新天地でもアウトロー
第23話 これが若さか…
【出力が安定しないぞ。ムサシ】
「やってるだろ!」
【オレは出力の話をしているんだ】
ノーマルスーツの通信で悪態を返すが、返ってくるのは非情な事実だった。
ここは宇宙空間。周囲は無数の隕石が浮かぶアステロイドベルト。そんな隕石の一つに接舷して、薄汚れた白いパイロットスーツにオレンジ色のダサいラインの入ったノーマルスーツ姿で、機体を工具で補修しているのがオレだ。
修理しているのに結果が伴わないとか、徒労感が半端ない。
「おう。ジーザス」
開幕早々愚痴っているが、それには理由がある。
そもそもの原因は、無法地帯から逃げ出す為に乗ったバルク宇宙船「シェイク」号だ。正規の船ではなく、廃棄された船を寄せ集めて作った不法製造船である。
当然、正規の保障のある船と比べると、様々な問題を抱えている。まあ、それらの問題は致命的ではないが、致命的ではないだけで問題は問題だ。
その致命的ではない最大の問題が船の名前からも来ている振動「シェイク」だ。
つまり、乗り心地が最悪の船という事だ。
待機状態の時にその振動は最大となり、移動時はお世辞にも乗り心地が良い状態ではなく、最も振動がなく安定しているのは、リミッター解除で最大速度を出している状態だ。
某食通のように「この船を作ったのは誰だ!」と怒鳴りこみたくなるような不良船なのである。
一応フリゲート船として必要な機能は搭載され稼働しており、十分な武装まで施されているため、無法地帯で襲われても対処できる性能はあるのだ(ただし乗り心地は考慮しないものとする)
外見は、反り返ったエビフライみないた形を想像してくれればいい。
先端の最初にタルタルソースをつけるところにコクピット。エビぞりになった曲線部にブースターが付いていてそれで飛ぶ。
そして、反り返ったシッポの頂点にこの船の最大の武器が付いている。
フリゲートにしては過剰な武装。駆逐艦の主砲にもなるビーム砲「スピア」だ。頂点にある為、下方向以外のあらゆる方向に攻撃が可能な作りになっており、逃げながらでも後ろに向かって撃つことができる。
要するにこの船は、高速で敵艦に近づいて主砲を打って離脱する。そういう戦法用に作り出された船という事だ。(ただし、乗り心地は考慮しないものとする)
そんなわけで、昔の馴染みがあった無法地帯を逃げ出して、別の辺境の無法地帯へ来たのだが、いろいろ準備が足りていなかった。
つまり、先立つ物がなかったのだ。
縁もゆかりもない無法地帯で、とりあえず金になる仕事を探そうとした時に、船を操縦するヘックスが仕事を見つけてきてくれた。
元用心棒で、実は賞金首のお尋ね者。万能銃をもってオールラウンダーで戦える奴だ。
そんな元用心棒のキャリアを生かして、護衛の仕事を見つけて来たのである。
不法採掘船の用心棒という仕事だ。
採掘船。
別に珍しい船ではない。宇宙にある小惑星や、アステロイドベルトの隕石群、果ては惑星の地表を重力波装置で削り取り衛星軌道まで持ち上げた採掘ポイントなどから、様々な鉱物を採掘する専用船だ。
彼らの仕事は、宇宙資源確保の為の大事な産業だ。
ゆえに、不埒者もいる。
資源は様々な観点から保護されている。価格維持に始まり、資源の枯渇を避けるための数量制限。同業者間の協議による配分調整。
しかし、それらの資源を使う側からすれば、それがどこで産出されたかなんて、大した意味はないのである。
OSSで産出される鉱物資源の価値は低い。そもそも、高価な資源がないから放置されOSSとなるのだ。
しかし、OSSから繋がるゲートを抜けた先の星系となれば話は別だ。
広大な星系内のすべてを常時監視する事が不可能である以上、そこには隙ができる。
その隙を見つけて不法採掘船が侵入。資源を採掘して回収する。
回収後はOSSに逃げ込んでしまえば、資源に名札が付いていない以上、それを見咎められることもない。
とはいえ、リスクがないわけではない。
