろう。
この年まで海賊をしている熟練の女海賊だ(誉め言葉)。その辺のオレ達の意図を察したのだろう。
「なるほどね。そういうやり方は、古風だが嫌いじゃない。で、アンタはいい。そっちの男は、ただの荷物運びかい?」
そう言って、女海賊ナディアはオレに目を向けた。
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