星系には星系の治安維持組織がおり、不法採掘は当然違法だ。探知機を設置し、侵入者を見張り、さらには部隊を編成して取り締まる。
当然、捕まれば犯罪者として裁かれる事になるだろう。
だから、不法採掘船は用心棒を雇う。
と言っても、別に治安組織と戦って撃退するわけではない。そんな戦力を、非正規の採掘業者が雇えるはずもない。
用心棒は、治安維持部隊の出動を監視するのが仕事だ。
もちろん、護衛対象である不法採掘船が帰還できなければ、報酬が減らされるので、彼らが逃げるための時間稼ぎも必要となる。
もっとも、命を懸ける義務も義理もない仕事だ。報酬が減らされる事を許容できれば、見捨ててもよいわけである。
用心棒代は、その時その時に採掘に行く採掘船の船長達が持ち寄って支払われるため、仕事を得るのは難しい事ではない。不法採掘業者に声をかけるだけで済むので簡単だ。当然、足も付かない。
事実、ヘックスがその辺の話をつけて、早々に仕事にありつくことができた。
もっとも、その仕事内容からもわかるように、報酬は少ない。
「ングングング…ああ~」
このために生きている。
のどに滑り落ちる液体の刺激を堪能して息を吐く。
一仕事終えた後、OSSステーションの安酒場で仕事終わりの一杯を堪能していた。
しかし、その余韻に浸る間もなく、ヘックスの無情な言葉が突き刺さる。
「二杯目を頼むなら自腹だぞ。じゃないと赤字だ」
「なんでだよ。酒の一杯で終わるような仕事じゃないだろ!?」
「違法採掘船の見張り役なんて安仕事だぞ。特に今日は採掘船も多くなかった。船の修理材の費用を出せばトントンだ。今日の飯とこの一杯でパーなのさ」
「おう。ジーザス」
一口目で半分になったジョッキをチビチ飲み始める。
天国は一瞬だったな。
しばらくすると、晩飯が運ばれてくる。と言っても、濃い味付けで素材の悪さをカバーした安酒場特有の食事だ。
最近、この手の料理の濃い油が胃にモタれるようになってきたんだよな。
昔は「肉肉脂!味は濃い目!」が至高だったのだが、最近はゆっくり噛み締めると味が出るような、そういう食べ物が欲しくなる。
モソモソと濃い味の料理を取っていると、ヘックスが席を立つ。
見れば、ヘックスの皿とカップは空になっている。
これが若さか…
「今晩は戻らないからな」
「あ?」
ヘックスの視線の先には、カウンターに座る場違いに薄着の女客がいた。
客というより、客になる相手を待っている娼婦なのだろう。娼婦にも当然グレードがある。安酒場で客を待つ娼婦のグレードはお察しだ。
「トントンじゃねぇのかよ」
「自腹さ」
それだけ言って、カウンターの方へ歩き出す。
ツルむようになって分かったのだが、ヘックスは女好きだ。歓楽街に行っては朝まで帰ってこない事がザラにある。
まあ、褐色銀髪の精悍な青年だ。荒事もこなせるし、体つきも肉体派である。当然元気も有り余っているだろう。
これが若さか…
「明日も仕事だからな。トントンなんだぞ」
「わかってるよ」
振り返る事もなく片手を振って、オレの嫌味に返して行ってしまう。
なんで、オレの財布は素寒貧なのに、あいつは女を買う金があるんだ(ヒント:乗船前の立場の差)
船のオーナーより、乗務員の方が金を持っているなんて、世の中間違っている。
世間の不条理に不満を募らせつつ、とりあえず残った料理を口に放り込み、残ったジョッキの中で流し込む。
ああ、食わなきゃやってられない。
食事を終えて二杯目を頼む経済的余裕も、他に安酒場でする事があるわけもないので店を出て、そのまま路地から大通りに出る。
分かれ道の片方は、いかがわしいネオンサインが瞬いていた。
そこを眺めて、ヘックスほどの元気も情熱も財布の中身もないオレは、ネオンに背を向けて、反対方向にある今日の宿泊施設へと向かう。
今のオレが一番必要としているものは、女でも酒でもなく、揺れないベットだ。
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